2025年04月10日

公益通報者保護法の改正案-不利益処分に刑事罰導入

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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4――労働者に対する不利益取り扱いの禁止

1|現行法における不利益取扱の禁止とその評価
現行法3条柱書は、同法3条1号~3号に掲げる公益通報を行ったことを理由とした、事業者による労働者の解雇を無効とする。また、事業者が使用または使用していた労働者に対して、降格、減給、退職金の不支給その他不利益な取扱いをしてはならない(現行法5条1項)としている。なお、解雇は民事上無効である一方、解雇以外の不利益取扱いをした場合の民事的救済および事業者へのペナルティは条文上存在しない。ただし民事的救済は民法等を通じて求めることは可能である10

この点、報告書(p19)では、「近年の裁判例においても、労働者に対する不利益な取扱いが不正行為を通報したことに対する制裁を目的としたものと認定した事案がある」とし、「民事裁判を通じて事後的な救済を図る負担は大きく、依然として労働者が通報を躊躇する大きな要因となっている」とする。結論として、改正法は公益通報を理由とした労働者へ不利益取扱いをした事業者に対する刑事罰を導入することとした。かわりに刑事罰の対象行為の明確化の観点から、差別的取扱の範囲を現行法よりも限定することとした(内容は次項)。
 
10 ただし、労働者側からの民事上の対応として、人事権の濫用を理由とする損害賠償請求を提起することが可能(配転命令についてオリンパス事件控訴審判決平成23年8月31日参照)。
2|改正法における不利益取扱の禁止
現行法3条1項柱書において、公益通報を行ったことを理由とした「解雇は無効とする」とあるところを、改正法3条1項では現行法5条(不利益取扱いの禁止)を取込み(現行法5条は削除)、「解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」とした。そして改正法3条2項、3項を新設した。

改正法3条2項は同条1項の「不利益取扱い」を定義し、「解雇」と「懲戒処分(就業規則で定められたものに限定)」のみを含む(併せて「解雇等特定不利益取扱い」という)ものとし、これらは無効であるとした。また、改正法3条3項は「解雇等特定不利益取扱い」が公益通報の日から一年以内に行われた場合は、公益通報を理由として行われたものと推定11することとした。

そのうえで、改正法3条1項に違反して労働者の解雇等特定不利益取扱いをしたときは、実行者に6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金を科す(改正法22条1項)こととされた。この規定には両罰規定があり、実行者が個人事業主の従業者である場合は、個人事業主に30万円以下の罰金が科される(改正法23条1項柱書)。また、実行者が法人の役職員である場合には法人に3000万円以下の罰金が科される(23条1項1号)。

注意すべきは刑事罰を科すことにより、不利益取扱いが懲戒処分に限定されたため、制裁的な色があるものであっても部署異動などが改正法上は含まれなくなったことである。
 
11 この結果、この期間内における不利益処分が公益通報に基づくものではないという立証責任が事業者に課せられる。

5――その他の者の保護

5――その他の者の保護

1|派遣労働者
派遣労働者が保護される公益通報は上述の労働者の3つの方法と同じである。今回の改正では、現行法4条にある派遣労働者についての派遣契約解除の無効と、現行法5条2項にある派遣労働者の交代等の不利益取扱い禁止が、改正法4条にまとめられただけである。

なお、派遣先からの派遣契約の解除や派遣労働者の交代は、派遣元との労働契約の解除を意味するものではない(労働契約は継続する)12ので、刑事罰は科せられないこととなっている。
 
12 前掲注3・報告書p22の注37参照。
2|役員
現行法5条3項・改正法6条1項において、役員については、所定(下記に記載)の公益通報を行ったことを理由とする報酬の減額その他不利益な取扱い(解任を除く)をしてはならないとする。また、所定の公益通報を行ったことを理由に解任された場合は解任によって生じた損害の賠償を求めることができる(現行法6条・改正法6条2項)。

