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コラム
2025年09月26日

相次ぐ有料老人ホームの不適切な事案、その対策は?(下)-取り得る適正化策の選択肢と論点を探る

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~相次ぐ有料老人ホームの不適切な事案、適正化策の論点を考える~

有料老人ホームに入居する末期がんや難病の人を対象にした訪問看護などについて、過剰請求などの可能性が報じられており、世間の耳目を集めています。厚生労働省も2025年4月、業界関係者や有識者らで構成する「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」を組織し、透明性や質の確保に向けた対応策の検討を始めました。今後、2026年度診療報酬改定や2027年度介護保険改正に向けて、適正化を意識した見直し論議が加速する見通しです。

そこで、この問題を取り上げた2回シリーズの(上)では、報道などをベースに不適切とされる事案の概要を検討するとともに、その背景として、医療的ニーズの高い人の受け皿が不十分な点などを論じました。今回の(下)では、厚生労働省の検討会の動向を概観するとともに、適正化策を巡る論点を整理します。具体的には、本来であれば「質」の悪い事業者だけを排除する方策が期待されるものの、質の評価や制度設計を巡る難しさがあるため、この点を指摘するとともに、報酬制度の見直しなど必要な方策の選択肢を挙げます。

2――適正化に向けた国の動き

1|厚生労働省の検討会で論点整理
入居者に対する過剰な介護サービスの提供や、入居紹介業をめぐる事業など、有料老人ホームの運営や提供されるサービスに関する課題が浮き彫りになっております。こうした状況を踏まえまして、現場の実情や意見を踏まえながら、望ましい制度や、運用の在り方について構成員の皆様に幅広く御議論いただきたいと考えております――。有料老人ホームに関して、不適切な事案が相次いで報道されている1のを受け、厚生労働省が2025年4月に設置した「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」(以下、老人ホーム検討会)の冒頭、このように厚生労働省幹部は挨拶しました2

この検討会は業界関係者や自治体幹部、有識者などで構成しており、行政の規制強化や透明性の確保などを議論。同年6月には委員の意見を整理した「課題と論点に対する構成員の意見・ヒアリング内容を踏まえたこれまでの議論の整理」(以下、議論の整理)が公表されました。議論の整理では、下記のような論点が列挙されています(概要を末尾に参考資料として掲載しました)。
 
1:有料老人ホームの運営及びサービス提供のあり方
・有料老人ホームにおけるサービスの質の確保等
・利用者による有料老人ホームやサービスの適切な選択
・有料老人ホームの定義について
・地域毎のニーズや実態を踏まえた介護保険事業(支援)計画の作成に向けた対応

2:有料老人ホームの指導監督のあり方

3:有料老人ホームにおけるいわゆる「囲い込み」対策のあり方
・住宅型有料老人ホームにおける介護サービスの提供について
・特定施設入居者生活介護について

議論の整理は検討会メンバーの意見やヒアリングの内容を論点ごとに網羅したような形であり、必ずしも一つの方向性に収斂させているわけではありませんが、論点を見ると、見直しの方向性が一定程度、読み取れます。

例えば、1つ目の「有料老人ホームの運営及びサービス提供のあり方」では、特別養護老人ホーム(以下、特養)などの介護保険施設に比べると、設備基準や夜間の体制、人員配置基準が緩い点を意識しつつ、「適切なサービス」の確保に向けた方策が論点として示されているほか、虐待や事故の防止対策を強化する必要性が示されています。

さらに、消費者保護の観点に立ち、入居契約時において説明されるべき事項の再検討に加えて、契約前の説明の徹底とか、入居者紹介事業の透明性確保なども規定。このほか、高齢者住まいに関わるサービス形態が多様化している中、食事や介護(入浴・排泄・食事)、家事(洗濯、掃除)の提供などを求めている現行の有料老人ホームの定義が実情に即しているか、という問題意識も披歴されました。サービスの見込み量や保険料を設定するため、市町村が3年ごとに策定する介護保険事業計画との整合性も論点として示されています。

2点目の「有料老人ホームの指導監督のあり方」では、届出だけで開設できる現行の規制の在り方などが論点として提示されており、規制の強化では「高齢者福祉の視点に基づいた行政の関与や、私的自治への修正の要請が、より強く働かざるを得ないのでは」「過度な規制で民間としての創意工夫や効率性を削ぐことのないよう慎重に検討するべき」という賛否両論が併記されています。

