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- サステナビリティとマーケティングは共存できるのか?-「陰徳の善」を「共に考える善」に変える企業の挑戦と期待
2025年05月29日
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4――マーケティングで顧客や社会と「共に考える善」へと転換する~日本独自の新たな競争優位性
1|「知られなければ存在しない」時代 ~ 企業が問われる消費者とのストーリー
ある研究8によれば、人は1日あたり平均10万語、34ギガバイトという「データの洪水」(Information overload)とも評すべき膨大な情報と毎日接している(2009年時点)。もはや「知られなければ、存在しない」とも言われる中で、多くの企業による社会との信頼形成の取り組みも、従来の「黙示的な了解」から、「可視化されたストーリーへの共感と浸透」へとシフトしつつある様に思われる。
たとえば、生活雑貨大手の「無印良品」は、「これがいい」ではなく「これでいい」という、「足るを知る」という日本的価値観を自社メディアで発信しており、顧客の静かな共感を呼んでいる9。
また、アパレル大手「ユニクロ」では「服のチカラを、社会のチカラに」というコンセプトの下で「RE.UNIQLO」という、着なくなった服を回収して途上国等の服を必要とする人に届ける活動を展開している。これは、消費者の「手放す行為」を途上国の人々への社会貢献と意味づけることで、一連の製品ライフサイクルに人と人との『関係性』」を持ち込んでいる、と言うこともできるだろう10。
一方、日用品・衛生用品大手の花王は、オウンドメディアの花王YouTube「Kao Do it !」を通して、「つめかえたら捨てる」のが当たり前であったつめかえパック(リフィル)のリサイクルを「水平リサイクル」として消費者に動画化して情報提供しており、その中で「消費者が参加して初めて成り立つ」という消費者との「共創関係」をストーリーとしてわかりやすく提示している11。
また、楽天が展開する「EARTH MALL with Rakuten」は、「未来を変える買い物を。」というコンセプトで2018年にスタートした「EARTH MALL12」プログラムにおける、実際に買い物ができるサイトの代表例として知られている。取り扱うのは、FSC認証の木材製品やMSC・ASC認証の水産物、RSPO認証のパーム油製品などの国際基準を満たした商品群であり、いずれも環境・社会・経済に配慮し、サステナブルな供給体制のもとで製造されたものである。
注目すべきは、「買う」ことの意味を問い直す情報設計だろう。EARTH MALL with Rakutenのサイトでは、商品そのものだけでなく、生産者の声や現地の背景を掘り下げた「読み物」が商品と共に並ぶ。
消費者は商品を通じて、誰が、どこで、どのようにつくったのかを知る──つまり、サプライチェーンの源流に想像力を巡らせる機会を得ることになる。これは単なる情報提供というより、「共感」によるサステナビリティへの消費者の「関与のデザイン」ともいえるだろう。
ある研究8によれば、人は1日あたり平均10万語、34ギガバイトという「データの洪水」(Information overload)とも評すべき膨大な情報と毎日接している(2009年時点)。もはや「知られなければ、存在しない」とも言われる中で、多くの企業による社会との信頼形成の取り組みも、従来の「黙示的な了解」から、「可視化されたストーリーへの共感と浸透」へとシフトしつつある様に思われる。
たとえば、生活雑貨大手の「無印良品」は、「これがいい」ではなく「これでいい」という、「足るを知る」という日本的価値観を自社メディアで発信しており、顧客の静かな共感を呼んでいる9。
また、アパレル大手「ユニクロ」では「服のチカラを、社会のチカラに」というコンセプトの下で「RE.UNIQLO」という、着なくなった服を回収して途上国等の服を必要とする人に届ける活動を展開している。これは、消費者の「手放す行為」を途上国の人々への社会貢献と意味づけることで、一連の製品ライフサイクルに人と人との『関係性』」を持ち込んでいる、と言うこともできるだろう10。
一方、日用品・衛生用品大手の花王は、オウンドメディアの花王YouTube「Kao Do it !」を通して、「つめかえたら捨てる」のが当たり前であったつめかえパック(リフィル)のリサイクルを「水平リサイクル」として消費者に動画化して情報提供しており、その中で「消費者が参加して初めて成り立つ」という消費者との「共創関係」をストーリーとしてわかりやすく提示している11。
また、楽天が展開する「EARTH MALL with Rakuten」は、「未来を変える買い物を。」というコンセプトで2018年にスタートした「EARTH MALL12」プログラムにおける、実際に買い物ができるサイトの代表例として知られている。取り扱うのは、FSC認証の木材製品やMSC・ASC認証の水産物、RSPO認証のパーム油製品などの国際基準を満たした商品群であり、いずれも環境・社会・経済に配慮し、サステナブルな供給体制のもとで製造されたものである。
注目すべきは、「買う」ことの意味を問い直す情報設計だろう。EARTH MALL with Rakutenのサイトでは、商品そのものだけでなく、生産者の声や現地の背景を掘り下げた「読み物」が商品と共に並ぶ。
消費者は商品を通じて、誰が、どこで、どのようにつくったのかを知る──つまり、サプライチェーンの源流に想像力を巡らせる機会を得ることになる。これは単なる情報提供というより、「共感」によるサステナビリティへの消費者の「関与のデザイン」ともいえるだろう。
8 Bohn, R. E., & Short, J. E. (2009). How much information? 2009 report on American consumers. University of California, San Diego, Global Information Industry Center.
