- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経営・ビジネス >
- 法務 >
- Appleに対する再差止命令と刑事立件の可能性-アンチステアリング条項
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
3――Appleの対応の詳細
リンクアウト購入については、もともとAppleは許可していなかったため、手数料設定はされていなかった。差止命令の発行に伴い、リンクアウト購入について以下のポリシーを導入した。
リンクを使用した後7日内にアプリ事業者のサイトで行われるデジタル商品とサービスの取引に対して27%の手数料を要求する。
Apple社内では、地裁判決後、どのように差止に対応するかの遵守方針の検討が始まった。高裁が差止命令停止を命令したときに、いったん検討は停止したが、2023年4月24日の高裁の判決を受けて、遵守方針の検討を再開した(コードネームWisconsin)。そこではリンクアウト購入を認める仕組みである外部リンク資格制度(Link Entitlement program) に関して、以下の2つの提案がなされていた。
・(提案1)手数料は課さないが、購入フローにおけるリンクの配置と外観を制限する。
・(提案2)リンク設定や外観に制限を課さないが、27%の手数料を課す(=3%割引)。
提案1では、中小を含め多くのアプリ事業者がリンクアウト購入を提供すると想定し、数億から数十億ドルの減収を見込んだ。他方、提案2では最大規模のアプリ事業者にしか魅力的でないと予想していた。こちらは数千万ドル程度の影響を見込んだ。Appleが採用した手段は最も反競争的なオプションである提案1と提案2を足したものであった。
2023年6月1日のApple社内の会議では、提案2に関して割引率3%、5%、7.5%のケースが提示された。ここで重要なのは、どのケースにおいてもアプリ事業者の負担する決済に係るコストの割合は外部決済サービスの利用料を加えると30%を超え、経済的な合理性がないことである。Appleは裁判官が認める最小限の譲歩で終わらせることを計画していた。
2023年7月5日、Appleの価格委員会で外部リンク資格制度においては、リンクアウト後7日間に外部サイトで購入がなされたときに27%の手数料を支払うべきことが決定された。
これらの検討経緯は裁判所に隠され、2025年の審理まで明らかにされなかった。
Appleは上記決定後、2024年1月にAnalysis Group(AG)を構成し、調査を開始したと主張した。AGでは、Appleのサービスは場合にもよるが、アプリ事業者にとって30%の価値があるなどの調査結果を出したとされ、その結果に基づいて手数料を設定したと2024年5月1日の証人尋問において従業員が証言していた。これは裁判所を欺こうとしたものである。特にRoman氏(財務担当副社長)は2024年1月16日まで手数料について何も知らなかったと証言した。これは裁判所に対して嘘と不実表示を行ったものである。
Appleの当初案はリンク配置を制限するのは手数料を取らない場合としていた。しかし結果的に、外部リンク資格制度においては27%の手数料徴収とともにリンク配置等の制限をすることとした。具体的には以下の通りである。
① 外部リンク資格制度において、外部リンクは、アプリ内での商品購入フローの途中のページおよび商品購入ページに表示してはならない。
ゲームアイテムを購入できるショップがアプリ内にある場合、そのショップに外部リンクを貼ることは許されない。Appleはこの様な取扱いはセキュリティリスクから利用者を保護するためのものと主張している。どこに外部リンクを貼ってもセキュリティリスクが変わることはないので、これは言い訳に過ぎない。② 外部リンク資格制度においては、外部リンクをボタンまたはこれに類するものとして表示することを禁止している。
差止命令ではこのような表示の仕方を可能にするよう要求しているにもかかわらず、Appleはその反対のことを行った。すなわち、外部リンク資格制度においては、単純なリンク表示のみをすることとされている。Apple自身の証人も競争を抑制する以外にリンク形式を求める理由は思いつかないとしている。③ 外部リンク資格制度において、外部リンクを押すと、全画面表示で「本当に続けますか?」という警告文が表示され、アプリを離れることが警告される。その際、遷移(遷移とは閲覧するページから別のページに移ること)先はアプリ名ではなく、アプリ事業者名で表示される。また、購入はアプリ事業者が管理するものであって、Appleは関与していないと表示される。
この表示方法は、i)外部リンクを単純に表示すること、ii)ブラウザを開くことをポップアップで表示することと並んで検討されたが、もっとも反競争的な選択肢(=全画面表示)が採用された結果によるものである。このように「利用者にとって恐怖の」「警告画面」は、ユーザーのリンク外購入を抑止することを意図した設計と判断される。そしてこれらの事実は2024年5月の証拠審問では明らかにされていなかった。2023年6月の最終案では警告文言に「Appleは、ウェブ上で行われた購入のプライバシー又はセキュリティに責任を負わない」という表現が付け加わった。
④ 外部リンク資格制度においては、静的URLのみ利用可能とされている。
静的URLはそのアドレスへ遷移するだけの機能しか持たない。比較して、動的URLではユーザーIDや位置情報その他の操作に関する情報を付加することができる。そうすると、動的URLではユーザーを識別し、リンククリックによって自動ログインすることができる。Appleはこの制限をデータセキュリティのためと主張するが、同時に摩擦(friction=購入に至るまでに発生する操作上の障害)を増加させることで破損(breakage=購入者が外部リンクからの購買をあきらめること)を増加させることをよく理解していた。⑤ 外部リンク資格制度においては、Appleが用意したテンプレートの表現以外を使用することが禁止されている。
