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「計画修繕」は、安定的な入居確保に必須の経営手法~民間賃貸住宅における計画修繕の普及に向けて~

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎
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ガイドブックにおいて、民間賃貸住宅における長期修繕計画の役割を明確にした点も重要な点である。
1) 長期修繕計画は健全経営するために必要な資料
ガイドブックでは、長期修繕計画を、「賃貸住宅の経営期間における修繕工事の実施予定年とその費用の目安を示した計画」であると示している。その上で、長期修繕計画を作成することにより、いつ、どこで、どのように、いくらぐらいの費用で修繕するのかが明確になることから、事業収支計画に修繕コストを組み込むことができる。賃貸住宅経営において、修繕に必要なコストは特に大きいため、オーナーにとって重要な経営判断を伴う。その経営判断に必要な基本的かつ重要な資料が長期修繕計画であると解説している。
つまり、民間賃貸住宅における長期修繕計画の役割のひとつは、永続的に健全な経営をするための情報を与える機会となることである。
2) オーナーに修繕資金の必要性を認識してもらうための資料
すべてのオーナーにとって長期修繕計画を必要であるはずであるが、実態はそうではないことは、計画的に修繕を実施しているオーナーが全体の3割程度しかいないというアンケート調査結果で先に伝えたとおりである。
そこで、管理業者として重要になってくることは、オーナーに修繕の資金を準備してもらうことである。それには、長期修繕計画を示すことが有効であることを、前述のとおり管理業者へのヒアリング調査結果から得た。
これを踏まえて、ガイドブックでは、長期修繕計画をオーナーに示して、何年後に修繕をする必要があり、その時期までに一定の修繕資金を準備する必要があることを認識してもらうことが重要であると解説している。
このように、長期修繕計画の重要な役割のひとつは、オーナーに修繕資金の準備の必要性を認識してもらうことである。長期修繕計画を示すことでそこに一定の説得力が生まれ、オーナーの認識を強めることになるのである。
そのためにも、オーナーが理解しやすい長期修繕計画を提案することが重要であることもガイドブックで指摘している。
ガイドブックでは、長期修繕計画に基づいて、いつ、どのくらいの資金が必要になるのかオーナーに説明する際、資金確保の方法もあわせて提案すると、オーナーが具体的にイメージできて資金確保の実現性が高まると解説している。
資金確保の方法としては、毎月の家賃収入から一定額を積み立てることが最も確実であり、オーナーに対し毎月積み立てる額の目安を示した上で、積立方法を提案することが有効である。その積立方法としては、保険などの積立型金融商品や賃貸住宅修繕共済8の活用が紹介されている。さらに積立以外の資金確保方法として、融資や修繕資金信託なども紹介している。
これも、実践している管理業者へのヒアリング調査から有益な取組として得たものであり、多くの賃貸住宅管理業者がこれに倣ってオーナーに修繕資金確保の方法を提案すれば、計画修繕を行うオーナーは増えて行くであろう。
8 将来予想される修繕費を共済掛金として月払いまたは年払いで払い込むことにより、実際に修繕工事を実施した際に共済金から工事費が支払われるという賃貸住宅の修繕に特化した共済制度。共済掛け金が経費算入できるなどのメリットがある。全国賃貸住宅修繕共済協同組合が販売している。
4――今後の課題
今後、賃貸住宅の計画修繕を普及させるためには、以上強調してきたように、計画修繕が賃貸住宅経営にとって必須の経営手法であることを、オーナーと管理業者とで共通認識することが何より重要である。賃貸住宅経営において、安定的に入居を得て、家賃収入を得られるようにするためには、計画修繕が欠かせないという認識である。
その認識の基、管理業者は主たる業務として計画修繕を実施し、オーナーは相応の管理費を負担するという、オーナーと管理業者のパートナーシップによる取組みが望まれる。そこでは、オーナーと管理業者が長期修繕計画を共有した上で、管理業者はそれを着実に履行できるよう管理し、計画に基づいて修繕工事を提案する。オーナーは計画に応じて修繕資金を準備するという関係が成り立つ。
このような関係が、あらゆる賃貸住宅において成立していることが理想である。この理想に少しでも近づけるためにも、今回のガイドブックの制作を通じて感じた、民間賃貸住宅の計画修繕を普及させるための課題を最後に指摘しておきたい。