9 株式会社良品計画「What is MUJI」コーポレートサイト https://www.muji.net/message/future.html
10 株式会社ユニクロ「RE.UNIQLO:あなたのユニクロ、次に生かそう。」キャンペーンサイト(2025年5月16日確認)
11 花王株式会社 公式note「実現不可能と言われていたつめかえパックのリサイクルが動き出した!」(2022年4月21日)
12 EARTH MALLとは「未来を変える買い物を。」というコンセプトのもと、買い物を「生活者が未来を変えるアクション」と位置付け、商品の成り立ちや適量を考えた買い物を促すプログラムのこと。その主な取り組みの一つは、「EARTH MALL with 〇〇」という形で、世の中を巻き込んでいくことであり、「EARTH MALL with Rakuten」はその代表例の一つとなっている。(博報堂WEBマガジン「The Central Dot」より抜粋)
2|「語らぬ善」から「共に考える善」へ~日本独自の「サステナブル・マーケティング」へ
これまで、企業によるサステナビリティ活動の情報は、その「陰徳」の精神ゆえに「語らぬ善」に陥りがちとなり、結果として消費者にも十分に届き辛かった面がある。
しかし、これらの企業の事例は、サステナビリティ活動を顧客や社会と「共に考える善」へと転換し、消費者にわかりやすく訴求する13ことで共感を広げて関係性を深めていくという、日本の社会・文化に適した「持続可能な市場志向(SMO)」のアプローチであり、マーケティングの先進企業による実践的な挑戦の軌跡と見ることもできるだろう。
そして、2024年、日本マーケティング協会がマーケティング定義を、これまでの「交換14」から「関係性」へと更新し、持続可能性に対して積極的に関与していく姿勢を打ち出したことも、こうした文脈の変化を裏づけている様に見える15。
欧米の理論や制度設計をそのまま輸入するのではなく、自国の文化的な特徴──たとえば「静かな共感」「人と人との共創関係」「源流への想像力」──といった日本人の心の特性に基づいて丹念に再設計すること。企業による、こうした「変換(トランスフォーメーション)」の挑戦が積み重なることで、日本のサステナブル・マーケティングが、より本質的な「独自の競争優位の構造」へと進化していくことを期待したい。
13 近年のサステナビリティ・コミュニケーションは、広告・広報の領域をまたいだクロスメディア戦略として進化を遂げている。
特に注目されるのは、コーポレートサイトやブランド公式のYouTubeチャンネル、ブログといったオウンドメディアを中核に据え、パブリシティやインフルエンサー施策と組み合わせる手法の浸透である。さらには、1社提供のテレビ番組枠やブランドCMを通じて、企業の姿勢やストーリーを「文脈付き」で届ける動きも見られる。こうした流れは、単なる情報発信ではなく、生活者の信頼獲得と企業のレピュテーション構築を同時に設計する「(企業と生活者の)関係性ドリブン」な広告戦略へと進化している証左であるとも言えるだろう。
14 マーケティングのルーツの一つは、社会学における交換理論がある。これは個人や集団の間での相互作用、つまり社会的な交換がどのように行われるかを説明する理論である。これが近年では、サブスクリプション・サービスに代表される様な、企業と顧客の長い「関係性」の中でLTV(Linfe Time Value顧客生涯価値)を高めていくという「関係性」のマーケティングへと進化していると言われる。
Homans, G. C. (1958). Social behavior as exchange. American Journal of Sociology, 63(6)
15 ニッセイ基礎研レポート「企業のマーケティングや営業にもサステナビリティ変革の足音-34年ぶりのマーケティング定義刷新に見る地方創生への期待」(2025年2月14日)
これまで、企業によるサステナビリティ活動の情報は、その「陰徳」の精神ゆえに「語らぬ善」に陥りがちとなり、結果として消費者にも十分に届き辛かった面がある。
しかし、これらの企業の事例は、サステナビリティ活動を顧客や社会と「共に考える善」へと転換し、消費者にわかりやすく訴求する13ことで共感を広げて関係性を深めていくという、日本の社会・文化に適した「持続可能な市場志向(SMO)」のアプローチであり、マーケティングの先進企業による実践的な挑戦の軌跡と見ることもできるだろう。
