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「計画修繕」は、安定的な入居確保に必須の経営手法~民間賃貸住宅における計画修繕の普及に向けて~

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎
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オーナーが修繕を実施していない理由に、「管理会社からの提案がない」が16%を占めていたが、ここで、賃貸住宅管理業者を対象にしたアンケート調査の結果を見てみたい。
管理する賃貸住宅のオーナーに対し、計画的な修繕および修繕資金確保の提案を業務として行っているかどうか、その内容を問う設問に対し、全体の約69%が「修繕工事の提案や実施」を行っていると回答しているものの、計画修繕の実施に必要となる、「物件毎の状況を踏まえた個別の長期修繕計画の作成・提示」は約29%にとどまっている。そして、「計画的な修繕及び修繕資金確保の提案は行っていない」とする管理業者が約21%を占める結果となっている(図表1-3-1)。
計画修繕を管理委託業務にしていないとの回答も、オーナーと管理業者共に計画修繕に関する知見や意義への理解が不足していることが背景にあるものと読み取れる。
2020年に「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律」(賃貸住宅管理業法)が制定された今日となっては、計画修繕を管理委託業務にしていないから実施していないというのは、やや物足りない印象を受ける。
というのは、同法では、賃貸住宅管理業者による管理業務として、「賃貸住宅に係る家賃、敷金、共益費その他の金銭の管理」と合わせて、「賃貸住宅の維持保全」を規定しているからである。維持保全とは、「住宅の居室及びその他の部分について、点検、清掃その他の維持を行い、及び必要な修繕を行うことをいう」と条文に明記されている2。
つまり、修繕は、賃貸住宅管理業務の一部であり、賃貸住宅管理業者であるならば、管理する賃貸住宅の修繕を業務として実施することも含んでいる。確かに、法律では「修繕」であり、「計画修繕」とはしていない。しかし、後述する計画修繕の必要性や意義を踏まえると、管理を委託された賃貸住宅の修繕について、適切に管理を行うという観点から、オーナーに計画修繕を能動的に提案する動機が働いてもよいと思われる。
2 賃貸住宅管理業法第2条2項
先に紹介したオーナーを対象としたアンケートで、修繕を実施しないオーナーの考えの回答に、「実施しなくても入居率は変わらない」(49%)、「入居者は修繕の実施状況を気にしない」(9%)があったが、賃貸住宅入居者を対象としたアンケート調査結果を見ると、決してそのようなことはないことが分かる。
住み替え先の賃貸住宅を選ぶ際に重視したことについて、19項目における項目毎の重視した割合(「とても重視」と「重視」の合計である重視率)を見ると、上位の項目には、「住宅の広さや間取り」(約82%)、「家賃・管理費の負担水準」(81%)があるが、上位から5番目に「住宅の状況(いたみ・劣化等)」が約71%、8番目に、「住宅の維持管理」が約67%と、メンテナンスの状況を示す項目が上位にある。
このように、賃貸住宅入居希望者全体の7割以上が、入居先の賃貸住宅を探す際、その物件がきちんとメンテナンスされているかどうかを意識して選択しているのである。裏返すと、きちんとメンテナンスされていない物件は選ばれないということである(図表1-5-1)。
以上、統計から民間賃貸住宅の老朽化が持ち家より進行していること、アンケート調査結果からは、オーナーが計画修繕の意義や必要性を十分理解していないこと、更にオーナーに計画修繕を提案している賃貸住宅管理業者は限定的であり、管理業者においても計画修繕の意義や必要性を十分理解していない実態があること、一方で賃貸住宅入居希望者は賃貸住宅のメンテナンスの状態を重視していることを指摘した。
つまり、消費者がメンテナンスの状態を重視しているにもかかわらず、オーナーや管理業者という賃貸住宅経営に携わる者の方が、それに応え切れていない状況がある。修繕を行うのは、劣化や不具合の進行を食い止めるためである。なぜ、劣化や不具合事象が起こるのかというと、多くの場合経年劣化するためである。それが賃貸であるかどうかにかかわらず、すべての建物や設備は経年劣化する。経年劣化を放置すればいずれ著しい劣化や不具合が生じて、腐朽や破損につながる。
