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プレコンセプションケア 男性こそ必要なワケ-男性の生活習慣やストレスは精液所見に影響、加齢は次世代の健康に影響、男性の健康支援も丁寧に-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛
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1――はじめに
日本においても、自治体がプレコンセプションケアに関する情報発信を中心に取り組み、一部自治体では、健康的な妊娠に帰結するための各種検査(卵巣予備機能検査等)についての助成制度を創設、企業では、助産師や産婦人科医を招いて妊娠や不妊症に関するセミナーを開催し、相談窓口を設置するなど健康経営の観点からも積極的な動きが見られている。
しかし、いずれも、健康的な妊娠・出産に帰結するという側面から女性にばかり焦点があたり、男性に対する取り組み状況や各種制度は必ずしも十分ではない現状にある。
本稿では、プレコンセプションケアに関する取り組みの拡大を受けて、男性の健康状態についても非常に重要な要素であることを紐解いていきたい。
1 成育基本法 条文 https://www.mhlw.go.jp/content/11908000/000689456.pdf
2 厚生労働省 成育医療等協議会 参考資料2「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針について」
2――男性不妊症の現状
また、国際的な学術結果からも男性不妊症の実態が明らかになっている。2017年の米国、欧州、オーストラリア、ニュージーランドの男性の精液分析をした結果、1回の射精に含まれる精子の数が1973年から2011年までの38年間で50%以上減少していたことを報告した。その後、同研究チームが2022年に、2014年から2019年の精液データを追加し再検証すると1970年代と比較して62%減少、1年ごとの減少率は2000年以降2倍になっていたことが明らかになった3,4,5。
さらに、日本では、2024年にあるクリニックでブライダルチェックを実施した男性965名を対象とした精液検査を解析した調査結果が公表された6。これによると、年齢に関係なく10人に1~2人程において妊娠が困難となる乏精子症である結果が報告されている。乏精子症とは、精子の濃度が1600万以下/ml(国際基準)の状態と定義されており、自覚症状もなく精液検査でしか判明しないものである。乏精子症となる原因には、遺伝的な要因の他、肥満、過度な飲酒や喫煙、ストレスなどが影響することが報告されており、男性の生活習慣の改善は、将来の不妊症リスク低減のためにも非常に重要なポイントとなる。男性の妊娠要因として重要なのは精子の数と運動率であるが、上述したクリニックは、今回の結果を受けて、精子の状態は、加齢だけでなく男性自身の健康状態にも左右されるため、男性のプレコンセプションケアがより重要になり得ると締めくくっている。
3 (2017)Human Reproduction Update 2027年7月25日付
4 (2022)Human Reproduction Update 2017年or 2022年11月15日付
5 日本経済新聞「ヒトの精子の減少加速 70年代から6割減、打つ手見えず」(2022年12月7日)
6 NIKKEI COMPASS「男性不妊の実態調査2024:男性の年齢と精子の質に関する最新データ[医療法人奏仁会]」(2024年11月7日)https://www.nikkei.com/compass/content/PRTKDB000000001_000151580/preview
3――男性の生活習慣やストレスは精液所見に影響
2016年に実施されたインドの研究報告では7、不妊症クリニックを受診した1,285人の男性の精子データを解析した結果、BMIが30以上の肥満である者において精液量・総精子量・精子濃度の減少が認められた。また、2019年に中国の武漢において実施された研究報告では8、2013年から2018年の間に精液バンクに登録された22歳から46歳の3,966人の男性ドナー提供者の精液検体29,949件を解析した結果、BMIが18.5未満の痩せている者及び、BMI18.5~29.9の太めの者において、精液濃度・総精子数・総運動精子数の減少が報告された。さらに、2024年に日本では、東大病院らの研究グループが、「肥満によってアディポネクチン受容体AdipoR1を介したシグナルが低下することが、アポトーシスを促進して、精子の産生を抑制し、肥満による男性不妊症の病態メカニズムの一部に関与している」ことを明らかにした9,10。つまり、肥満な状態が、精子の産生を抑制することで男性不妊症を引き起こす可能性を指摘している。
肥満の現状をみると(図表1)、男性はどの年代においても女性よりBMI25.0以上(橙色)に該当する者の割合が高い傾向にあり、特に、40-49歳の年代で肥満率のピークを示している。男性の場合は、皮下脂肪が付きやすい女性と比べて、生活習慣に起因する内臓脂肪の蓄積が顕著となりやすく、暴飲・暴食、不摂生な長年の生活習慣が影響し、肥満を招く可能性が高い。自分自身が何歳で子どもを希望するか予測しにくいなかで、、希望したタイミングで男性不妊症とならないためにも適正な体格の維持に留意する必要がある。
7 Association between obesity and sperm quality G.A.Ramaraju., et al, Andrologia. 2018;50:e12888.
8 Association between BMI and semen quality: an observational study of 3966 sperm donors
Jixuan M., et al, Human Reproduction, Volume 34, Issue 1, January 2019, P155-162.
