2024年12月24日

マクロで見る「手取り」の状況

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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過去との比較

次に、時系列で手取りの状況を確認したい。

本稿執筆時点では、日本のNTAは2014年度と2019年度のデータしか公表されていないが、SNAでは30年ほどの時系列データが公表されている20。前述の通り、手取り概念に近い可処分所得の項目は移転による支払(負担)と支払(現金での給付)が相殺されているが、雇用者報酬から事業者負担分と天引き分を控除することで、手取りを試算することができる。SNAには事業者負担分(雇主の社会負担)の集計項目があるので21、さらに天引き分を一定の仮定をおいて試算し、時系列で手取りの状況を示すと図表13・14のようになる22
(図表13)手取り推移(総額、名目)/(図表14)雇用者1人あたりの手取り推移
図表13を見ると、総額ベースでの人件費(雇用者報酬、名目値)は1990年代半ばから2000年代にかけて緩やかに減少した後、2010年度以降は上昇基調にあることが分かる。一方、雇主の社会負担や天引きの負担を加味すると、これらの負担も増加しているため、額面や手取りの金額は人件費(雇用者報酬)ほどは回復していない(表紙図表4も参照)23。手取りで見ると、2023年度の総額(名目値)は依然として1994年度以降のピーク(1997年)を下回る状況にある。

雇用者1人あたりで見た手取り金額では、分析期間にわたって雇用者数が増加したことも伸びを抑制する要因となっており、2010年度以降の上昇幅はかなり限定的である(図表14)。具体的な雇用者1人あたりの手取りは、1994年度以降のピーク(1997年度)で378.0万円、ボトム(2013年度)で307.7万円、直近の2023年度では332.9万円となっている(なお、分析対象期間において、女性や高齢者など相対的に収入が低い層の労働参加率が上昇したことが雇用者1人あたりで見た収入を押し下げる要因として働いており、雇用者1人あたりで見ると人件費や額面も1997年度のピークは越えていない)。
 
20 1人あたりの平均値であり、必ずしも額面年収439万円に対する手取りが368万円ということではない。
21 SNAでは、「家計の社会負担」として家計が社会保険制度等に支払った金額が集計されているが、給与所得者以外の負担も含むため本稿では利用していない。
22 総額および、SNAによる雇用者数の推計値を用いて雇用者1人あたりの数値を試算した(なおSNAの雇用者概念は個人業主(自営業者)と無給の家族従業者を除くすべてを指す)。天引きの試算においては、雇用者のみを対象とし、雇用者報酬には自営業者の収入分は含めず、天引きされる社会保険料なども主に給与所得者を対象としているもののみに限定した(SNAでは、「家計の社会負担」として社会保障制度に対する支払額が集計されているが、給与所得者以外の負担なども含むため、本稿では利用していない)。
23 雇用者報酬に占める天引きの割合は2019年時点で17%弱であり、前節で見たNTAでの分析よりも大きい。これは主に雇用者のみを分析の対象に絞ったことによることなどが影響していると見られる(あわせて天引きされる税負担の試算値を若干変更している)。

他国との比較

他国との比較

他国との比較では、必ずしも手取り概念とは一致しないが、OECDによって人件費に対する税や社会保険料負担が「税のくさび(tax wedge)」として公表されており、国際比較もなされている24(図表15、OECDはいくつかのモデル世帯に対する「税のくさび」を公表しているが、本稿では独身の労働者について示している)。
(図表15)OECD諸国の「税のくさび」
このデータによれば、平均賃金を稼ぐ独身の労働者における日本の「税のくさび」はOECDの平均並みであり、必ずしも負担が重いとは言えない。一方、日本は2000年と比較して「税のくさび」が増加しており、負担が増えている国はOECDの中では少数派である。
(図表16)労働者の税・保険料負担と社会支出(2019年)/(図表17)日本の個人消費と政府消費(実質)
「税のくさび」に代表される現役世代の負担の重さは、社会保障制度の手厚さの裏返しでもある。OECDで集計されている公的な社会支出25と「税のくさび」の関係をプロットすると負担と給付に一定の相関関係がある(図表16)。日本の場合、2000年から2019年にかけて負担も給付も増しているが、図表16における国際的な負担と給付の傾向を見ると、この期間における負担増の度合いは給付増の度合いよりも小さい(給付増の度合いが大きい)と考えられる。
 
24 OECD(2024) “Taxing Wages 2024”。日本については、OECD, “Taxing Wages – Japan”, Taxing Wages 2023も参照。
25 人々の厚生水準が極端に低下した場合にそれを補うために個人や世帯に対して行う税制支援や給付のこと。OECD, ”Social Expenditure Database (SOCX)”国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」を参照。

おわりに

おわりに

以上、手取りの状況を概観してきた。

日本では、現役世代の労働収入の約3割が雇主の社会負担や天引きされ、実際に受け取る手取り金額は労働収入の約7割であること、過去と比較して人件費に対する手取りの割合が低下していること、国際的に見れば日本の人件費にかかる税や社会負担の割合はOECD並みであることなどを確認してきた。

冒頭で取り上げた「給料が上がったけど、税金や社会保険料が高くなって、結局手取りが増えない」という状況は、平均的な雇用者にあてはまり(表紙図表4、前掲図表14)、そしてこれは、高齢化に伴う社会保障関連支出の増加に呼応したものと言えるだろう(例えば、図表16)。

経済的な観点から言えば、社会保障関連の維持・充実のための手取りの減少は現役世代の消費を抑制させてきた可能性がある。一方で、社会保障費が増えることは、高齢世代の消費(特に介護や医療といった現物消費)を直接増加させる要因でもある(図表17)。

現在、「手取りを増やす」政策として国民民主党が打ち出した「年収の壁」対策について、規模(どれだけ手取りを引き上げるか)や財源の議論がなされている。内容次第では、税や社会保障における給付と負担のバランスを変化させる内容になると見られる。仮に、現役世代の手取りを増やす一方、社会保障関連支出が抑制されるならば、現役世代の消費が活性化する反面、高齢世代の消費が抑えられる可能性がある。個人消費や政府消費に及ぼす影響が注目される。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2024年12月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

     ・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
      アドバイザー(2024年4月~)

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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