2025年05月29日

サステナビリティとマーケティングは共存できるのか?-「陰徳の善」を「共に考える善」に変える企業の挑戦と期待

生活研究部 准主任研究員 小口 裕

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1――はじめに~交差する「サステナビリティ」と「マーケティング」

1|なぜ、サステナビリティ(持続可能性)を「マーケティングの視点」で考える必要があるのか
なぜ、サステナビリティ(持続可能性)を「マーケティングの視点」で考える必要があるのか。

この問いに対するヒントの1つは、今の消費者が企業に対して抱く期待の「中身」が変わってきていることにある。かつては「良い商品を作っていれば信頼される」という考え方が通用した。しかし今ではそれだけでは不十分であり、消費者は「その企業と社会はどうつながっているのか」「自分は、その企業とどのような関係が築けるのか」といった「関係性」にも目を向けるようになっている。

現在の「マーケティング」とは、かつてのような単なる販売戦術の延長ではない。「企業の存在意義を、消費者や社会とどう結びつけ、共感可能な形で可視化するか」という課題に応える手段となりつつある。サステナビリティと消費者をつなぎ、信頼と共創を育む設計思想・実践手段としてのマーケティングは、企業の持続可能性を推進する上で、ますます重要性を増しているように見える。
2「持続可能性」と「マーケティングの出会いのルーツは1970年代に遡る
「サステナブル・マーケティング」は決して新しい考え方ではない。その始点は、1970年代に生まれた「Macro Marketing(マクロ・マーケテイング1)」にまで遡る。

マクロ・マーケティングとは、従来の「どう売るか」という企業を主語にしたミクロでマネジリアルな発想から一歩進み、「マーケティングとはそもそも社会の中でどうあるべきか」という倫理・制度・開発視点をマーケティングに導入した考え方であった。その点からすれば、サステナブル・マーケティングとは、マクロ・マーケティングが内包してきた社会志向の問いが、近年「持続可能性」というキーワードと結びつくことで再定義されたもの、という方が正しい見方と思われる。
 
1 マクロ・マーケテイングとは、1960年代のコンシューマリズム運動により、企業活動への批判が高まる中で「マーケティングと社会の関係研究」として広がった。当初は、流通・チャネル研究に近い研究領域であったが、1980年代に、企業活動やマーケティングが社会に与える影響をも扱う、より広範な概念に拡張された。主要ジャーナルであるJournal of Macromarketingでは、(1) Competition, Markets, and Marketing Systems(市場構造・機能・相互作用の研究)(2) Marketing History(マーケティング現象の歴史的分析)、(3) Marketing Ethics and Distributive Justice(倫理・公正・アクセス平等の追求)、(4) Marketing and Development(社会的弱者や開発途上国の課題解決)(5) Quality of Life(QOL)(生活の質の評価と向上に向けたアプローチ)、(6) Global Policy and Environment(グローバル課題と持続可能性の追求)、(7) Reviews and Communication(研究フレーム拡張など)の7類型が研究領域として挙げられている。そのうち(3)(4)(5)(6)は持続可能性に関連する類型とも言える。いずれも一般的なマーケティングの概念からは離れている様に感じられるが、マーケティングとは「交換行為や関係性の設計」であり、「商品をどう売るか」に留まらず、「価値ある交換(関係性)とは何か?」がマクロ・マーケティングの本質的な問いであると考えれば、いずれも類型もマーケティングに包含されると考えるのが妥当である。
Layton, R. A., & Grossbart, S. (2006).Past, present, and possible future. Journal of Macromarketing, 26(2), 193–213.

2――「サステナブル・マーケティング」とは何なのか

2――「サステナブル・マーケティング」とは何なのか

1「サステナビリティ経営」とはどう違う?
サステナブル・マーケティングとは、「企業活動を社会や地球環境との「関係性」で捉え直す」ことである。よく混同されがちだが、「サステナビリティ経営2」と「サステナブル・マーケティング」は、それぞれ異なるレイヤーの概念だ。

マーケティング戦略を根底から支える概念として、「市場志向(Market Orientation)3」は長らく注目を集めてきた。市場志向とは、「顧客に優れた価値を提供し続ける行動を生み出す、最も効果的かつ効率的な組織文化」であると定義されたが、この定義は、マーケティングが単なる販売テクニックではなく、企業全体の「文化」であることを明示した点で画期的であった。

ここで言う「志向(orientation)」とは、組織の中に染み込んだ、持続的な行動の方向性であり、実務に落とし込まれる経営方針そのものである。たとえば「顧客志向経営」という言葉が浸透しているように、「○○志向」は企業の意思決定を貫く行動の軸を表している。そして、この市場志向を「経済的価値の最大化」から「社会的・環境的価値の同時創出」へと進化させたのが、「持続可能な市場志向」(Sustainable Market Orientation(SMO))4という新たな考え方・フレームワークであった。
図 1 サステナブル・マーケティングと「持続可能な市場志向(SMO)・サステナビリティ経営の違い
 