先にも触れたが、賃貸住宅管理業法において、賃貸住宅管理業務のひとつが「賃貸住宅の維持保全」であり、必要な修繕を行うことは維持保全業務の一部であると規定されている。したがって賃貸住宅管理業者は修繕を業務として実施しているはずであるが、それがかならずしも計画修繕であると限らないことは、前述のアンケート調査結果が示している。
賃貸住宅の経営的な観点からも、政策的観点からも賃貸住宅の計画修繕が重要であることは説明してきたとおりであり、管理業者は維持保全の業務として、スタンダードな取組みにしていく必要があるだろう。前述の通り、管理業者へのヒアリング調査では、年に1回程度の定期点検や長期修繕計画を作成できる業者は限られているという声が聞かれたが、定期点検の方法や長期修繕計画の作成方法などをガイドラインの策定など公的に整備することも考えられる。
計画修繕がいっそう普及することに伴い、関連する技術者を養成する講習制度や、それらの業務に対する対価の相場なども整備されていくことが期待できよう。このように計画修繕を実行するインフラが整備されることにより、管理業者はオーナーに対して計画修繕による維持保全を提案しやすくなる環境が整い、オーナーも安心して委託することができるようになる。
ガイドブックには長期修繕計画の作成方法や例を示している。例に示した長期修繕計画は、オーナーが理解しやすいという点では、修繕項目や修繕周期などシンプルな内容になっており、参考にするには望ましいものと考えている。
ただし、そこに掲載されている修繕費についてはやや古い情報になることから、文字通り参考程度のものと思われる。やはり修繕費は、長期修繕計画の作成時点における市場の修繕工事費単価を反映することが望ましい。
したがって、標準的な賃貸住宅の長期修繕計画を示した上で、そこに掲載された修繕費は、定期的に市場の動きに応じて見直していくような取組が必要だと思われる。それがあれば、多くの管理業者がそれを参考に、オーナーに対し長期修繕計画とそれに基づく資金確保を提案することができるようになるだろう。このような取組が公的に行われることが望ましい。
これについては、ガイドブックの制作にも参考にした、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会が発行している、「賃貸版長期修繕計画案作成マニュアル(改訂版)」が既にあることから、これを基に、修繕費のみ新たに検討し、定期的に更新していくことは、技術的にはそれほど難しくはないと思われる。
なお、冒頭で示したとおり、本ガイドブックは、国土交通省の補助事業10により、ニッセイ基礎研究所が制作したものである11。制作にあたり先導的に計画修繕に取り組む複数の賃貸住宅管理業者にヒアリング調査や事例調査に協力いただいた。また、事例調査には、一級建築士の松尾初美12氏に協力いただいた。そして、編集・デザインは株式会社ブルースタジオ13によるものである。この場を借りて深謝申し上げたい。
9 2007年に「賃貸住宅長寿命化への処方箋-賃貸版計画修繕積立制度の提案-」(ニッセイ基礎研レポート)、「賃貸版計画修繕積立制度の創設に向けて -賃貸住宅における計画修繕普及のための制度構築に関する研究-」(ニッセイ基礎研所報)を執筆しており、その基となった受託調査研究「賃貸住宅の計画修繕積立制度設計に関する調査研究」(住宅改良開発公社)を担当して以来研究テーマとして取り組んできた。
10 住宅市場整備推進等事業(共生社会実現に向けた住宅セーフティネット機能強化・推進事業(民間賃貸住宅計画修繕普及事業(賃貸住宅管理業者向け計画修繕実施支援事業)))
11 筆者の他、社会研究部の胡笳研究員、島田壮一郎研究員が担当した。
12 「有限会社ペンギンデザインオフィス」(東京都世田谷区)代表取締役
13「株式会社ブルースタジオ」(代表取締役社長 大地山 博、東京都中央区)
(2025年04月09日「基礎研レポート」)

03-3512-1814
- 【職歴】
1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
2004年 ニッセイ基礎研究所
2020年より現職
・技術士(建設部門、都市及び地方計画)
【加入団体等】
・我孫子市都市計画審議会委員
・日本建築学会
・日本都市計画学会
塩澤 誠一郎のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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