コラム
2009年06月09日

「資源生産性」の抜本向上による低炭素社会の実現~経営管理目標と政策ターゲットへの活用に向けて~

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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2020年に向けた我が国の温暖化ガス排出削減の中期目標が、今週にも麻生首相から発表される見通しだ。政府は基準年と増減率について複数の選択肢を検討しているが、どの案に落ち着くかにかかわらず、国を挙げて「低炭素社会」の実現に向けてアクションを起こしつつ、経済成長を図る、二兎を追う戦略を追求すべきことは明らかであろう。

このように「環境と経済の両立」を図るために、企業はどのような経営管理指標を用い、政府はどのような政策ターゲットを設定すべきだろうか。温暖化ガスの排出量は国民生活や経済活動の結果であって、それ自体は直接コントロールすべきターゲット指標とはなり得ないことに留意すべきだ。最終的に低炭素化につながる具体的指標にブレークダウンする必要がある。そこで「資源生産性」をターゲット指標として活用することを提案したい。

資源生産性は、付加価値など経済価値を資源・エネルギー投入量や環境負荷量で除して算出され、資源・エネルギー投入単位当たりあるいは環境負荷単位当たりの経済価値創出を示す。ここで付加価値を温暖化ガス排出量で除して算出される資源生産性を「付加価値ベースの炭素生産性」と呼ぶことにしよう。温暖化ガス排出量は、下式の通り、付加価値を付加価値ベースの炭素生産性で除した値と表わすことができる。付加価値が増加しても、それ以上のペースで炭素生産性が向上すれば、温暖化ガス排出量が減少することを示している。すなわち、環境と経済の両立を図るためには、国を挙げて資源生産性の抜本的向上に取り組む必要があるということだ。

温暖化ガス排出量=(温暖化ガス排出量÷付加価値)×付加価値=付加価値÷(付加価値ベースの炭素生産性)

温暖化ガスの総量削減のみをやみくもに追求すると、付加価値減少による縮小均衡を招きかねない。企業活動で言えば、安易な事業撤収や空洞化など、経済性を犠牲にした単純な事業規模の縮小に陥りかねない。しかし、それでは環境性と経済性がトレードオフの関係にあるにすぎず、その両立が全く図られていない。企業は、環境と経済の両立を図る全体最適化の考え方を経営プロセスに埋め込み、モニタリングするための経営管理ツールとして、資源生産性を活用すべきだ。環境と経済の両立を図ることは、CSR(企業の社会的責任)を果たすことに他ならない。付加価値ベースの炭素生産性は、環境性(売上高÷温暖化ガス排出量=売上高ベースの炭素生産性)と経済性(付加価値÷売上高=付加価値率)の掛け算に分解でき、その両立度の状況を考察することもできる。

企業レベルと同様に、国レベルでも資源生産性の向上を図るべく、政策ターゲットとして資源生産性に着目する必要がある。この点では、企業の資源生産性向上に向けた取組を政策的に支援する法案として、「産業活力再生特別措置法」(通称・産活法)の改正案が4月22日に国会で可決・成立し、同月30日に公布された。この施策は、企業が製品の製造段階や輸送段階等において資源生産性の向上を図る取組と、企業が社会の資源生産性を向上する製品の市場開拓を図る取組を支援するものだ。主たる政策的支援は、資源生産性向上のための設備投資額の即時償却という税制特例であり、設備投資を初年度に全額費用として計上できるものだ。設備の耐用年数を通じた減価償却による節税効果の合計は変わらず、国の財政支出を伴わない一方、企業では償却を早める(課税のタイミングを遅らせる)ことで設備投資を早期に回収し、キャッシュフローを改善することができる。あくまで税務上のみの措置であるため、会計上の営業利益を押し下げることもない。今年は企業収益の見通しが厳しく、税の軽減メリットは小さいかもしれないが、税制特例の恩典は翌期に繰り越すこともでき、また税務上欠損として7年間の繰り越しも可能であるため、キャッシュフロー戦略上の選択肢を広げることができる。

世界的な金融・経済危機を契機に、環境・エネルギー対策を景気・雇用対策の柱と位置付けたいわゆる「グリーン・ニューディール」の検討・提案が、米国を始め主要先進国で行われているが、我が国の資源生産性向上策は、「グリーン・ニューディール」の先駆けとなる我が国独自の政策であると言えよう。

資源価格の乱高下や地球環境問題の深刻化など資源・環境制約下で、我が国企業が打たれ強い経営体質を構築し、かつ「低炭素革命」を主導していくためには、資源生産性の大幅な向上をターゲットに置き、資源・エネルギー投入量や環境負荷量を抑制しつつ、付加価値を増加させる道を探るべきであり、そのための抜本的なイノベーションの創出を主導していくことが必要だ。そして資源生産性の低い企業や工場を淘汰し、資源生産性の高い企業や工場に集約していく、産業再編成のプロセスが求められる。このような産業再編成を通じて、我が国全体の産業競争力の強化とともに資源生産性の抜本的向上が図られ、結果として温暖化ガスの総量削減にもつながっていくと考えられる。

資源生産性を抜本的に向上させるための事業プロセスの導入や製品の市場開拓のために設備投資をお考えの企業は、上記の改正産活法による制度インフラを活用されることをお奨めしたい(資源生産性の分析手法・考察事例および改正産活法による資源生産性向上支援策の詳細については、拙稿「我が国企業の『資源生産性』に関する考察」『ニッセイ基礎研所報』2009年Vol.54を参照されたい。)
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【「資源生産性」の抜本向上による低炭素社会の実現~経営管理目標と政策ターゲットへの活用に向けて~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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