さらに、参入時の規制として、利用者保護の必要性が高い場合に登録制を導入する可能性のほか、有料老人ホームの事業者を規制する「標準指導指針」が行政指導にとどまっているため、強制力を強化する方策も示されています。

行政処分に関しても、悪質な事業者を処分する際の基準が存在しないため、自治体が対応に苦慮している点を引き合いに出しつつ、指導や勧告、公表が可能となる体制を整備したり、業務停止命令など行政処分を下したりできるようにする可能性も言及されています。

最後の3つ目では、有料老人ホームの運営事業者が入居者を囲い込むような形で、独占的に訪問看護サービスなどを提供する状況(いわゆる「囲い込み」)の対策の選択肢が列挙されています。具体的には、「住まい部分の利益を適正あるいは最大に見込み、併設事業所による介護・医療サービス部分の利益も最大に見込んでいるモデル」「住まい部分の利益を最小、もしくは赤字に見込み、併設事業所による介護・医療サービス部分の利益を最大に見込んでいるモデル」などを例示しつつ、過剰と思われるサービスで利益を極大化するビジネスモデルを問題視しました。

その上で、介護サービス計画(ケアプラン)を策定するケアマネジャー(介護支援専門員)の独立性や中立性の確保に向けた環境整備として、ケアマネジャーの独立性を尊重している旨を明記させる選択肢を提示。施設長や管理者に相当する責任者の研修、相談担当者の設置、入居予定者への重要事項説明の可能性なども列挙されました。

さらに、ケアプラン点検に当たる市町村の支援として、不適切とされるような事案が見付かった場合、簡単に情報を把握できる体制整備とか、同一法人がサービスを提供する場合に地域との交流を通じて透明性を高めることも論点として盛り込まれました。

このほか、有料老人ホームの内部で介護サービスを提供する「特定施設入居者生活介護」との整合性も示されており、実態として囲い込みが内部付けサービスになっているのであれば、特定施設入居者生活介護への移行を促す必要性も提示されました。

こうした論点を踏まえつつ、経済財政政策の方向性を示す2025年6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」でも「有料老人ホームの運営やサービスの透明性と質を確保する」という文言が入りました。
 
1 この関係で筆者は2025年6~7月、独自記事を連発している共同通信の市川亨編集委員と対談、鼎談する機会を持ち、本稿執筆で参考にさせて頂いた。イベントは2025年6月20日と同年7月25日に開催され、前者は市川氏、福祉ジャーナリストで元日本経済新聞編集委員の浅川澄一氏、筆者の3人によるリアル開催、後者は市川氏と筆者によるオンライン開催だった。いずれも主催は高齢者住宅新聞。この場を借りて、市川氏、浅川氏のほか、イベントを企画して下さった高齢者住宅新聞の小川真二郎取締役に謝意を述べたい。なお、市川氏とは、筆者が前の前の職場で勤務していた頃から交流させて頂いており、イベントなどの機会で市川氏に取材の過程を聞くと、内部文書などの物証を得たり、複数の証言を集めたりするなど、ジャーナリストとして誠実かつ丁寧に対応されている。このため、筆者自身としては、記事で取り上げられている情報の信頼性は極めて高いと判断している。
2 2025年4月14日、、老人ホーム検討会第1回議事録における吉田修老健局担当審議官(当時)の発言。なお、発言には入居紹介業が言及されており、今回の不適切とされる案件に関係している。例えば、有料老人ホームの入居紹介ビジネスは以前から存在するが、難病患者に関する紹介料が急騰していることが報じられている。今シリーズで取り上げている不適切とされる事案の影響で、難病患者の「奪い合い」が起きており、紹介料が平均の約6倍に相当する約150万円に高騰しているという。これを受けて、厚生労働省は2024年12月の通知で、入居希望者の介護度や医療の必要度に応じて手数料を設定しないように促した。2024年12月20日『シルバー新報』、同年11月4日『共同通信』配信記事を参照。
2|介護保険改正や診療報酬改定でも話題に?
今後の流れとして、老人ホーム検討会での議論に加えて、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会で検討が進むと見られています。介護保険部会では現在、3年に一度の制度改正に向けた検討を2024年12月から進めており、積み残した財源問題なども含めて、2025年末に結論を出すことにしています3。その際、老人ホーム検討会の議論も含めて、この問題も取り上げられることになりそうです。

