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日韓比較(11):医療保険制度-その4 医薬分業―患者がより利用しやすい仕組みになることを願う―
生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
二つ目は、国民の薬剤に対する誤った意識を改革することである。当時、国民の間に広まっていた「薬をたくさん飲めば、薬の成分が強ければ、注射を打たれれば早く病気が治る」という誤った意識を変えることで、不要な薬剤の使用を削減することを目的にしている。表3は1998年における国民医療費の中に占める薬剤費の割合を示しており、韓国は30.3%でアメリカ(8.4%)、イギリス(15.3%)、日本(20.9%)を大きく上回っていることが分かる。
四つ目はカルテの公開等による情報の非対称性を解消することである。すなわち、今までの医療システムでは情報は供給者のみのものであり、実際、その情報を利用する需要者である患者は何も知らないまま供給側の指示に従ってきた。一方、医薬分業はカルテと処方箋を公開することによって、従来までの供給側中心の医療サービスから需要側中心のサービスへと移行することを目的にしている。
医薬分業を実施した直後の医薬分業に対する国民の反応は一般的に冷淡であった。医薬分業を実施する以前の2000年3月のアンケート調査によると、医薬分業に賛成する回答者の割合は38.7%で反対の45.9%を下回っていた。しかしながら、医薬分業を実施してから5年が経った2005年の調査では医薬分業に対する国民の意識は大きく変化した。つまり、回答者の83.9%が医薬分業を現在のまま維持するかあるいは現在のシステムに基づいて改善策を探した方がよいと答えており、医薬分業を全面的に廃止すべきたと答えた割合は16.2%に過ぎなかった。また、薬の使用量が「増えた」と答えた割合は7.8%であることに比べて「減った」と回答した割合は4倍も多い30.8%に達した。しかしながら、医薬分業の実施以降、便利になったと答えた回答者の割合は4.9%に過ぎなかった。便利さを感じない主な理由としては「病院と薬局を行き交わなければならない」、「時間がたくさんかかる」ことなどが挙げられた5。
韓国での医薬分業は強制的であるものの、医療機関あるいは薬局が開設されていない地域また医療機関や薬局が開設されていてもその距離が1km離れており、医療機関と薬局を同時に利用することが難しい邑・面・島嶼地域の行政区域は医薬分業の例外地域として指定されている。
5 東亜日報(2005)「医薬分業5年、国民意識変化」2005年6月27日
4――おわりに
医薬分業の実施により、医師は診療、薬剤師は調剤という両者における役割分担がより明確になり、医薬品の誤・乱用は以前より減少したと言えるだろう。しかしながら、医薬分業の実施が医療費の減少に繋がっているかどうかはまだ明確ではない。診療報酬をめぐる製薬会社と医療機関との不健全な取引を防いだ結果、医療費が減少した可能性もあるものの、院内処方の処方料や調剤料より高い院外処方の処方箋料や調剤料は、医療費の増加に繋がっている恐れもある。本稿では都道府県のデータを用いて、一人当たり医療費と医薬分業率の関係をみており、医薬分業率が高い地域で医療費が低いという結果は出たものの、統計的に有意ではなかった。医療費が毎年増加している現状を考えると医薬分業と医療費の関係を明らかにすることは大事であるが、紙面の関係もあるので、その分析は次の研究テーマに残したい。
最後に高齢化と医薬分業について考えたい。高齢者、特に後期高齢者の場合は、他の年齢階層に比べて医療機関に通う頻度が多く、医療機関から薬局へ移動するのが難しい場合もある。本文の分析で高齢化率が高い地域ほど医薬分業率が低いという結果(統計的に有意ではなかったものの、)からも、高齢化が進むほど現在の医薬分業に対応することが難しいことがうかがえる。現在、厚生労働省は高齢者、特に後期高齢者が医療機関で診療を受けて、薬局まで移動しなければならない不便さを解消する目的で、病院の敷地内に薬局(門内薬局)を開設することを解禁することを検討しているところである。一方、厚生労働省は、患者の健康管理や医療費を抑える目的で、複数の医療機関の処方箋をまとめて管理し、患者への服薬指導に取り組む「かかりつけ薬局」への移行を促す診療報酬改定を次期2016年度改定で行う検討を始めた。但し、医薬分業の緩和で検討されている門内薬局は複数の医療機関に通う患者、特に高齢者にとっては、かかりつけ薬局にすることが難しいという主張も出ている。かかりつけ薬局や門内薬局開設の解禁などの最近の医療制度の見直し案が患者にとってより利用しやすい制度として定着することを願うところである。
生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
(2015年12月04日「基礎研レター」)
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