賃貸住宅の場合、老朽化が目に付くようになると入居希望者はそれを敬遠し、直ちに入居率の低下につながり十分な家賃収入が得られないという状況を招く。賃貸住宅経営にとって、それは致命的なことである。
冒頭で、民間賃貸住宅における計画修繕の普及が住宅政策上の課題であることを説いたが、それ以前に、賃貸住宅経営上の課題なのである。オーナーや管理業者は、賃貸住宅経営という面から、これに向き合う必要がある。
2――計画修繕の取組状況
ヒアリングで伺ったことは主に、(1)計画修繕の実施方法、(2)長期修繕計画の作成、(3)オーナーに修繕の実施を促す方法、(4)オーナーに修繕資金の確保を促す方法、(5)計画修繕を普及させるために必要なことの5点である。それぞれについて、各社の取組からガイドブックに反映させるべき内容だと捉えた点を紹介したい。
計画修繕の実施方法について、主に定期点検の方法、修繕の提案のタイミング、修繕を実施するかどうかの調整について伺った。
(1)定期点検
定期点検については、ヒアリングしたほとんどの管理業者が、月に1回、3ヶ月に1回、あるいは1年に1回という頻度で点検を行っている。中には、3ヶ月に1回の巡回点検と、築10年経過した物件について年に1回程度の定期点検を組み合わせて実施している管理業者もあった。ただし、月に1回、3ヶ月に1回といった頻度の点検は、何か異常が無いかどうかを確認することが主で、修繕の必要性を見極める専門的な点検とは異なるようである。
(2)修繕の提案
修繕の提案について、いずれの管理業者も、定期点検で不具合等が見つかれば修繕の提案を行うとしており、それとは別に、築10年目などのタイミングで点検を行い、劣化・不具合事象をオーナーに報告する中で修繕の提案を行っている。
(3)修繕実施の調整
修繕実施の調整とは、点検結果に基づいて予定していた修繕実施時期に、予定していた修繕工事を実施するかどうか検討し、オーナーと調整するものである。ニッセイ基礎研究所が過去に実施した民間賃貸住宅の計画修繕に関する調査研究3において、当時計画修繕を実施していた管理業者へのヒアリングにおいて把握したもので、計画修繕の実施における重要な手順と捉えられる。
なぜなら、修繕実施時期を予定していたとしても、物件の状態が想定したより良ければ、先送りするとの判断も可能である。逆に、想定より状態が悪ければ直ちに実施するという判断も必要になる。また、オーナーが何らかの事情で修繕資金を用意できない場合、用意できる時期まで先延ばしする、あるいは用意できた範囲で実施するといった判断も必要になってくる。
これらはすべて最終的にオーナーが判断することであるが、点検結果を基に判断材料を準備し、選択肢を提示して、オーナーと一緒にどのように実施するか調整することができるのは、修繕計画を管理し、普段から物件の状態を把握している者になるだろう。今回のヒアリングでは、資金が足りないため翌年以降に先送りすることがあるといった管理業者の証言や、修繕実施時期が近づいたら改めてオーナーにヒアリングし、準備できる範囲で行う修繕工事を提案するという管理業者があった。また、別の管理業者は、複数物件所有するオーナーの場合、修繕実施時期が重なることから、主に資金準備が理由で1年おきに実施するオーナーもいるとのことであった。このように、物件の管理状況とオーナーの資金計画を把握、調整することができるという意味で、管理業者が計画修繕に主体的な役割を担うことが望ましいと考える。
3 「民間賃貸住宅の大規模修繕等に対する意識の向上に関する調査検討」(2016年度)国土交通省住宅局の委託調査研究
(2025年04月09日「基礎研レポート」)

03-3512-1814
- 【職歴】
1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
2004年 ニッセイ基礎研究所
2020年より現職
・技術士(建設部門、都市及び地方計画)
【加入団体等】
・我孫子市都市計画審議会委員
・日本建築学会
・日本都市計画学会
塩澤 誠一郎のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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