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2025年05月30日

自然災害保険の補償内容を理解しているか?(欧州)-保険商品情報文書の充実に向けたEIOPAの報告書

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

欧州においても、自然災害の頻度や深刻度が増してきている状況で、保険による備えが充分ではないことについては、特にここ数年問題視されている。自然災害により想定される損失額のうち、保険でカバーされているのは約4分の1に過ぎないという調査結果もある。保険をどう普及させたらよいかについては、加入者側にも、販売する保険会社側にも、それぞれ事情がある。

これに関して、2025年4月22日、EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)が、「いざ自然災害が起きた時、あなたの家は補償されていますか?」というタイトルの報告書1を公表したので、その内容を紹介する。

今回は、保険商品の説明が複雑であるために未加入のままであったり、保険に加入しているつもりでも契約内容を充分に理解しておらず、加入者の誤解により実際にはカバーされていなかったり、といった課題に対処するにはどうしたらよいか、というテーマである。
 
1 NATURAL CATASTROPHES,IS YOUR HOME COVERD? (2025.4.22 EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/23e3e597-59c5-49aa-a1cd-d21247aed036_en?filename=EIOPA-BoS-25-192-NatCat-is-your-home-covered.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――報告書の内容

2――報告書の内容

1保険商品情報文書が明確であること
2018年から、欧州の保険会社においては、EUの保険販売指令の中で、保険商品情報文書(Insurance Product information documents :IPID)を、販売の際に提示することが求められている。

この文書は、「簡潔で独立していること」「明確で読みやすく構成・提示されていること」「正確で誤解を招かないこと」が要求されている。この制度の導入により、保険商品の補償範囲や、保険金が支払われない除外事項を、消費者に提示する方法が標準化されたため、一定程度は有用なツールであることには間違いない。それでも完全とは言い難いので、今回は、調査の結果よくみられた、以下5つの主要事項に関して見られる不備な事象などを指摘しておく。


(1) IPIDに記載されている情報の質・程度に関して
全般的には、契約条件などについて、不明確・あいまい・一貫性のない文言の使用は減少しているが、完全ではない。また、正確を期するあまり、外部文書を参照することに、過度に依存している例がみられる。

また、自然災害の定義があいまいなために、保険商品どうしの比較可能性と全体的な理解が困難になっている例がある。

(2) 保険金支払の制限事項が明確に説明されているかどうかに関して
保険金が支払われない状況には、損害の種類・規模に関する制限、時間または頻度の制限(例えば「洪水による被害は5年間に1回のみ補償対象となる」など)、地理的制限(例えば「物件が川の近くである場合、洪水による損害は補償対象外」)などがある。

保険会社にとって高いリスクとなる事象は、契約上除外されるケースがあるのは、保険商品設計上は合理的とも言えるが、そのことが保険加入者に明確に説明されていなかったり、認識されていなかったりすることが問題である。

(3) 対象市場の粒度
ターゲット市場を明確に定義し、需要やニーズを特定する必要がある。特に2018年以降商品監視・ガバナンス(POG)要件がEU内で導入されて、その中で保険会社は、保険商品の対象となる消費者像をある程度特定することが義務付けられている。例えば、洪水多発地域には洪水追加補償を推奨する、などの対応が保険会社に求められている。

(4) 保険会社が自然災害の事案を踏まえて保険商品をどのように監視・レビューしているか
自然災害による保険金支払いが発生したあと、自社商品をレビューし、補償範囲と除外項目が対象市場の特性、目的、ニーズに適合していたかを確認する必要がある。

いくつかの保険会社は、KPIや明確なレビュープロセスを導入しており、また一部の会社では苦情件数などに基準値を設定するなどして、実績と比較を行っていた。定期的な点検と監査を行なっていた会社もある。

例えば、雹(ひょう)害が補償対象に含まれていなかった保険に、レビュー後は標準的に含めることにした、などの好例もある。しかし補償範囲の見直しはあまりおこなわれていないのが現状である。

(5) 自然災害の適用範囲に関する消費者意識を高めるための、保険会社の取組み
保険に未加入である理由で多いのは、「自然災害を補償する保険があることを知らない」ということであった。このことからEIOPAは、保険会社が消費者の自然災害保険利用の意識を高める取組みをしているかどうか調査した。その結果、以下のような対応例が見受けられた。

