2025年07月09日

バランスシート調整の日中比較(後編)-不良債権処理で後手に回った日本と先手を打ってきた中国

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

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3|銀行による不良債権処理の実態:不良債権は毎年3兆元規模の新規発生と処理を繰り返す
中国で銀行の不良債権処理が重点的に実施されたのは、(1)1990年代後半から2000年代前半にかけての期間と、(2)10年代半ばから現在に至るまでの期間の2つの期間である。

(1)の期間には、経済・金融システムの市場化が進められて間もない頃で、当時の経済、金融の中核であった国有企業および国有商業銀行ともに市場メカニズムへの適応がまだ不十分であったことや景気の悪化といった要因から、不良債権が増大した。当時は、不良債権などの経営指標は開示されておらず、また、前述の通り貸出資産の査定基準自体が古かった時期であったことから不良債権の実態は不確かだが、不良債権比率は推計で40%近くにのぼる深刻な事態であったとされる。この際には、中国政府が4大商業銀行それぞれに対応した4社の資産管理会社(以下、AMC)を設立し、不良債権の切り離しを行った後、外貨準備を用いた大規模な資本注入を実施することで対処した。
(図表11)不良債権の発生・処理状況 そして、本稿で主眼におく(2)の期間には、4兆元の景気刺激策の実施を皮切りに、景気対策とともに過剰となった債務のデレバレッジが15年末から本格化し、経済構造改革と景気減速により不良債権が増加し始めた。その後、現在に至るまでの不良債権の動向をみたものが図表11だ。中国から発表されている不良債権に関する統計データは、(1)の時期に比べれば格段に充実しているものの、依然として断片的であり全体像が把握しづらい。このため、他の統計や政府高官による発言なども交えて筆者が独自に推計した値であり8、幅をもってみる必要はあるものの、以下2つの特徴が指摘できる。
1点目は、大量の不良債権が新規に発生し続けているということだ。発表されている不良債権残高および比率は、それぞれ3兆元前後、1%台半ばで安定的に推移してきたが、それは、不良債権が増えていないからではなく、毎年3兆元規模で新たに発生している不良債権を、同程度の規模で大量に処理、すなわちオフバランス化している結果である。中国人民銀行が四半期毎に金融政策の実施状況や方針等を報告する「貨幣政策執行報告」の17年第1四半期版では、今後の方針として「銀行業の不良資産リスクを防止・解消し、不良債権の増加規模をコントロールする」考えが言及されており、それに則った対応がとられていることがうかがえる。

なお、個別の銀行の財務データをもとに、銀行の種類別に同様の試算をした結果が図表12だ。不良債権の新規発生に見合った規模のオフバランス化を毎年行っている様子は、どの銀行でも同じだが、株式制商業銀行と都市商業銀行で、新規発生の圧力が相対的に強い。これら銀行の場合、大型商業銀行に比べて貸出先の信用力が劣っており、景気減速局面において不良債権が発生しやすくなることや、不動産開発向けの貸出が相対的に多いことが影響している可能性がある。
(図表12)不良債権の発生・処理状況(大型商業銀行)/不良債権の発生・処理状況(株式制商業銀行)/不良債権の発生・処理状況(都市商業銀行)/不良債権の発生・処理状況(農村金融機関)
2点目は、新規に発生した不良債権は、様々な方法でオフバランス化されているとみられることだ。その方法としては、貸倒引当金の取り崩しや回収、再建に伴う正常債権化のほか、資産管理会社(AMC)への売却や資産担保証券(ABS)化、債務の株式化(DES)など、様々なものが挙げられる。それぞれがどの程度の規模かは不明だが、試算結果によれば、約4割が貸倒引当金の償却によって、残りの6割がそれ以外の方法でオフバランス化されている。また、内訳を開示しているごく一部の株式制商業銀行に関してみると、引当金の取り崩しが4割~7割、回収が2割~3割、その他が1~3割となっている(図表13)。

このほか、現地研究機関の報告等によれば、AMCへの売却は2019~21年の間で年平均約4,000億元、ABSの発行額は2016~24年の間で年平均約300億元であり9、オフバランス化全体の額に対して合計で1~2割程度の規模となっている。これらを総合すると、引当金の取り崩しと回収を主な手段としつつ、市場への売却など他の手段を併用しているものと推察される。
 
8 中国国家金融監督管理総局が定期的に公表している不良債権残高に関する統計データと、同局長が記者会見で言及している不良債権処理額をもとに、不良債権の新規発生額を推計した。また、中国人民銀行が公表している社会融資総量(銀行貸出や債券など様々な方式により実体経済に供給された資金供給量に関する統計)の内訳のうち「貸出償却」の項目を、銀行が貸倒引当金の取り崩しによって処理した額とみなした。。
9 AMCへの売却は、普華永道(2021)、普華永道(2022)(原出所は、浙商資産研究院「2020年不良資産行業発展報告」、同「2021年不良資産行業発展報告」)、ABS発行額は、windによる。
4|銀行による不良債権処理の余力 : ストック、フローの両面で余力は依然あり
銀行の不良債権処理に対する余力については、ストックとフローの2つの観点から確認する。

まず、ストックに関して、貸倒引当金カバー率と自己資本比率をみると、いずれも健全な水準にある(図表14・15)。貸倒引当金カバー率は、2010年代半ば以降上昇傾向にあり、24年末時点では216%と、不良債権残高の約2倍の貸倒引当金を積んでいる。また、自己資本比率も同様に上昇傾向が続いており、24年末時点では15.7%となっている。銀行の種類によって最低基準は異なるものの、通常の基準である10.5%を十分に上回っている10。種類別にみると、既述の通り、大型商業銀行が最も健全であり、農村商業銀行や都市商業銀行の健全性が相対的に低いが、趨勢をみると、20年代以降、自己資本比率の上昇に代表されるように改善傾向にある。

次に、フローに関しては、ここ数年、不良債権処理に伴う貸倒引当金の取り崩しに対応して、毎年1.5兆元前後の貸倒引当金を費用に計上したうえで、なお、2兆元超の純利益をあげている。純利益増加の勢いは徐々に低下しており、24年には前年比減となっているが、現時点ではまだ余裕がある。
(図表14)貸倒引当金カバー率/(図表15)自己資本比率
以上のストックとフロー両面の指標を踏まえ、貸倒引当金、自己資本の最低所要比率の超過分、毎年の純利益の合計を不良債権処理に充当できる資金とみなすと、その規模は24年の場合、16兆(引当金を規制水準の150%まで取り崩した場合)~20.9兆元(引当金を全額取り崩した場合)となる。同年末の不良債権および要注意先残高が合計で8.1兆元(比率では3.7%)であるのに対して、7.9兆~13兆元の余裕がある。貸倒引当金の全額取り崩しなど極端な想定も含まれてはいるが、単純に計算すれば、現状の1.5%から7~10%程度までの不良債権比率の上昇には耐えることができる規模である。
 
10 「商業銀行資本管理規則」では、最低所要自己資本比率が8%、資本バッファーが2.5%とされている。システム上重要な銀行については、さらに0.25%~1.5%の追加資本バッファーを上乗せする必要がある。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年07月09日「基礎研レポート」)

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経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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