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なぜ博士課程への進学者が減少してきたのか-注目したい民間就職の動向-

総合政策研究部 研究員 河岸 秀叔
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1―― 博士課程への進学者
博士の減少は、科学技術競争力の低下を筆頭に、広く学問全体の研究力低下に直結する。実際、科学技術白書2018では、日本の研究力低下が指摘されている。こうした状況を受け、2024年に文部科学省が公表した「博士人材活躍プラン」では、人口100万人当たりの博士を2020年度比で約3倍とすることを掲げる。
1 第一生命保険株式会社. 第30回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表.2019-03-08
岩本宣明.科学者が消える ノーベル賞が取れなくなる日本.東京;東洋経済新報社.2019 などを参考に集計
2――博士課程への進学に影響する要素
在学中の経済状況や将来のキャリアパスの不透明さは、学生が進学を躊躇する主要な要因と言える(図表3)。実際、博士課程の学生の経済状況は必ずしも十分なものではない。
博士課程の学生の学費と生活費を合わせた年間平均支出は223万円である2。一方、学費免除(全額・一部)や日本学術振興会特別研究員などの金銭的支援の採用率は限定的な部分がある。例えば、2021年時点で博士課程に在籍した学生(除く社会人・留学生)の約4割は給付額が60万円未満であった3。こうした差額は、家庭からの給付やアルバイト、奨学金などで補う必要がある。
ただ、学部生・修士課程に比べて、博士課程の学生に対する家庭からの金銭的支援は縮小する傾向にあり、年間平均給付額は学部生の2割ほど(約25万円)である4。このため、生活費や学費をアルバイトや奨学金で自ら工面する学生も多い。実際、学生の約半数は、アルバイトに従事かつ家庭からの給付では修学が困難(または給付なし)と回答する。また、2020年時点で社会人・留学生を除く学生の35.2%は、修了時の借入金が300万円5を超えていた。こうした、経済的な厳しさが、修士学生を博士課程から遠ざけてきた。
こうした状況に対し、国は支援に取り組む。第6期科学技術・イノベーション基本計画に基づき、2025年度までに全在学者の約3割に当たる約22,500人に生活費相当(180万円以上)の経済的支援を行うことを目指す。実際、2021年度からは科学技術振興機構による学生支援が実施され、約20,400人が生活費相当の支援を受給している(2024年度時点)6。こうした支援もあり、2023・24年度は進学者が増加している(図表1)。
2 日本学生支援機構. 令和4年度学生生活基本調査報告.2024-11-15
3 文部科学省. 博士(後期)課程学生の経済的支援状況に関する調査研究. 2023-05
4 注記のない限り、本段落の出典は以下 日本学生支援機構.令和4年度学生生活調査結果. 2024-11-15
5 学部・修士課程在学時の借入金を含んだ通算額。文部科学省 科学技術・学術政策研究所.博士人材追跡調査 第4次報告書. 2022-01-25
6 従来支援(特別研究員、大学や民間団体の給付型奨学金、国費留学生への奨学金等)により年180万円以上を受給する約8,600人を含む
文部科学省.博士後期課程学生支援に関する参考資料.科学技術・学術審議会 人材委員会 次世代人材育成WG(第3回).2025-06-05
経済同友会.提言「科学技術人材立国として再興するために」~活・博士人材.総合科学技術イノベーション会議基本計画専門調査会(第6回).2025-05-22
修了後のキャリアパスが不透明という課題もある。学部・修士課程に比べて、博士課程の有期雇用労働率は非常に高い(図表4)。また別の調査によれば、修了6年半後の有期雇用率は17.5%であり、正規雇用への転換も限定的と考えられる7。
博士の不透明なキャリアパスは、修了者の数に対して、主要な就職先である大学や企業からの需要が限定的であることが大きな要因である。