さらに、議論の整理には訪問看護など医療保険に関わる部分が言及されておらず、別の場で検討が進む可能性が想定されています。これは部署の縦割り問題が影響していると思われます。つまり、老人ホーム検討会は介護保険を所管する老健局で運営されているのに対し、医療保険制度や診療報酬の見直しは社会保障審議会医療保険部会や中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、中医協)の担当になるため、直接的な言及を避けたと考えられます。

このうち、診療報酬改定に関しては、2年に一度の見直し論議が中医協で始まっており、2025年8月に開催された会合では、事務局の厚生労働省保険局から「2018年度~2023年度の間で、年間医療費の総額が大きいステーションほど医療費の増加率が大きい」「1件当たりの医療費が高額の訪問看護ステーションでは、日数や回数が一律に多い」といった資料が提出されました。
 
3 次期介護保険改正の論点や動向については、2025年7月29日拙稿「介護保険改正の論点を考える」を参照。
3|財務省の指摘
今後の対応を考える上では、財務省の指摘も見逃せません。この問題を財務省は2025年5月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)で取り上げました。その後、同月の財政審建議(意見書)では「訪問看護に関する診療報酬の適正化のため、事業者への指導監査の強化に加え、同一建物減算の更なる強化など報酬上の対応を検討すべきである」という文言が入りました。

ここで言う「同一建物減算」とは、事業所と同一敷地内の集合住宅などに居住する利用者に対し、訪問看護など訪問系サービスを提供した場合、報酬を自動的に減算する仕組みです。同様のルールは「囲い込み案件」の対策として、既に有料老人ホームに加えて、高齢者向け賃貸住宅である「サービス付き高齢者向け住宅」の訪問系サービスで導入されており、財務省は同一建物減算を強化することで、不適切とされる訪問看護の事例に対応する必要性を強調したわけです。

以上、見直し論議に向けた国の動きを考察しました。いずれも重要な論点であり、筆者自身は全て検討に値すると考えています。

ただ、対応策の選択肢を詳細に考えると、実効的な対応策は難しく、しかも様々な二律背反に直面すると考えています。このため、「市場に任せた国が悪い」「規制を強化すべきだ」などと軽々に言えないと判断しています。以下、(1)住まいとケアの分離、(2)報酬の在り方、(3)行政による規制強化――という3つの論点に分けつつ、考えられる対応策を挙げるとともに、実行に伴って生じる二律背反も検討することで、適正化策の難しさも検討したいと思います。

3――考えられる対応策と論点(1)~住まいとケアの分離~

第1に、住まいとケアの分離という論点です。元々、高齢者福祉では以前から「住まいとケアの分離」の重要性が論じられていました。

つまり、北欧などの事例を基に、「住まいとケアがパッケージ化されているため、介護が必要になると、住み慣れた自宅や地域を離れて施設に移り住むことになり、今までの暮らしと断絶してしまう」という考え方の下、住まいとケアを分離する必要性が論じられていたわけです4。実際、この考え方は国の「地域包括ケア」でも意識されています5し、「囲い込み」が指摘される住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅についても、本来は住まいとケアの分離が目指されています。

ただ、不適切とされる事案の場合、住まいの運営者と訪問看護の事業者が利用者を「囲い込み」の状態に置いており、「住まいとケアの分離」の理念から掛け離れた状態と言えます。このため、住まいとサービスの分離を促すような方策が不可欠になります。

その半面、「住まいとケアの分離」を徹底し過ぎると、利用者のサービスが不十分になる危険性があります。つまり、利用者と日常的に接点を持っている住まいの運営者だからこそ、利用者の状態を把握できる面があり、こうした情報が外付けの医療・介護サービス提供者に伝われば、切れ目のないサービス提供が可能になります。

実際、過去に筆者が見聞きした「好事例」では、住宅運営事業者の職員とサービスを提供している外部の医療・介護スタッフが緊密に連携していました。このため、規制を検討する際には、住宅とサービスを分離しつつ、連携を強化する、それでも「囲い込み」は規制するという相反する流れを考慮しなければならない難しさがあります。
 
4 ここでは、松岡洋子(2011)『エイジング・イン・プレイス(地域居住)と高齢者住宅』新評論を参照。
5 地域包括ケアでは、医療や介護が必要な状態になっても、住み慣れた地域で能力に応じて自立した生活を続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援を包括的に確保することが目指されている。ただ、用法が多義的であり、この言葉は本稿では使わない。地域包括ケアの多義性は介護保険20年を期した拙稿コラムの第9回を参照。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年09月26日「研究員の眼」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    ・関東学院大学法学部非常勤講師

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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