そして、2024年、日本マーケティング協会がマーケティング定義を、これまでの「交換14」から「関係性」へと更新し、持続可能性に対して積極的に関与していく姿勢を打ち出したことも、こうした文脈の変化を裏づけている様に見える15。
欧米の理論や制度設計をそのまま輸入するのではなく、自国の文化的な特徴──たとえば「静かな共感」「人と人との共創関係」「源流への想像力」──といった日本人の心の特性に基づいて丹念に再設計すること。企業による、こうした「変換(トランスフォーメーション)」の挑戦が積み重なることで、日本のサステナブル・マーケティングが、より本質的な「独自の競争優位の構造」へと進化していくことを期待したい。
13 近年のサステナビリティ・コミュニケーションは、広告・広報の領域をまたいだクロスメディア戦略として進化を遂げている。
特に注目されるのは、コーポレートサイトやブランド公式のYouTubeチャンネル、ブログといったオウンドメディアを中核に据え、パブリシティやインフルエンサー施策と組み合わせる手法の浸透である。さらには、1社提供のテレビ番組枠やブランドCMを通じて、企業の姿勢やストーリーを「文脈付き」で届ける動きも見られる。こうした流れは、単なる情報発信ではなく、生活者の信頼獲得と企業のレピュテーション構築を同時に設計する「(企業と生活者の)関係性ドリブン」な広告戦略へと進化している証左であるとも言えるだろう。
14 マーケティングのルーツの一つは、社会学における交換理論がある。これは個人や集団の間での相互作用、つまり社会的な交換がどのように行われるかを説明する理論である。これが近年では、サブスクリプション・サービスに代表される様な、企業と顧客の長い「関係性」の中でLTV(Linfe Time Value顧客生涯価値)を高めていくという「関係性」のマーケティングへと進化していると言われる。
Homans, G. C. (1958). Social behavior as exchange. American Journal of Sociology, 63(6)
15 ニッセイ基礎研レポート「企業のマーケティングや営業にもサステナビリティ変革の足音-34年ぶりのマーケティング定義刷新に見る地方創生への期待」(2025年2月14日)
(2025年05月29日「基礎研レター」)
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経歴
- 【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事
2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所
2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員
【加入団体等】
・日本行動計量学会 会員
・日本マーケティング学会 会員
・生活経済学会 准会員
【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)
*共同研究者・共同研究機関との共著
小口 裕のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/05/29 | サステナビリティとマーケティングは共存できるのか?-「陰徳の善」を「共に考える善」に変える企業の挑戦と期待 | 小口 裕 | 基礎研レター |
2025/05/22 | 循環型社会を支える「ゼロ・ウェイスト」への現在地-行動科学で考える「家庭系ごみ排出量2,175万トン」の削減 | 小口 裕 | 基礎研レポート |
2025/05/15 | 若手人材の心を動かす、企業の「社会貢献活動」とは(3)-「行動科学」で考える、パーパスと従業員の自発行動のつなぎ方 | 小口 裕 | 基礎研レター |
2025/05/09 | 官民連携「EVカーシェア」の現状-GXと地方創生の交差点で進むモビリティ変革の芽 | 小口 裕 | 基礎研レター |
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【サステナビリティとマーケティングは共存できるのか?-「陰徳の善」を「共に考える善」に変える企業の挑戦と期待】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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