コラム
2013年11月06日

高品質高価格は成長期の戦略

金融研究部 年金総合リサーチセンター 年金研究部長   德島 勝幸

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技術の進歩が人類の生活をより幸福にすると単純に信じられたのは、20世紀の初めまでではなかったろうか。産業革命による生産性の向上は、所得の増加を通じて庶民の生活をも大きく改善した。医療技術の進歩は、人々の余命を大きく延長させた。一方で、第一次世界大戦における毒ガス兵器の大量使用や第二次世界大戦における核兵器の悲劇は、技術が進歩した結果、その使い方を誤ると大量殺人等の惨事を招くことがあり、必ずしも人類の幸福に直結しないという事実を強く印象付けた。

戦後の高度経済成長期の日本や近年の中国を見ると、快適な生活を求めるに際しても、適切な対応が図られなかった場合には、大気汚染等の公害が発生し、結果的には、不幸な結果を招く可能性のあることが明白である。暖かく暮らし易い環境を求めて低質な石炭を燃やして暖を取ると、燃焼時の副産物によって大気が汚染され、結局のところ、健康を害してしまいかねない。先進諸国は公害や環境破壊といった経済成長の弊害を克服しながら、ようやく現在の生活レベルを獲得したのである。発展途上国は、経済成長と環境保全のバランスという問題に対して、これから向き合わなければならない。それでも、先進国の経験を参考にできるのだから、対応策を得ることは難しくないのではないか。

常に向上を求めることが、人類の発展や経済の成長をもたらしてきたと見ることに異論はない。しかし、物作りやサービスの世界において、常に向上を求めることには限界があるかもしれない。例えば、テレビを例に取ってみよう。音声しか伝わらないラジオに対して、音声と映像を同時に伝えられるテレビは情報量が圧倒的に優位である。東京オリンピック前後にテレビが急速に普及したのは、画像という付加価値が消費者に受入れられたからである。次に、白黒テレビより色付のカラーテレビの方が快適であることも、芸術性を重視する一部の映像作品を除いては、疑いないだろう。1970年代央以降に日本でカラーテレビが一般化したのは、「経済成長の過程での自然な動き」であったと思われる。その後、テレビの音声はステレオ化や音声多重化されているし、より安定した映像を届けるために送波方式はアナログからデジタルへと変更された。また、ブラウン管から液晶等薄型テレビへの移行は、技術の進歩だけではなく、省エネルギーの観点からも進められたのである。

ところが、その後に見られた技術的進歩の結果、「経済成長の過程での自然な動き」にそぐわなくなっているのではないだろうか。新しい技術を導入し、それに対応した新機種を販売して、新商品が消費者によって購入されるというサイクルは、無限には続かない。どこかの時点で、得られる効用と購入費用とを比較して受入れられない段階に達してしまうのである。近年のテレビは、まさに、その限界に届いたように思われる。画像への3D技術導入が家庭に受入れられなかったのは、単に3D対応メガネを利用する煩わしさだけでなく、敢えて3Dで映像を見たいというニーズが強くなく、また、3Dで見られる映像作品が限られていたからである。多くの電機メーカーがロンドンオリンピックを起爆剤として、3Dテレビを販売しようとしたが、失敗に終わった。その背景には、2009年に導入されたエコポイントというカンフル注射に慣れきった、電機メーカーの販売体質改善が、十分に行われなかったことにあると思える。

より高品質な製品は、一般的に高価格となる。対前年で売上の進展を図ろうとする電機メーカーは、新しいセールス材料を探すのに躍起で、採用されたのが4Kや8Kと呼ばれる高画質テレビである。現在の一般的なテレビよりも、高精細な画像を映し出すことが可能である。しかし、そこにあるのは、売上を増加させたいというメーカー側の論理が主であって、購入者となる消費者の期待は必ずしも投影されていない。確かに、綺麗な映像は好ましいだろう。しかし、それだけのために、テレビを買い換えるだろうか。また、高精細画像を見る際には大型画面が必要であり、そもそも現在の一般的な日本の家庭で大画面テレビから十分に離れて見られる広大なリビングルームが存在しているだろうか。

同様の現象は、他の産業でも良く見られる。家電製品でも自動車でも、更には、様々なサービスにおいても、モデルチェンジに対する過度の依存があるのではないか。これは収益でなく売上至上主義の経営に影響されたものと考えることができる。また、消費者の新しいものに対する嗜好も、少なからず影響を与えている可能性が高い。今年のボージョレヌーボーの第一便が、今月21日の解禁を前に国内へ届いたことが報道されている。11月の第三木曜日という解禁日は毎年全世界共通であるが、昨年の出張の際に、偶々当日、欧州でミシュラン一つ星を取得しているフレンチレストランに行った。しかし、ソムリエからはボージョレヌーボーについて何らの紹介もなく、普通にワインリストの説明を受けたのである。初鰹や蜜柑の初荷を珍重した江戸っ子気質が日本に馴染んでいるのか、それとも、話題性のあるものをピックアップして報道するメディアに踊らされているのだろうか。

日本の企業には、発売以来長期にわたって製品内容等を大きく変更しないロングセラー商品も少なからず存在する。特定製品に集中するタイプの企業によるものだったり、大手企業の一部門によるものもあるが、華々しい宣伝コストをかけなくても消費者から愛されて売れ続けるものが少なからず存在する。これからの日本の産業が目指すべきことは、多くのロングセラーを持つことであり、少数の高付加価値製品に社運をかけることではないだろう。戦後の高度経済成長期に採用された高品質高価格という戦略から離れ、長く安定的に売れる商品サービスを追及する戦略にシフトするべきなのではなかろうか。花伝書に言う「不易流行」を借りてくるならば、不必要に流行を追い求めるのではなく、ベーシックで変わらない消費者のニーズにしっかりと的確に対応することである。

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金融研究部   年金総合リサーチセンター 年金研究部長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
年金・債券・クレジット・ALM

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