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2025年06月06日

止まらない「現金離れ」~「現金」の未来を考える

経済研究部 主席エコノミスト 上野 剛志

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2.日銀金融政策(5月)

(日銀)現状維持
日銀は4月30日~5月1日に開催した金融政策決定会合(MPM)において、金融政策の現状維持を決定した。

声明文と同時に公表された展望レポートでは、トランプ政権による関税発動等を受けて、2025・26年度の実質成長率を大きく下方修正するとともに、物価上昇率も総じて下方修正し、物価目標に概ね達する時期を実質的に後ろ倒しした1
 
その後、5月13日には同MPMにおける「主な意見」が公表された。

このなかで、米国の関税政策の影響を巡っては、「賃金面ではマイナス要因となりうるため、基調的な物価には下押し要因となる可能性が高い」という見方がある一方で、「現時点では、やや長い目でみれば、米国の関税政策とその不確実性が、基調的な物価上昇率や潜在成長率に影響を与えるとはみていない」との意見もあり、政策委員の見解にバラツキが見られた。

また、今後の金融政策運営については、「米国の関税政策の展開がある程度落ち着くまでは様子見モードを続けざるを得ない」、「日本経済への影響を慎重に見極める必要があるため、現状の金融政策を維持することが適当である」など様子見を強調する意見があった一方、「見通しは2%の物価安定の目標を実現する姿となっており、実質金利は大幅なマイナスであるので、利上げしていく方針は不変である」、「過度な悲観に陥ることなく、自由度を高めた柔軟かつ機動的な金融政策運営が求められる」、「2%の物価安定の目標に向けて上昇してきた基調的な物価上昇率が下方に屈折してしまう可能性は小さい」など、先行きの利上げに対して前向きと受け取れる意見もかなり見受けられた。
 
今月に入り、3日には植田総裁が内外情勢調査会で講演を行った。

総裁は、今後の金融政策運営について、「私どもの中心的な見通しに沿って、わが国の基調的な物価上昇率が2%に向けて高まっていくという姿が実現していくとすれば、経済・物価情勢の改善に応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」、「各国の通商政策の今後の展開やその影響を巡る不確実性がきわめて高い状況にあることを踏まえ、そうした見通しが実現していくかについては、内外の経済・物価情勢や金融市場の動向等を丁寧に確認し、予断を持たずに判断していく」と前回MPMの表現を踏襲。先行きの高い不確実性を注視しつつ、利上げを模索していくという基本スタンスを維持した。

一方、講演の中では、「賃金と物価が相互に参照しながら緩やかに上昇していくメカニズムは維持されると考えている」、「企業の積極的な賃金設定行動は、全体として維持されていくのではないかと判断している」など、「賃金と物価の好循環」の持続性についての前向きな発言が目立った。
 
なお、総裁は次回6月のMPMで中間評価を行うことが予定されている長期国債の買入れ減額について、「これまでのところ国債買入れの減額は、国債市場の機能度回復という所期の効果を発揮している」、「来年3月までの現在の減額計画の修正を求める声は限られている」、「来年4月以降も、国債の買入れ額を減らしていくことが適切との声が多く聞かれた」と言及した。来年3月までは現行計画通り毎四半期4000億円程度ずつ減額し、4月以降はさらに減額を進める方針となることを示唆した可能性がある。
 
1 同MPMの詳細は、拙稿「原油安に拍車をかけるOPECプラス~トランプ関税の行方に影響も」(Weeklyエコノミスト・レター 2025-05-08)をご参照下さい。
(今後の予想)
日銀は現在様子見姿勢を維持しており、次回の追加利上げのタイミングやペースについての手がかりは乏しい段階だが、次回の利上げに踏み切るための主な条件としては、(1)トランプ関税の行方(大まかな着地)とその影響がある程度判明すること、(2)賃金と物価の好循環が継続して物価目標達成の確度が高まったと言えること、の2点が挙げられると考えている。

従って、筆者の中心的な予想としては、今後トランプ関税の行方と影響の見極めに十分な時間を取った後、今年12月に0.75%へ利上げすると見込んでいる。この時期になれば、(1)今春闘での高い賃上げがサービス等の価格に一定程度転嫁されたこと、(2)トランプ関税を受けた企業の中間決算が大崩れしていないこと、(3)来春闘に向けて賃上げ機運が継続してること、の確認が可能になると考えられるためだ。5月中旬に米中が大幅な関税引き下げで合意したことを受けて、前回2執筆時(来年1月の利上げを予想)から利上げ時期をやや前倒ししている。
日米の政策金利/日銀の長期国債買入れ額と償還額(月次)
 
2 拙稿「原油安に拍車をかけるOPECプラス~トランプ関税の行方に影響も」(Weeklyエコノミスト・レター 2025-05-08)

3.金融市場(5月)の振り返りと予測表

3.金融市場(5月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
5月の動き(↗) 月初1.2%台後半でスタートし、月末は1.5%近辺に。
月初、1.2%台後半で推移した後、経済指標の改善に伴う連休中の米金利上昇を受けて7日に1.3%にやや上昇。その後は、米英の貿易協定締結合意や米中の関税引き下げ観測、超長期債への需要懸念などが上昇圧力となる形で上昇基調となり、15日には1.4%台後半を付けた。さらに、米国債格下げによる米金利上昇や国内での20年債入札の不調を受けて金利上昇が止まらず、22日には1.5%台半ばに到達した。下旬には、超長期国債の発行減額観測が金利低下圧力となったが、40年債入札の不調な結果が金利の支えとなり、月末は1.5%近辺で高止まりした。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化
日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(5月)
(ドル円レート)
5月の動き(↗) 月初143円近辺でスタートし、月末は143円台後半に。
月初、日銀MPMの結果がハト派的と受け止められたほか、関税を巡る米中協議への期待から、2日に145円台後半に。連休明けの7日には米関税への懸念から一旦143円付近まで円高が進んだが、米英の貿易協定締結合意や米中の関税引き下げ合意に伴って、米景気減速懸念の緩和によるドル買いとリスク選好的な円売りが進み、12日には一時148円台に達した。しかし、その後は米CPIの鈍化、米政府による円安是正要求への警戒、米格下げ・財政懸念など円高材料が相次ぎ、じりじりと円高が進み、26日には142円台半ばへ。米関税の一部に裁判所の差し止め命令が出たことで29日には一旦ドル高が進んだものの、翌日にはその効力が停止され、月末は143円台後半で終了した。
(ユーロドルレート)
5月の動き(↗) 月初1.12ドル台後半でスタートし、月末は1.13ドル台半ばに。
月初、ユーロ圏のCPIが予想を上回り、2日に1.13ドル台へ上昇。しばらく1.13ドル台で推移した後、米英の貿易協定締結合意や米中の関税引き下げ合意を受けてドルが買い戻され、12日には1.11ドル台前半まで下落した。その後は1.11ドル~1.12ドル台での推移が続いたが、米財政に対する懸念の高まりを受けて、21日に再び1.13ドル台を回復。月末は米関税の一部差し止めや米中関係などを巡って方向感の定まらない展開となり、月末も1.13ドル台半ばで終了した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
金利・為替予測表(2025年6月6日現在)

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月06日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   主席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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