・保険会社のウェブサイトに、「よくある質問(FAQ)」を設け、自然災害を補償する保険のメリットを説明する記事を置く。

・従来メディアに加え、ソーシャルメディアでも自宅を効果的に守るための予防策と保険の利用に関する情報を提供する

・今後の自然災害に関する最新ニュースの更新、支援チームの派遣サービスの提供

・保険金支払の迅速化のため、特定のメッセージアプリを使って、自然災害発生後の損害を、迅速かつ簡単に報告する方法を保険契約者に通知すること
2消費者に理解を深めてもらうための、保険会社の取組み例
以上のような現状を踏まえて、自然災害の補償範囲と保険金支払除外事項に関する情報を、効果的に提供する方法の実例をいくつか示す。これらは今のところ、保険会社への正式な要請という意味ではなく、あくまで実際に効果的であろうと考えられるものを、今後の参考として列挙するものである。
 
IPIDに関する補償範囲を明確にするために
・約款とIPIDで統一的な用語を使用すること、類似の危険について異なる説明をしないこと
・外部文書を参照させることは最小限にとどめること
・追加補償に自然災害による損害が含まれる場合、その範囲を明確にして、基本補償に関して誤解を招くような名称を避けること
 
補償範囲の制限事項を明確にするために
・画像、グラフ、表などビジュアルなものを用いることで理解を容易にする。
・特に特定の地理的制限事項がある場合には、IPIDに直接明確な制限事項を記載しておくこと
・保険仲介業者に対しては、補償範囲の制限に関するガイダンスを提供し、特定の保険商品の補償範囲が対象市場に合致しているかどうか監視する。
・補償範囲の内か外かを容易に理解させるため、(抽象的な表現だけでなく)具体的なシナリオを用いる。例えば「2025年に家屋が浸水した場合には補償されますが、その後、2030年までに再び浸水した場合は補償されません。」など
 
ターゲット市場評価を強化するために
・ターゲット市場をより詳細に特定することで、例えば特定の自然災害のリスクにさらされやすい地域の消費者には追加補償が推奨されることをはっきりと示すことができる。(特にリスクの高い地域をターゲット市場にする場合)
 
レビュー・更新・モニタリングのプロセスを改善するために
・重大な自然災害が発生したあとでは、IPIDを定期的にレビューおよび更新して、常に保険商品を最新状態に保ち、変化する消費者ニーズに対応する。
・レビュー更新モニタリングのためのKPIを開発することにより、保険商品の関連性と有効性を維持する。例えば苦情の件数だけでなく、苦情の原因や対応方法も生かすことで、保険商品の必要性を再評価することができる。
 
消費者の自然災害リスクに関する意識向上のために
・既存のメディアに加えて、ソーシャルメディアなども利用しブログ記事やFAQを開発し、自然災害の補償に関する継続的なサポートと情報提供をおこなうことで、消費者の関心を高め、保険リテラシーの向上を図る。
・自然災害が発生する可能性がある段階で、予防情報や非常事態において簡素化された保険金請求手続きに関する情報を提供する。例えば「積雪による損害補償は、大雪の終了から48時間以内の損害に限る」などといった規定があるなら、それをいち早く知らせる(SMSを利用するなどして)ことで、予防措置を講ずるインセンティブを提供できる。
3まとめ
保険会社は、補償内容と除外事項に関する情報を、明確に透明性ある方法で、消費者に提供することによって、自然災害補償の普及を促進する上で、重要な役割を果たすことができる。

IPIDが適切に設計されていれば、この文書の表題にあるように、「あなたの家は自然災害に対して補償されていますか」と問われた時、消費者は容易にかつ迅速に答えることができるようになる。そして、いわゆる「保険錯覚」(自然災害の際、実際には補償されていないのに、補償されていると誤解してしまうこと)を回避することができる。

3――おわりに

3――おわりに

保険契約はもともと契約内容を理解することが難しい。保険に加入していると思ってもいざ事故や災害の場合に保険金がでないと気付くこともあるだろう。我が国においても火災保険で地震保険に別途加入しないと地震による保険金が支払われないとか、水災の補償は別途付帯する必要があることなど、相当浸透しているとは思われるものの、完全とは言い難いだろう。

EUにおいても、同様の経験を経て、IPIDを通じた商品内容の説明の標準化がなされてきたが、保険によって災害による損失額をより多くカバーしていくためには、さらに改善していく必要があるということを今回の文書は示している。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月30日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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