表示可能なのは、「www.example.comのwebサイトで購入する」というものだけである。低価格であることを訴求する文言を載せることは不可能であり、このことによりAppleは数億ドルの収益損失を回避している。⑥ 外部リンク資格制度において、ビデオパートナーシッププログラム(VPP)およびニュースパートナーシッププログラム(NPP)に参加しているユーザーは事実上適用外となる。
VPPにはディズニープラスといったサブスクリプションビデオアプリがあり、NPPにはニューヨークタイムズといった新聞社のアプリがある。これらユーザーに対する手数料は、通常の30%ではなく、15%になっている。しかし、これらユーザーが外部購入リンク制度を利用すると、アプリ内購入の手数料が15%から30%に引き上げられる。これら大規模なユーザーは最も外部リンク購入制度を利用すると考えられていたため、Appleはこれらユーザーのプログラムからの除外は、米国でのリンクアウト購入の採用を妨げることを認めた。
2024年5月の公聴会の時点で、App Storeに登録されている約136,000人のデベロッパーのうち、外部リンク資格制度に基づいて申請したのはわずか34人のデベロッパーで、そのうち17人はそもそもアプリ内課金を提供していなかった。
本項でまず指摘したいのは、外部リンク資格制度におけるリンクアウト購入にかかる27%という高率の手数料である。Appleが検討した最も安いオプションは7.5%割引(手数料としては22.5%)である。仮に7.5%割引であってもリンクアウト購入は経済的に不可能である。現に訴訟当事者であるEpicの設置する外部サイト内で購入する場合の決済手数料は12%である。そして、この27%という手数料率の妥当性については、Analysis Group(AG)の検討に基づくとAppleは主張する。しかし、判決文にある通り27%手数料率が決定したのはAGの設置の半年前である。AGの検討が客観的・中立的かどうかについても疑問が残るが、当該検討より先に手数料率が決まっていることから、手数料率の水準はAppleの経営的立場のみから決定したものと考えられる。
次に、Appleは外部リンク資格制度において、リンクアウト購入に誘導するための仕組みに大きな障害を設けた。もともと手数料を付加するか、リンクアウト購入に障壁を設けるか、どちらかという選択肢を設けたが、両方を採用するという結果となった。前者はリンクアウト購入をアプリ事業者にとって経済的に不可能とするが、後者はリンクアウト購入を利用者に断念させるものであった。
リンクアウト購入を行おうとする利用者はEpicのゲームにログインしたままでシームレスに購入できることを期待する。しかし、そもそもリンクアウト購入のリンクが購入の流れにおいて見つけることができない。また、リンクアウトする際に「恐怖」の警告が表示されるなど判決のいう「摩擦」を発生させ、リンクアウト購入を利用者が断念することが容易に予想される。
このようなリンクアウト購入の仕組みは差止命令違反となるかどうかが本訴訟の主要論点であった。
4――Apple申立てに関する判断
Appleは連邦民事訴訟規則(Federal Rule of Civil Procedure)60(b)(5)で、「最終判決が将来に向かって適用することがもはや衡平でない」場合において、判決当事者から申立てを受けたときには、裁判所はその裁量によって当事者をその最終判決から免除することができるとする。
Appleはその根拠は本判決と矛盾する後に出された2つの判決が出たことにあると主張する。まずBeverage判決では高裁が禁止した行為が、同一の高裁で明確に容認されたと主張する。また、Murthy判決では、今回の差止命令の範囲をEpicとその関連会社に限定したと主張する。いずれも訴訟戦術のひとつと考えられ、判決の本筋からは外れる。ここではBeverage判決に関する部分のみを紹介することとする。
Beverage判決では、Apple経由でFortniteを購入したBeverageその他の原告がAppleのアプリ配布の制限により価格が上昇し、アンチステアリング条項によってAppleの力が人為的に増大したとしてクラスアクションを提起した。原告はカリフォルニア州のCartwright Act(連邦における反トラスト法、日本における独占禁止法に該当)違反およびUCL上の「違法行為」を主張したが、主張を裏付ける十分な事実を立証できなかった。
原告は控訴をする目的で、Cartwright Act 上の訴えを撤回し、UCL違反となる「不公正な」行為のみを主張した。判例によれば反トラスト法から免責される行為はUCL上の「不公正な」行為とはならないとされていた。Beverage判決では、反トラスト法違反かどうかは認定せず、Cartwright Act違反の主張を撤回したことを前提に、UCLの「不公正」な行為として違法となるかという狭い議論を行い、結果として原告の主張は認められなかった。
この判断と本事案の差止命令の判断とは矛盾しない。差止命令に係る判決(高裁)では、Appleの行為が反トラスト法責任から免責されるとは判断していない。またBeverage判決のような狭い範囲の判断でもない。
Epicは、Appleが外部リンク資格制度の遵守プログラムを公表したことに対して、(1)高裁の差止命令に違反したとしてAppleを民事侮辱に問うこと、(2)Appleのポリシーを速やかに差止命令に準拠させるよう要求すること、(3)すべてのアンチステアリング条項の削除をAppleに要求することを求めている。
