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2025年06月30日

食品ロス削減情報の比較可能性-何のための情報開示か?

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 高岡 和佳子

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1――SDGs食品ロス削減の国内進捗状況

SDGs(Sustainable Development Goals)といえば17個の目標が有名だが、これら目標の達成基準として169個のターゲットが挙げられている。その中の一つのターゲットに食品ロスに関するものがある。

目標12「つくる責任つかう責任」の達成基準として、2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させることが掲げられている。国内では、「第4次循環型社会形成推進基本計画」(2018年6月)及び「食品リサイクル法基本方針1」(2019年7月)で、家庭系食品ロス量及び事業系食品ロス量それぞれについて、2030年度を目標年次として食品リサイクル法2が成立した2000年度比で半減することが盛り込まれた。

食品ロス削減の国内進捗状況を確認すると、SDGsが採択された2015年度時点で既に2000年度比35%程度削減されていたが、削減目標の明確化を受け、食品ロスの削減は加速した。特に事業系の進捗が著しく、2022年度時点の削減率は、2000年度比で目標を上回る▲57%に達し、事業系・家庭系合計でも2000年度比▲52%となった。

事業系食品ロス削減目標が前倒しで達成されたこともあり、今年の3月に告示された「食品リサイクル法基本方針」において、事業系食品ロスについては2030年度までに2000年度比で▲60%という目標が新たに定められた。加えて、食品関連事業者に対しては有価証券報告書、統合報告書等への記載など、食品廃棄に関連する情報開示に努めることを求め、国は食品関連事業者の取り組みを国民が知り、評価できるよう任意開示用の統一フォーマット作成を検討することになっている。

そこで、当レポートでは、個々の食品関連事業者の取り組みを国民が効率的に理解し、かつ容易に評価できるかという観点から食品廃棄に関連する情報開示の現状を確認し、課題について検討したい。
【図表1】食品ロス削減の国内進捗状況
 
1 食品循環資源の再生利用等の促進に関する基本方針
2 食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律

2――企業による情報開示の現状

2――企業による情報開示の現状

2023年3月期決算以降、有価証券報告書において「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設された。記載内容は「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標及び目標」から成り、このうち「戦略」と「指標及び目標」は各上場企業が重要性を判断して開示することになっている。

時価総額が大きい食品関連事業者を中心に一部の開示状況を確認したところ、有価証券報告書で食品ロスや食品廃棄物等に関する指標や目標について言及する企業は限定的だった。食品関連事業者にとって食品ロスは重要な課題だが、脱炭素、生物多様性など他にも重要な課題は多いからだろう。
 
一方、統合報告書やサステナビリティ・レポートなどの媒体で情報を開示している企業は少なくない。しかし、これらの開示は価値創造のストーリーや持続可能性の取り組み、成果をステークホルダーに開示することを目的としている。取り組み方針に加え、数値目標及び進展状況を開示する企業がある一方、取り組み方針のみの開示に留まる企業も確認された。また、取り組み内容が異なれば着目する指標も異なる。
 
食品廃棄に関連する指標として食品廃棄物等や食品ロスが多用されるが、食品廃棄物等と食品ロスは同義ではない。「食品ロス」とは、本来食べられるにもかかわらず廃棄されている食品のことである3。一方、食品リサイクル法で定める「食品廃棄物等」とは、食品が食用に供された後に、又は食用に供されずに廃棄されたもの(食品ロス、可食部)に加え、食品の製造、加工又は調理の過程において副次的に得られた物品のうち食用に供することができないもの(不可食部)を含む。食品廃棄物等と食品ロスを併記する企業と、片方のみを開示する企業が確認された4。また、「商品廃棄量」など企業の取り組みに沿った独自の指標を用いる企業もあるが、中には丁寧に詳細を確認しないと定義が不明瞭な指標もある。

このように、各企業の取り組みを深く理解するには有用である一方、効率的に様々な企業の取り組みを俯瞰し、比較・評価することは容易ではない。
 
3 「食品ロスの削減の推進に関する基本的な方針」(令和2年3月31日閣議決定(令和7年3月25日変更))より
4 食品製造業は他の食品関連業種に比べて、食品廃棄物等の発生量及び再生利用等の実施率に留まり、食品ロスに関する指標を掲げない傾向があるが、これは、自社にとっての重要な課題を適切に判断した結果と考えられる。食品製造業が他の食品関連業種に比べて食品廃棄物等に占める可食部の割合が低いからである。「令和5年度 食品産業リサイクル状況等調査委託事業 (食品関連事業者における食品廃棄物等の 可食部・不可食部の量の把握等調査) 報告書」によると、食品製造業の食品廃棄物等に占める可食部の割合は9%程度であるのに対して他の食品関連業種は50~60%である。

3――国による情報開示の現状と課題

3――国による情報開示の現状と課題

【図表2】リサイクル法基本方針で定める目標の具体例 食品リサイクル法では、従前から食品廃棄物等の発生抑制に係る目標や再生利用等の実施率に係る目標が業種別に設定されている(図表2)。加えて、食品廃棄物等の発生量が一定量(前年度基準で100t以上)を超える食品関連事業者に対しては、食品廃棄物等の発生量及び食品循環資源の再生利用等の状況の報告を義務付け、農林水産省のHP上で、2008年度以降の各食品関連事業者からの報告内容が公表されている。企業による情報開示とは異なり報告内容に定めがあるため、効率的に様々な企業の取り組みを俯瞰し、比較・評価する際の活用が考えられるが、個々の食品関連事業者の取り組みを国民が効率的に理解し、かつ容易に評価しやすいかという点では課題が残る。
1|公表対象事業者の範囲
公表対象は、報告内容の公表に同意した事業者、または二つの目標を達成した事業者に限られる5。各企業にモチベーション向上等に資する表彰制度として機能が強いが、食品廃棄物の発生量が大きい事業者でも公表対象外となりうる。