保護される公益通報は以下の通りである(現行法6条1号~3号・改正法6条1項1号~3号)。

一)事業者に通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する場合における役務提供者に対する公益通報(1号):労働者と同じ。

二) 以下の場合であって、当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等に対する公益通報(2号)
イ) 調査是正措置をとることに努めたにもかかわらず、なお当該通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合:労働者と同様の規定であるが、役員は自身で是正権限を有していることから、是正措置を取ることに努めたことを要することとされている。
ロ) 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、生命・身体に対する危害又は個人の財産に対する損害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合:このようなケースに関しては、労働者はその他の事業者外部に公益通報する場合に限定されている(現行法・改正法3条1項3号ヘ)が、役員は権限のある行政機関に対しても公益通報が可能である。なお、他の項目と異なり、役員の是正努力は通報要件に含まれていない。

三)その者に対し通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報(3号)
イ) 調査是正措置をとることに努めたにもかかわらず、なお当該通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ次のいずれかに該当する場合。

①自身が不利益を受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
②証拠隠滅、偽造、変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合、
③役務提供先又は行政機関に公益通報をしないよう正当な理由なく要求された場合

これらは労働者に関するものと同様の規定であるが、役員の場合は、自身で調査是正措置を取ることを努めたことという要件が追加されている。

ロ)上記二)ロ)と同じ。

なお、労働者で認められている、違法行為があることを信ずるに足りる相当の理由はなくとも、一定の事項(脚注9参照)を記載した書面等の提出をすることによる行政機関に対する公益通報(上記現行法3条2号・改正法3条1項2号)は役員には認められていない。これは役員には一般に自身に調査権限があるため、このような方法を認める必要がないからと考えられる。また、役務提供者が通報者を特定する情報を漏らすおそれのある場合におけるその他の事業者外部への公益通報(上記現行法3条3号ハ・改正法3条1項3号ハ)は役員には認められていない。
3|役員の不利益取扱いに関する議論
役員について、会社はその理由を問わず、株主総会でいつでも解任することができる。ただし、正当な理由がない場合、取締役は会社に対して損害賠償請求ができるとされている(会社法339条1項、2項)。

報告書(p21)では、このように役員の地位を定める会社法自体において、正当な理由のない解任に会社の民事責任しか定めていないことを前提とすると、改正法で解任およびそれよりも軽度な不利益取扱いに刑事罰を科すこととするのは難しいとの結論に至った。そのため、役員の場合は労働者と異なり、不利益取扱いに刑事罰は科せられていない。

ただし、留意すべきは使用人兼務取締役(たとえば取締役企画部長など)についてである。この場合、労働者としての側面を持ち、労働者として取扱われるのか役員として取扱われるのかは条文上判然としない。このあたり筆者の知る限りにおいては、従業員に格上の部長職であることを示すために役員兼務させているだけであったり、取締役就任によって従来の雇用契約から一年更新の使用人契約(雇用契約とは限らない)に移行させたりするなど、人事制度は各社で様々である。いずれにせよ各社の実態を踏まえて、労働者として取扱うか、役員として取扱うかを定めることになろう。

なお、条文が5条3項と6条にまたがっていたのが改正法では6条1項、2項に改定された。内容には現行法からは変更がない。不利益処分の範囲も現行法を引き継いでいるため、幅広く不利益処分が禁止されている(改正法6条1項)。
4|フリーランス(新設)
改正法で新たに追加されたのが特定受託業務従事者13(フリーランス)である。業務委託を受けたフリーランスあるいは過去1年以内に業務委託を受けていたフリーランスが対象となる(改正法2条1項3号)。

フリーランスも労働者のところで述べた3種の公益通報を行ったことを理由にした契約解除等の不利益取扱いは禁止される(改正法5条)。ただし、不利益取扱いに関する罰則はない。
 
13 定義は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」2条参照。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年04月10日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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