民事侮辱に対する制裁は、「裁判所がその前にあるすべての証拠を適切に検討」し、「現在、従う能力」があり、過去に「強制的な制裁によって破壊される意図的な反抗または故意の不服従を構成する」と判断した場合に正当化される。
本地裁における分析は二つの部分に分かれてる。第一に、本地裁は、差止命令の文言の外を見る必要はないというAppleの抗弁を検討し、差止命令の法的根拠を説明した地裁と高裁の命令を検討した。第二に、本地裁は、上記の事実認定で述べた通り、Appleが検討した最も反競争的な選択肢で差止命令に対応することを選択したと判断した。
(1) 差止命令の文言と精神
Appleは、差止命令のカバーする範囲の外側に属する行為については、民事侮辱に問うことができないとして異議を唱えている。
他方、高裁における裁判例では、「救済が付与された目的を遵守し、その厳格な文言が無視されなかったとしても、差止命令の精神に違反する法令違反を認定することが適切である」と述べている。
地裁は、以下の点でAppleの主張が誤っていると判断する。
1) Appleの行為そのものが差止命令の文言そのものに反していること、
2) 訴訟当事者が差止命令の文言について疑わしい解釈を取るときは、「差止命令の精神」を見るべきこと、
3) Appleのアプローチでは裁判所がもぐらたたきゲームを行うことになること、
4) Appleの外部リンクについて手数料を課すことを差止命令が禁止していないと主張する。しかし、差止命令に係る判決ではアプリ内購入の30%は反競争的で正当化できないと認定していたこと、差止命令に係る判決当時外部リンクでの購入に手数料を課されていなかったことから、Appleの行為は差止命令の主要かつ包括的な事実認定に違反し、結果として民事侮辱に帰結する。
(2) 民事侮辱に関する、より具体的な事実認定
外部リンク資格制度において、いくつかの点において差止命令に違反する。
1) Appleは外部リンク制度を利用するアプリ事業者の外部コスト(=支払いに係る費用)を評価して、外部リンク資格制度において、反競争的とされた30%手数料から3%だけを引いた手数料を設定した。このことにより実際にはアプリ内購入のすべての代替手段を経済的に実現不能にした。Appleがその根拠とするAGレポートはでっち上げに過ぎない。差止命令はアンチステアリング条項の削除を要求したが、Appleは同じものの組み合わせで置き換えることを決定した。
2) Appleはリンク資格制度において、アプリ内購入のオプションとして、アプリ内に単純なリンクのみ(=上述の静的URL)を認め、その他の外部リンクを経由した購入を促進する文言を入れることを阻止した。これは明白な差止命令違反である。
本地裁はこれらが単独で差止命令に違反しているかどうか認定する必要はない。なぜならAppleは差止命令の根幹部分-Appleはアプリ内購入に対する競争力のある代替的手段を締め出してはならない―に違反しているからである。
以上から本地裁はAppleが差止命令に違反していると認定する。Appleの不遵守は技術的なものや、形式的なものからかけ離れている。Appleにおける(1)十分な正当化理由を欠くこと、(2)外部リンク資格制度が経済合理性を欠くこと、(3)違法な収益獲得を保護し、新しい反競争的構造を構築した動機、(4)裁判官が認めるレベルはどこなのかから遡って規制を設けたことは、差止命令の善意又は合理的な解釈の産物と見ることはできない。
本地裁は民事侮辱を支持する。
(2025年05月28日「基礎研レポート」)
このレポートの関連カテゴリ

03-3512-1866
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2025年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
松澤 登のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/05/29 | 委任状争奪戦(プロキシーファイト)とは-フジメディア・ホールディングス | 松澤 登 | 研究員の眼 |
2025/05/28 | Appleに対する再差止命令と刑事立件の可能性-アンチステアリング条項 | 松澤 登 | 基礎研レポート |
2025/05/23 | 特定大規模乗合保険募集人制度導入等に係る保険業法改正 | 松澤 登 | 基礎研レポート |
2025/05/14 | 米でのGoogle広告訴訟判決-オープンウェブ・ディスプレイ広告における独占認定 | 松澤 登 | 基礎研レポート |
新着記事
-
2025年05月30日
先行き不透明でも「開示」が選択された~2025年2月および3月の本決算動向~ -
2025年05月30日
日本国民にも日本銀行にも国債を買う義務はない-お金を貸す側の視点から- -
2025年05月30日
高齢者向け「プラチナNISA」への期待と懸念 -
2025年05月30日
自然災害保険の補償内容を理解しているか?(欧州)-保険商品情報文書の充実に向けたEIOPAの報告書 -
2025年05月30日
「名古屋オフィス市場」の現況と見通し(2025年)
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【Appleに対する再差止命令と刑事立件の可能性-アンチステアリング条項】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
Appleに対する再差止命令と刑事立件の可能性-アンチステアリング条項のレポート Topへ