2024年11月29日

保険業界における、サステナビリティリスクの取扱いの検討(欧州)-EIOPAの報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)は、2024年11月7日、ソルベンシーIIにおけるサステナビリティリスクの取り扱いについて最終報告書1を公表した。これは、欧州委員会から求められた「環境や社会目標に関連して、これらに害を及ぼすような資産や活動を、慎重に評価するために可能な方策」の策定に対応したものである。特に、欧州の保険会社の保有する化石燃料関連資産に対する資本要件を追加することで、高い移行リスク(とその資本対応の状況)を正確に反映することを提案している。

今回は、この報告書の内容を紹介する。
 
1 Prudential Treatment of Sustainability risks (EIOPA 2024.11.7)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/036a149c-bc74-4138-ae1b-40662b7d5914_en?filename=EIOPA-BoS-24-372%20-%20Report%20on%20the%20Prudential%20Treatment%20of%20Sustainability%20Risks.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――報告書の内容

2――報告書の内容

EIOPAでは、健全性分析はリスクベースで考慮すべきであるとし、環境問題など現在の社会問題の議論の動向と、サステナビリティに関するデータの入手可能性の容易さ(といってもまだ発展途上だが)を考慮して、以下3つの領域を集中的に考慮するとしている。

・気候変動の影響を受ける資産の移行リスク
・気候リスクに関連した、保険契約者サイドの予防措置が、損害保険引受リスクに与える影響
・社会的リスク

以下、これらを順にみていく。
1気候変動の影響を受ける資産の移行リスク
最初に、ここで主に検討の対象としている「移行リスク」について、簡単に復習しておく。

気候変動関連リスクを「物理的リスク」と「移行リスク」の2つに分ける。物理的リスクとは、直接自然災害や異常気象により損失を被るリスクのことである。また、移行リスクとは、気候変動対策として、温室効果ガス排出量を削減させるための技術革新や政策変更が行われる過程で、経済的な損失や費用の増加につながるようなリスクのことである。一般的には、移行リスクはさらに「法や規制変更のリスク」「技術革新リスク」「関連する市場リスク」「レピュテーションリスク」に分類することができるとされる。
 
EIOPAの調査によれば、移行リスクへの影響がどれほどあるかという問題に対して、「影響が小さい」と言い切れる、経済活動や投資先の特定は、比較的困難である。というのも、市場の雰囲気や今後の技術開発などの今後の動きが不透明であるからである。

逆に、「特に有害である」とされる方は、社会全体の幅広いはっきりとした合意があるようで、化石燃料関連の活動が、その代表的なものとされる。
 
そこで、化石燃料関連の株式と債券については、特に高い移行リスクがあり、ソルベンシーIIの規制などリスク管理上、特に慎重な取り扱いがなされるべきであると考えられる。

健全性を重視する取扱いとして、以下のように3つの方策(実質2つだが)が考えられる。第一に規制の変更は必要ないとするもの。第二に、対象資産を特定・分離してリスク評価を厳しくすること。第三に資本要件の方を一定程度増加させること、である。
 
欧州の保険会社が、移行リスクの高い資産への投資による、潜在的な損失に耐えられるだけの資本を確保するため、3つのうち第三のもの、すなわち対象資産に追加資本を賦課することを、EIOPAは推奨している。こうすることで、資本要件と保険会社のリスクエクスポージャーが、実態としてバランスするようになると考える。

現時点の分析では、株式については、現在の資本賦課に追加して、資本要件を最大17%引き上げることを提案する。これにより保険会社の必要資本が増加するが、実態としては、直接保有する化石燃料株式へのエクスポージャーが、比較的低くなってきているので、保険業界全体でみれば、評価が厳しくなる程度は限定的であるとも考えられる。債券についても同様で、格付を引き下げる(リスク量評価を増加させる)という方策もありうるが、むしろ、既存の資本要件に最大40%の資本賦課を追加することを現時点では提案する。
2気候リスク対応の予防策が、損害保険引受リスクに与える影響
温室効果ガス排出量の水準の変動と、それによる自然災害や異常気象がもたらす保険金支払額(保険損失)の変動の、直接の関係は依然として不透明である。

