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相次ぐ有料老人ホームの不適切な事案、その対策は?(下)-取り得る適正化策の選択肢と論点を探る

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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4――考えられる対応策と論点(2)~報酬の在り方~
しかし、この選択肢についても難しい論点があります。例えば、包括払いになると、ケアを提供しなくても収入を受け取れるようになるため、ケアに手間暇を掛けない事業者が出て来る危険性を伴います。さらに、がん末期の人など重い人は「手間を要する」と判断され、受け入れてもらえない事態も生まれるかもしれません。
このほか、報酬は一律に支払われるため、悪質な事業者の行動を規制しようとすると、良質な事業者も影響を受けるという副作用が考えられます。特に、難しいのは「好事例」と「不適切な事案」の差を区別しにくい点です。
もちろん、理論的には「質の良い事業者」を報酬上で評価し、「質の悪い事業者」が損失を受けるような制度設計は可能ですが、ここで言う「質」を制度に落とし込もうとすると、「言うは易く行うは難し」の状況に気付きます。不適切とされる事案と好事例は一見、区分けが付かないためです。
具体的には、不適切とされる事案を見ると、住宅型有料老人ホームの運営事業者と併設型訪問看護事業所が「過剰」と思われるサービスを提供しています。一方、好事例では、住宅型有料老人ホームを運営する事業者と、医療・介護従事者が密接に連携しています。両者は「利用者本位かどうか」「利用者の選択権を尊重しているか」などの点で大きく違うものの、両者における住宅運営事業者と訪問看護事業者、利用者の関係性を絵に描くと、ほぼ同じ形になります。

さらに、「質」の評価ではアウトカム(成果)を加味することが可能6ですが、複雑な暮らしを支える介護の場合、数字による計測や評価は困難です。しかも、看取りの質については、その良し悪しを冥界に旅立たれた方々に確認することもできません。
要するに、好事例を「住宅の運営事業者とサービス提供者が連携した地域包括ケアのモデル」と称揚し、不適切とされる事案を「住宅の運営事業者とサービス提供者が利用者を囲い込んだ不適切な事例」と非難することは簡単ですが、現実の制度や政策に落とし込もうとすると、「好事例」「不適切とされる事例」を外見だけで区別は極めて難しいと言わざるを得ません。
その結果、報酬上の対応は一律にならざるを得ない事情があります。実際、これまでの「囲い込み」対策では、同一建物減算が選ばれて来ました7。中でも、2014年度診療報酬改定では、サービス付き高齢者向け住宅を舞台に、悪質な「囲い込み」が起きていると報じられた8ため、訪問診療の同一建物減算が強化され、単価が最大で約4分の1に下げられる一幕もありました。この時、知り合いの訪問診療医が「我々は真面目に取り組んでいるのに、収入が下がった」とボヤいていたのを憶えています。
しかし、先に触れた通り、現実的には良質な事業者の報酬だけを維持したり、引き上げたりすることは相当、困難です。このため、今回も同一建物減算ルールの強化などの対応が考えられるほか、サービス提供が特定の事業者に集中しないように規制を掛けるなどの方法も想定されます9。
6 ここでは詳しく触れないが、ケアの質の評価で使われる「ドナベディアンモデル」では、▽「どうやってケアを提供したか」という点を重視する「プロセス」、▽「何人の専門職でケアを提供したか」などを評価する「ストラクチャー」、▽「どんな成果が出たか」をチェックする「アウトカム」――の3つをケアの質の測定に使われる。
7 それ以外でも国の委託調査を通じて、不適切な事例として、▽利用者個々の意向や課題が考慮されていない、▽利用者の意向や状態を考慮せず、過剰なサービスが提供されている、▽本人が希望するサービスや客観的に必要性の高いサービスが組み込まれていない、▽住まいと同一法人のサービスを利用者に求めており、事業所選択の権利が侵害されている、▽ケアプランの見直しが法定のタイミング以外、ほとんど行われていない――といった形でパターン化された。さらに、不適切な事例を見分けるチェックポイントなどを記載した冊子に加えて、住宅運営事業者やケアマネジャー、自治体職員向けのケアプランを点検するためのガイドブック作成などの対策も講じられている。日本総合研究所(2022)「サービス付き高齢者向け住宅等における適正なケアプラン作成に向けた調査研究」(老人保健健康増進等事業)を参照。
8 2013年8月25日『朝日新聞』を参照。
9 ケアマネジャーが特定事業所のサービスをケアプランに集中させた場合、ケアマネジャーが勤める居宅介護支援事業所の報酬を引き下げる「特定事業所集中減算」という仕組みが存在する。
5――考えられる対応策と論点(3)~規制の強化~
しかし、こちらも話は単純ではありません。規制を強化するのであれば、国や自治体の体制を整備する必要があります。例えば、医療保険を所管する厚生労働省の出先機関である地方厚生局と、介護保険を担当する自治体が共同で抜き打ちの査察を実施するようにすれば、不適切とされる事例の事業者にとっては、相当なプレッシャーになると思います。さらに、社会保険診療報酬支払基金など審査機関によるレセプト(支払明細書)のチェックも強化も検討に値しますが、いずれも相応の人員と予算が必要になります。
6――いずれの選択肢でも生まれる問題