1章に記した通り、「食品リサイクル法基本方針」において国が任意開示用の統一フォーマット作成を検討することになっているが、食品関連事業者の取り組みを国民が知り、評価できることが情報開示の目的ならば、任意や目標を達成した企業のみの開示が適切か検討の余地がある。報告義務のある項目については全事業者を公表対象とするか、せめて重要度(食品廃棄物等の発生量など)を基準に公表対象を設定することが望ましい。
 
5 2008年度~2010年度及び2019年度以降は公表を容認した事業者、2011年度~2018年度は二つの目標を達成した事業者が公表対象となっている。
2|公表形式
各企業が個別に行う情報開示と異なり、国による情報開示は情報が一元化されている。情報の一元化のメリットとして、情報アクセスや情報処理の効率化が期待される。しかし、公表形式はPDF形式で、年度毎、業種ごとにファイルが存在し、情報の比較・分析といった活用には必ずしも適していない。情報アクセスや情報処理の効率化に資するデータの構造化などの検討にも期待したい。
3|公表内容~データ加工のメリットとデメリット
事業者が関連情報を詳細に報告しているのに対して、公表内容は、売上高や製造数量といった発生原単位当たりの食品廃棄物等の発生量と再生利用等実施率及び、これら数値の改善のために取組に関する情報、並びにフードバンクへの提供量6に限られる。
 
食品廃棄物等の発生量そのものではなく、食品廃棄物等の発生量と密接な関係をもつ数量(発生原)単位当たりの食品廃棄物等の発生量を開示することで、事業規模が異なる事業者間の比較や、事業規模が大きく変化した同一事業者の取り組みを時系列で評価することが容易になる。しかし、目標設定上は業種毎に発生原が定められているものの、報告上の発生原は各事業者の裁量に委ねられているため、必ずしも事業者間の比較が容易でないケースもある7。発生原が売上高など物価の影響を受ける場合は、時系列比較の適切性が損なわれる。
 
また、再生利用等実施率の算出方法は複雑で、以下A、B、D及びCの95%の合計をAとEの合計で割って求めている。A~Eそれぞれ有用な情報で報告されているが、再生利用等実施率の公表だけではそれぞれの値を知ることはできない。
 
A:当年度における発生抑制の実施量(推定値)
B:再生利用(食品循環資源8を肥料、飼料等の原材料として利用するなど)の実施量
C:熱回収(食料循環資源を適切な方法で熱を得ることに利用するなど)の実施量
D:減量(脱水、乾燥などの方法により食品廃棄物等の量を減少させること)の実施量
E:当年度の食品廃棄物等発生量
【図表3】食料及び外食の消費者物価指数の推移 Aは食品廃棄物等発生量を抑制する取り組みの結果、食品廃棄物等発生量をどれくらい抑制できたかを推定した値である。発生原単位当たりの食品廃棄物等の発生量の変化(2007年度比)に今年度の発生原を乗じて推計するが、多くの業種、事業者が発生原として売上高を採用している。上述の通り、売上高は物価上昇の影響を受け、昨今は物価上昇が著しい。このため、近年の発生抑制の実施量(推計値)と再生利用等実施率は実態から乖離(過大評価)しているのではないかという疑念が残る。
 
国民が理解しやすいように情報を加工することは好ましいが、加工によって情報欠損が発生する。加工方法に疑念が生じても、加工後のデータだけでは補正できない。加工後のデータだけではなく、加工前の元データも併せて開示することが望ましい。
 
6 2021年度以前は、フードバンクへの提供量の開示はない。
7 例えば、給食事業を営む事業者でも客数や食数を発生原として報告している事業者、結婚式場を営む事業者でも売上高を発生原として報告している事業者がある。
8 食料循環資源とは、食品廃棄物等のうち有用なもの。
4|公表内容~食品ロス関連情報
2章で示した通り、食品廃棄物等と食品ロスは異なるのに、公表データは食品廃棄物等に偏っている。このため、食品ロスに関心がある人は、公表内容から知りたい情報を得ることができない。そもそも、食品廃棄物等の発生量及び食品循環資源の再生利用等の状況の報告を義務付けているが、これに食品ロスに関する情報は含まれていない。実は、事業系食品ロス量を推定するために、定期報告を行った事業者を対象に別途「可食部・不可食部の発生量等に関するアンケート調査」を実施している。

SDGsが採択され食品ロスに注目が集まる以前から、食品リサイクル法は存在し、食品廃棄物等の発生量及び食品循環資源の再生利用等の状況の報告義務があった。従前からの報告及び公表体制を温存、活用することで、効率的に事業系食品ロス量を推計する体制を整えたと評することもできるが、食品ロスに対する関心が高まれば、食品ロスに関する情報開示の必要性も高まる。関連情報の報告体制や、事業系食品ロス量を推計する体制の見直しの検討が求められる。
 
国は食品関連事業者の取り組みを国民が知り、評価できるよう任意開示用の統一フォーマット作成を検討することになっているが、任意開示用の統一フォーマット作成の検討と併せて、公表対象事業者の範囲、情報アクセスや情報処理の効率化に資するデータの構造化、公表内容などについても、検討が進められることが期待される。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月30日「基礎研レター」)

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

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