2 サステナビリティ経営とは、企業活動全体を、環境・社会・経済の持続可能性の視点で再設計する包括的な経営全体を指す。サステナビリティ経営が、組織全体の「あり方」を問う(統治・制度・戦略)のに対して、SMO(市場志向の志向)顧客・市場・ステークホルダーとの相互関係性に基づく価値創造を目的としており、組織の「外部との関係性の築き方」を問い直すマーケティングの方向性と言える。
3 市場志向とは、買い手に対して優れた価値を創出し、それによって企業の持続的な優れた業績を実現するために、最も効果的かつ効率的な行動を生み出す組織文化である。「顧客志向(Customer Orientation)」「競合志向(Competitor Orientation)」「部門間の連携(Interfunctional Coordination)」から構成される。受動的な対応ではなく、能動的かつ戦略的に市場機会を捉える姿勢であり、企業は戦略全体の中に市場志向を組み込むことで、業績向上が期待できるとされる。 Morgan, R. E., & Strong, C. A. (1998).Market orientation and dimensions of strategic orientation.European Journal of Marketing, 32(11/12), 1051–1073.
4 SMO(持続可能な市場志向)とは、次の4つの要素((1)目的、(2)戦略、(3)プロセス、(4)便益)から成る概念であり、企業がサステナビリティ経営の原則を取り入れた組織的マーケティングマネジメントの形態である。Mitchell, R. W., Wooliscroft, B., & Higham, J. (2010). Sustainable Market Orientation: A New Approach to Managing Marketing Strategy. Journal of Macromarketing, 30(2), 160–170.
2私たちは「なぜ、どこに向かうのか」~求められる経営の「羅針盤」と「操舵輪」
「持続可能な市場志向(SMO)」とは、企業がサステナビリティ経営の原則を取り入れた組織的なマーケティングマネジメントの一形態である。サステナビリティ経営が制度やガバナンスを重視するのに対し、持続可能な市場志向(SMO)は、市場に向き合い「なぜ、どこに向かうのか」という経営判断の価値基準を再設計する枠組みでもあり、より「志向(orientation)」的であると言える。そして、サステナブル・マーケティングとは、持続可能な市場志向(SMO)という「羅針盤」に基づき、実際に市場と共創して価値を届ける「操舵輪」と位置づけるとわかりやすいのではないだろうか。

3――持続可能性とマーケティングは共存できるのか?

3――持続可能性とマーケティングは共存できるのか?

1単なる理論の移植だけでは難しい~「文化に根ざした実装」が成立の鍵
それでは、このような欧米の理論にもとに発展してきた持続可能性とマーケティングの共存の方向性である「持続可能な市場志向(SMO)」と、それに基づく実践である「サステナブル・マーケティング」は、日本の消費者にそのまま自然に受け入れられるのだろうか。結論から言えば、そのためには、理論をそのまま輸入するのではなく、日本の文化的背景や社会的文脈に即した「変換」が不可欠であると思われる。すなわち、理論の移植ではなく、「文化に根ざした実装」が成立の鍵となると思われる。

そもそも、持続可能な市場志向(SMO)は、企業が経済・社会・環境の三価値を同時に追求するための経営志向を示している5。これら欧米型の理論が前提とするのは「透明性」「説明責任」「可視化」であり、情報を積極的に「見せる」ことで社会的信頼を得る構造であるとも言える。
 
5 ニッセイ基礎研レポート「効性と成果が問われ始めた企業のサステナビリティ推進」(2024年10月10日)
2「善行は語らずとも伝わるべき」=「陰徳」という日本社会・文化のOS(Operation System)の壁
しかし、ここで日本特有の文化的ハードルが立ちはだかる。すなわち「善行は語らずとも伝わるべき」=「陰徳」という日本社会・文化のOS(Operation System)とも言うべき「壁」のことである。

「陰徳」とは、他者に誇示せず、善行を密やかに積むという日本的な美徳のことだ。これは個人だけでなく、日本の企業文化にも深く浸透している。「社会貢献や環境配慮は黙ってやるのが美しい」という見方を示す声もあるだろう。そこに、企業の「透明性」「説明責任」といった持続可能な市場志向(SMO)の前提条件が「構造的ミスマッチ」なのではないか、という懸念が生じる。
3|消費者の変化~「企業は持続可能な活動に取り組むべき」「(そういう企業は)信頼できる」との声も
しかし、この日本特有の意識構造も、徐々に変化している様に思われる。

ニッセイ基礎研究所の2024年の調査によれば、「お金がかかっても/手間がかかっても企業などの組織は、地球環境や社会の持続可能性(サステナビリティ)を配慮した行動をとるべきだ」と回答した比率は45.6%と過半に迫り6、消費者自身に対する同様の声(同39.6%)より高く、さらに2023年の結果より有意に増加しており(+7.8pt)、消費者の企業に対する期待は高まりを見せる。

また別の調査結果(数表1)でも、「サステナに積極的に取り組む企業・団体は信頼できる」の比率は63.3%(4段階SAで、とても+まあそう思う~上位2カテゴリー計)となり6割を超えている。
数表 1 「サステナに積極的に取り組む企業・団体は信頼できる(上位2 項目計)のクロス集計結果 (日本リサーチセンター 調査結果7)
 
6 ニッセイ基礎研究所「サステナビリティに関する消費者調査」/(2024年調査)調査時期:2024年8月20日~23日/調査対象:全国20~74歳男女/調査手法:インターネット調査/有効回答数:2,500
7 日本リサーチセンター「NOS(日本リサーチセンター・オムニバス・サーベイ)」は、全国の15~79歳の男女個人1200名を対象に実施された訪問留置調査。調査実施時期:2025年1月~2月。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月29日「基礎研レター」)

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生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴
  • 【経歴】
    1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

    2008年 株式会社日本リサーチセンター
    2019年 株式会社プラグ
    2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

    2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
    2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
    2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
    2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

    【加入団体等】
     ・日本行動計量学会 会員
     ・日本マーケティング学会 会員
     ・生活経済学会 准会員

    【学術研究実績】
    「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
    「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
    「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
    「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
    「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
    「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

    *共同研究者・共同研究機関との共著

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【サステナビリティとマーケティングは共存できるのか?-「陰徳の善」を「共に考える善」に変える企業の挑戦と期待】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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