例えば、運営基準などに「地域との交流」を義務付けたとしても、8月に一度、2時間程度の関係者を集めた「夏祭り」を開いただけで、要件をクリアする事業者が生まれるかもしれません。そうなると、政策当局者は次の制度改正に際して、「1年に3~4回、最大3時間程度のイベント」「関係者以外に広く募集」といった形で、「地域との交流」の要件を明確にする必要に迫られることになりかねず、制度は複雑化します。
その結果、既に地域住民に開かれた運営に努めている良質な事業者は行政に対する書類提出などの事務に追われ、悪質な事業者は規制の「抜け穴」を探し、再び規制が強化される……といった形で、「対策→抜け穴探し→対策→新たな抜け穴探し→対策強化→……」という悪循環に陥る危険性があります。
実際、これには既に先例があります。具体的には、同一建物減算が導入された当初、「同一建物」の適用を逃れるため、道路を挟んだ反対の敷地など近隣に事業所を移したり、渡り廊下を外したりするケースが報告されていました10。その結果、「同一」かどうかの判断を距離で判断することになり、今も制度改正や報酬改定で細かい見直しが講じられています11。こうした状況ではルールが複雑化し、複雑な仕組みに知悉した事業者だけが規制を切り抜けられるという倒錯した状況が生まれる危険性があります。
10 日本総合研究所(2013)「集合住宅における訪問系サービス等の評価のあり方に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。これは東日本大震災に被災した3県を除く44都道府県に対する調査であり、報酬改定から半年が経過した2012年9~10月の時点で、減算措置を回避する事業者の存在を把握している都道府県は32.6%に上った。
11 例えば、2024年度介護報酬改定では、居宅介護支援事業所でも減算ルールが創設されるなどの見直しが講じられた。2024年9月11日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(下)」を参照。
7――行き過ぎた営利主義は問題だが……
ここで言う準市場の問題点としては、低所得者に給付を提供できない「市場の失敗」が起きる危険性が想定されるほか、今回のような営利優先の不適切な事案もマイナス面と言えます。
しかし、営利法人の参入でサービスの裾野が広がったのは紛れもない事実です。今回の事案についても、(上)で触れた通り、医療的ニーズの高い人の受け皿になっている面があり、「制度の弱点を市場がカバーした」という見方も可能です。
さらに、非営利性が大前提の社会福祉法人でも不適切な事例が頻発している点を踏まえると、「営利、非営利が問題なのか?」という疑問が去来します。実際、情報開示など事業体に対するガバナンス(統治)という面で見ると、一般的に社会福祉法人よりも営利法人の方が整備されています。今回の不適切とされる事案でも、東京証券取引所に株式を公開している事業者が含まれていたため、上場会社の調査結果の公表が先行する逆説的な事象も起きています。
確かに調査結果や報告内容については、不十分という意見13が出ており、市場によるガバナンスも万全ではなく、筆者自身は行政による規制強化に賛成ですが、営利性を批判するだけでは解決策にならないと思っています。しかも、サービスの質や透明性の確保などの論点は営利法人だけでなく、社会福祉法人にも求められる点を強調したいと思います。
12 ここでは準市場を一般的な意味として、「多様な供給主体により一定の競争状態を公共領域で発生させること」と定義する。狭間直樹(2018)『準市場の条件整備』福村出版、Julian Le Grand(2007)“The Other Invisible Hand”[後房雄訳(2010)『準市場』法律文化社]などを参照。介護保険20年を期した拙稿コラムの第16回も参照。
13 会社側が「組織的な不正は認定されなかった」との見解を示していることや、実態のない請求が6,300万円だったという第3者委員会報告に対し、関係者の間では疑問の声が出ているという。2025年8月10日『共同通信』配信記事を参照。
8――おわりに
しかし、(上)で述べた通り、平均在院日数の削減などの結果、医療的なニーズの高い人の受け皿になっているのは事実です。従来の社会保障に「居住保障」の視点が不十分だった点も影響しています。
さらに、本稿で検討した通り、適正化に向けた方策についても、具体的に考えようとすると、様々な問題に直面します。その上に規制の強化が行き過ぎると、良質な事業者にも影響を及ぼす危険性があり、「角を矯めて牛を殺す」結果になりかねません。
このため、筆者は「市場に任せた国が悪い」「すぐに規制を強化しろ」という勇ましい意見だけでは解決しないと考えています。具体的には、現場に及ぼす影響などを考慮しつつ、包括報酬の導入や報酬単価の引き下げ、同一事業者に集中した場合の減算ルールの導入、登録制度の導入、契約時の説明義務強化、抜き打ち査察の導入など事後規制の強化、標準指導指針の法定化、レセプトの審査強化といった形で、様々な対策をミックスさせる必要があると認識しています。今後、2026年度診療報酬改定や2027年度介護保険改正の検討がどう進むのか、その行方を注視して欲しいと思います。
(2025年09月26日「研究員の眼」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
・関東学院大学法学部非常勤講師
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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