政府の想定では、ポスドクは長くても3年程度で常勤ポストを見つけることができると考えられていた8。しかし、現実にはそうならない。博士・ポスドクが増加した反面、少子化や2004年の大学法人化を受けた運営交付金減額9により常勤ポストは減少した。
この結果、博士・ポスドクの供給過剰は解消せず、多くの若手研究者が安定的な常勤ポストに就きにくくなった。実際、40歳以下の若手教員が常勤ポストに就く割合は減少しており、また若手研究者が任期付きのポスドクや助教の仕事を渡り歩くケースも珍しくない10。
7 文部科学省 科学技術・学術政策研究所.博士人材追跡調査 第3次報告書.2020-11-27
8 榎木英介.2010. 博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか? . 東京;ディスカバー・トゥエンディーワン. 2010
9 運営交付金とは、国立大学の運営費として国庫より措置される資金である。大学の基盤的な収入であり、常勤ポストへの人件費などに使用される。大学法人化の前後から、国は選択と集中と呼ばれる競争政策を導入し、運営交付金の減額と応募・審査により獲得する競争的資金の重厚化を図った。競争的資金は短期のプロジェクトなどに活用され、常勤ポストではなく短期の任期付きポストを増やすことに繋がったことを文部科学省は指摘する。
文部科学省 高等教育局.財政制度審議会財政制度分科会資料についての文部科学省の見解.2016
10 文部科学省 科学技術・学術政策研究所.研究大学における教員の雇用状況に関する調査.2021-03-26
民間就職という進路も十分に浸透しなかった。1990年代以降、政府は企業に博士・ポスドクの採用を呼び掛けた。例えば、2001年の第2期科学技術基本計画では、「民間においても、博士課程修了者やポストドクター経験等のある若手研究者の採用に積極的に取り組むことが期待される」と記されている。また、2009年にはポスドクを採用した企業に500万円の持参金を払う高度研究人材活用促進事業も実施された。
しかし、2022年時点でも、博士やポスドクが企業に就職するケースは多くない。例えば、博士課程の修了後に企業に就職した割合は、理工で約4割、その他の分野で約2割前後である11。また、2021年時点でポスドクであり、翌年職種を変更した者のうち、企業へ就職した者は約8%に留まる12。
また、企業側の採用意欲も高いとは言えない。経団連によれば、2022年度採用のうち、全体の23.7%、非製造業の40.0%は博士の採用が0人であった。また、2022年時点で、研究開発者として新卒学部生・修士を採用した企業がそれぞれ22.3%、30.9%であるのに対し、新卒博士で5.8%、ポスドクでは1.0%に留まる13。理工系の一部を除き、民間企業への就職という進路は限定的だ。
11 文部科学省 科学技術・学術政策研究所.博士人材追跡調査.第4次報告書.2022-01-25
12 文部科学省 科学技術・学術政策研究所.ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2021年度実績).2024-03-22
13 文部科学省 科学技術・学術政策研究所.企業の研究活動に関する調査報告2023.2024-06-26
3―― 進学者を増やすためにできることは何か
これまで見たように、進学者を増やすには在学中の経済的支援の更なる充実化と需要不足を解消し、成果を学生にアピールする必要がある。ただし、運営交付金の減少や少子化による大学経営の悪化も懸念され、常勤ポストの増加を見込めるとは限らない。これら人材の受け皿として民間での雇用促進は特に重要になる。
民間での雇用を阻む課題として、スキルをめぐるミスマッチの存在は大きい(図表6)。特に、企業と博士が求める/提供するスキルにはすれ違いがある。
多くの日本企業は、職務内容や勤務地が限定されないメンバーシップ型雇用に基づく新卒一括採用が前提にあり、価値観や人柄、汎用的スキルの有無を採用軸としたポテンシャル採用・自社育成が中心的になる。しかし、専門性を強みとする博士は、多様な業務に対応できる人材を求めるメンバーシップ型雇用の採用基準と合致しづらい。加えて、年齢面も不利に働く。このため、全体として企業の博士ニーズは限定的となる。
また、採用に積極的な企業では、自社の研究分野と関連した専門性を求めた採用が中心的だ(図表7)。ただし、業種は限定的であり、一部の研究分野の博士に需要が偏る14。博士側もまた、就職において専門性、とりわけ自分自身の研究の継続や研究テーマと関連性を重視する傾向にある15。
この結果、専門性の需給にギャップが発生する。例えば、人工知能・機械学習・エネルギー変換、画像処理、知的ロボティクスなどの産業界の需要が高い分野に対し、博士の供給は追いついていない16。一方、設計工学や食品化学・調理学などの分野では、供給が需要を超過している。このように、採用に積極的な企業と博士の間にも、スキルのミスマッチが生じている。
14 日本経済団体連合会. 博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に関するアンケート調査.2024-02-20
15 松澤孝明.博士課程在籍者のキャリアパス意識調査.文部科学省. 2019-12
16 経済産業省.博士人材の産業界への入職経路の多様化に関する勉強会議論の取りまとめ.2024-02-29
こうした中、博士課程で学んだ専門性や汎用的スキルを、他の分野で活用することが注目を集めつつある。例えば経団連は、博士の多様なキャリア実現の必要性を訴える。また、図表8のようなスキルを汎用的スキルと位置づけ、こうしたスキルが博士号取得過程で涵養されること、産業界で広く活かせることを指摘する。
実際、専門分野とは異なる領域でも博士の知見が応用され、実績を上げる例がある。例えば、株式会社ポケモンでは、動物の生態に精通する農学博士がゲーム分野で活躍している。2023年にリリースされたゲーム「ポケモンスリープ」では、ポケモン(キャラクター)の”リアルな”寝姿のデザインに助言を行った。ポケモンの愛らしい寝姿はインターネットを中心に話題を呼び、全世界2000万ダウンロードを超えるヒット作となった17。
また、博士は学部生・修士と比べて、知見の広さや批判的思考力など、様々な面からパフォーマンスの高さを感じるという人事担当者の声もある18。直接の研究分野以外での活躍を視野に入れることで、企業の採用ニーズ喚起や、マッチングの拡大に繋がりうる。
ただし、直接の研究分野以外での採用には壁もある。例えば、前述の通り企業や博士には、博士採用=専門人材という固定概念がある。また、大学にも民間就職に後ろ向きの風潮やキャリア支援不足が指摘される(図表9)。まずは、博士採用にかかわるステークホルダーの意識が変わる必要があろう。
17 日経ビジネス.ゼロからイチを創出 博士活かす3つの道. 2024-10-14
18 経済産業省.博士人材ファクトブック.2025-03-26
4―― おわりに
人口減少社会において、高度な知識を持つ博士を活用できない事実は、企業や社会にとって大きな損失とも言えよう。博士の民間雇用が進み、博士課程への進学者が少しでも増えていくことを期待したい。
(2025年06月16日「研究員の眼」)

03-3512-1835
- 【職歴】
2021年 日本生命保険相互会社入社
2022年 ニッセイ基礎研究所へ
河岸 秀叔のレポート
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