9 Toshiko Kobori et al,(2024)”Decreased AdipoR1 signaling and its implications for obesity-induced male infertility” Scientific Reports. https://doi.org/10.1038/s41598-024-56290-0
10 https://www.h.u-tokyo.ac.jp/participants/research/saishinkenkyu/20240524.html
2|アルコール摂取は、個人の代謝能力の違いにより精子運動率に影響
日本人男性の精液を解析した研究報告によると、習慣的にアルコールを摂取している男性の47.0%に精液所見の悪化が認められており11、「ALDH2*2キャリア」というアルコール代謝型に該当する人が飲酒をすると、精子の運動率及び前進運動率が有意に低下することが報告されている12。尚、日本人のアルコール代謝型は、活性型:49.6%、部分欠損型:40.9%、欠損型:9.4%となっており、ALDH2*2キャリアに該当する欠損型は合わせて50.3%を占めている。つまり、日本人男性の約半数が習慣的に飲酒をすると精液所見へ影響してしまう可能性があるのである。国民健康・栄養調査の報告によると13、生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している男性の割合は14、平成22年の15.3%から令和元年の14.9%と、ほぼ横ばいで推移しているが、性・年齢区分別で比較をすると全ての年齢区分において女性よりも男性の割合の方が高い結果が明らかとなっている。遺伝的にアルコール代謝がうまくいかない男性において飲酒習慣をもつ方は、男性不妊症のリスクが高くなる傾向に留意する必要があろう。
11 小宮顕ら(2020)男性のプレコンセプションケア,産科と婦人科,8,(81), 949-953
12 Greenberg DR, Bhambhvani HP, Basran SS, Salazar BP, Rios LC, Li SJ, Chen CH, Mochly-Rosen D, Eisenberg ML. ALDH2 Expression, Alcohol Intake and Semen Parameters among East Asian Men. J Urol. 2022 Aug;208(2):406-413.
注)ALDH2*2キャリアが飲酒をすると、顔の紅潮、動悸・頭痛・吐き気などが出現する。
13 令和元年国民健康・栄養調査報告書p29 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf
14 「生活習慣病のリスクを高める飲酒量」とは、1日当たりの純アルコール摂取量が、男性:40g以上、女性:20g以上であることを示す。
喫煙の影響については、数多くの研究にて精液所見や妊娠への影響が指摘されている。例えば、喫煙者は非喫煙者と比べて精子濃度や精子の運動率が低く、精液量が少ないこと、これらは喫煙量が増加するほど影響を受けること、妊娠までの期間が顕著に延長するなど妊娠のしやすさである妊孕性に影響を与えること、女性が非喫煙者であっても男性の配偶者が喫煙者である場合、副流煙(受動喫煙)であっても主流煙と同等に妊娠率が低くなる結果が示されている。また、男性が喫煙すると、精液中の白血球が増加し、活性酸素を増加させ、酸化ストレスによるDNAダメージ(損傷)をおうことにより、精子の奇形率が上昇、その他にも、受精率、胚発生率、着床率の低下、流産率の上昇、低出生体重児、先天性奇形のリスクが生じるなど、生殖能力に影響を及ぼすことが報告されている15,16,17,。
電子たばこについては、韓国の研究グループが実施した研究報告によると18、2022年から2023年までの期間に着床前遺伝学的検査(通称、PGT-A)を受けた体外受精患者を調査した結果、男性が非喫煙者の場合の正常胚率は27.3%、紙たばこの場合は23.6%、電子たばこの場合は18.8%と、電子たばこの方が正常胚率が低いことが判明しており、妊活や不妊治療をする際には、男性側の禁煙が必須であることが指摘されている。かねてより非燃焼式である電子たばこは、煙が見えにくいことから紙たばこよりも健康への影響が少ないと誤認識されてきたが、健康被害の報告が蓄積したきたことから日本呼吸器学会も注意喚起を実施しているところである19。
日本の喫煙状況をみると13、習慣的に喫煙をしている者は、男性で27.1%、女性の7.6%よりも高く、年齢階級別でみると30~60歳代の男性において3割を超過している。喫煙は依存性が高く、妊活を始めるからといって簡単に止められるものではないため、早めの禁煙を考えるべきであろう。
15 The Effects of Cigarette Smoking on Male Fertility. Postgrad Med.2015 Apr;127(3):338-341.
16 Is smoking a risk factor for decreased semen quality? A cross-sectional analysis. Human Reproduction, Volume 22, Issue 1,1 January 2007, Pages 188-196.
17 Sidestream smoking is equally as damaging as mainstream smoking on IVF outcomes.Human Reproduction, Volume 20, Issue 9,1 September 2005, Pages 2531-2535.
18 https://academic.oup.com/humrep/article/39/Supplement_1/deae108.333/7703998
19 加熱式タバコや電子タバコに関する日本呼吸器学会の見解と提言(2019年改訂)
https://www.jrs.or.jp/information/file/hikanetsu_kenkai_kaitei.pdf
(2025年03月25日「基礎研レポート」)
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03-3512-1847
- 【職歴】
2012年 東大阪市入庁(保健師)
2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了(看護学修士)
2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
・大阪市立大学(現:大阪公立大学)研究員(2019年~)
・東京医科歯科大学(現:東京科学大学)非常勤講師(2023年~)
・文京区子ども子育て会議委員(2024年~)
【資格】
看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者
【加入団体等】
日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会
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