ただし気候変動による、物理的リスクエクスポージャーの増加予測や、保険金請求の実際の増加が続けば、中長期的に、気候関連損害をカバーする保険商品の保険料水準を、さらに高くせざるをえなくなり、手頃な保険料で保険に加入することができなくなるおそれがでてくるだろう。
 
こうしたことに対応して、損害保険会社の引受リスクを低減させるために、保険契約者サイドでできる予防的な気候関連適応策(例:浸水防止ドアの設置、建物の周囲の耐火のための植生 など)を取るよう推奨することが考えられる。関連する調査の結果、こうした方策により損害保険会社のリスクエクスポージャーが軽減することは、量的にはともかく、方向性だけは確かであると考えられる。

しかし、現時点においては、データがまだ充分ではない。今後、より質の高いデータを収集したのち、再度こうした分析を行うことで、より具体的な方策に繋げる予定とする。
3社会的リスク
社会的リスクは、サステナビリティリスクの一部をなすものとみなせる。保険会社がこの分野の対応を誤れば、結果的には資産・負債の評価に影響するものと考えられるので、現在の健全性評価にある各リスクに取りこんで、注意をはらうべきである。

現在あるリスクの分類には、保険引受リスク、市場リスク、オペレーショナルリスク・風評リスクなどがあるが、社会的リスクをこれらに取り入れるには、例えば、

・保険引受リスクには、社会的リスクのうち、物理的リスクとして、様々な事業にわたる労災保険や信用保険などの損害保険分野の保険料率や、健康保険など生命保険分野の各種発生率の変動リスク、また運営コストの増加リスクや解約リスク、その他カタストロフィックなリスクを含めることが考えられる。
移行リスクとして、ダイバーシティやインクルージョン、ジェンダー平等などの社会問題や要請に関する「社会的な不正義」に対応する賠償責任保険について、保険料率や準備金水準において影響を与えるリスクが考えられる。

・市場リスクには、移行リスクの高いセクターの株式や債券の保有リスクをさらに考慮して組み込むことが考えられる。 

・オペレーショナルリスク・風評リスクには、保険会社自身の経営状況(例えば、従業員の解雇、コールセンターの移転、社会保障の縮小など)の悪化などが含まれる。また社会的に有害な活動に対する保険契約の引受け、あるいは多様性を軽視したような取扱いや社会的弱者への保険に関する不公平な取り扱いなどが、リスクとなる可能性がある。
 
とはいえ、現時点ではこういった事象の定量評価をするための社会的コンセンサス、あるいは具体的なデータやリスク評価モデルも不充分である。従って社会的リスクに関しては、

・具体的な定量評価(第一の柱)について今回は触れない。

・リスク管理体制やその自己評価や保険監督(第二の柱)に関しては、経営方針全般あるいはリスク管理方針に関して、例えば移行リスクの高い投資の制限や、ダイベストメント、インパクト投資、インパクト保険引受などにどう取り組むかということ、それに対応したガバナンス構造などが、問われることになる。

・最後に情報開示(第三の柱)については、現在のところ、ソルベンシーII規制においては、特に社会的リスクの報告は要求されていない。ただし他の開示報告、例えばSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)やCSRD(企業サステナビリティ報告指令)においては、一部要求されている。EIOPAとしては今回追加の要求は行わないが、今後のさらなる状況分析によっては、保険会社の健全性情報を提供できるような、定量的な報告要件が求められるようになる。

3――今後の動きについて

3――今後の動きについて

サステナビリティリスクあるいは社会的リスクという分野は、漠然と広い範囲にわたり、かつ定量的評価方法やリスク評価モデルが確立していない分野であるため、今後の調査やデータ蓄積が必要とされる部分であろう。

EIOPAは、これを欧州委員会に提出し、評価におけるセクター間の整合性、移行努力への今なお潜在的な影響、関連する規制枠組全体の進化の可能性など、より広いサステナビリティ関連規制の中でも、検討してほしいとしている。

(2024年11月29日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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