2024年11月29日

子育て世帯にとっての「いい住まい」とは何か~子育て世帯が求めるコミュニティの構築に向けて~

社会研究部 研究員 胡 笳

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

2居住環境に求める要素の比較
居住環境に関して、「東京こどもすくすく住宅認定制度」では、「立地に関する基準」として、子どもの遊び場、保育、教育施設、医療施設、生活利便施設等、活発な地域活動などが定められている。また、「共有部分に関する基準」では、避難経路における安全対策が規定されている。特に、「子育て支援施設やキッズルーム等に関する基準」では、住民が利用する集会室や交流スペース、居住者のコミュニティ形成に有効と考えられる屋外スペースの設置が定められている。

「住生活総合調査」において同様の要素とされる、子どもの遊び場、子育て支援サービス、公園や緑、水辺などの自然環境、災害時の避難のしやすさなどの項目に関しては、長子が12歳未満の子育て世帯と、他の世帯では重要度に差があることが確認された(図表2)。

子育て世帯においては、日常の買物などの利便、医療・福祉・文化施設の近さなどが重視されているが、この傾向は他の世帯においても同様である。

一方で、災害時の避難のしやすさに関しては、長子が12歳未満の子育て世帯では重要度が比較的低くなっている。これは、子育て世帯が日常生活の利便性に重きを置く一方で、災害時のリスク管理に関しては、他の世帯に比べて優先順位が低位となっていることを反映しているといえよう。

また、長子が12歳未満の子育て世帯は、子どもの遊び場、子育て支援サービス、公園や緑、水辺など自然環境を特に重要視しており、これは他の世帯に比べて顕著である。子どもが幼い時期において、十分な遊び場や自然豊かな環境を求めることは、子育て世帯にとって特に重要な要素であることがわかる。

一方、近隣の人やコミュニティとの関わりについては、長子が12歳未満の子育て世帯でも他の世帯同様に、重要度が中位以下であることが確認された。つまり、子育て世帯にとって、子どもを連れて交流の場に行く目的は、子どもの遊びや自然との触れ合いであり、地域住民との交流は必ずしも優先されていないことが課題として浮かび上がる。
図表2 子育て世帯と他の世帯の居住環境に求める要素の比較
3長子の年齢別コミュニティに関する要素の重要度の比較
子育て世帯が近隣の人やコミュニティとの関わりを重要視する割合を見てみると、他の要素と比較して優先度は高くはないものの、全世帯においてコミュニティの重要性が一定程度認識されていることも確認できた。具体的には、長子が12歳未満の子育て世帯の13.9%、長子が12歳以上の子育て世帯の14.1%が近隣の人やコミュニティとの関わりを重視すると回答しており、これは全世帯平均の13.3%を上回っている(図表2)。

さらに、核家族世帯(親と子のみの世帯)におけるコミュニティの重要度について見てみると、子どもの年齢によって違いが見られた(図表3)。近隣の人やコミュニティとの関わりを最も重要視しているのは、長子が12~17歳の核家族世帯では約16.5%、次いで長子が6~11歳の核家族世帯で16.0%となっている。一方で、最も重要度が低いのは、長子が5歳以下の核家族世帯であり、その割合は11.7%にとどまっている。
図表3 長子の年齢別コミュニティに関する要素の重要度の比較(核家族世帯)
このデータから、子育て世帯におけるコミュニティの重要性が子どもの成長段階により異なることがわかる。特に、子どもが成長し、学校や地域社会との接触が増える6歳以上になると、保護者にとっても近隣の人やコミュニティとの関わりが、より重要であると認識する傾向が見られた。

3――子育て世帯がコミュニティに求めるもの

3――子育て世帯がコミュニティに求めるもの

地域社会学において、コミュニティは「地域性」と「共同性」に基づいて定義されている。同じ建物あるいは一定の地域内に住むという「地域性」、そしてお互いが子どもを育てることを目的としている「共同性」の条件がそろうことにより、一見してコミュニティ形成のための要素が整ったように見えるが、実際には「子育て世帯である」ことは、田中(2003)が指摘した「共同性の欠如した単なる集合体」に過ぎないと考えられる。田中は、現代社会では、多くの人々が社会的なつながりを築くことなく過ごしていることが指摘し、その背景には、都市化の進展、情報技術の発達によるデジタルコミュニケーションの普及、さらには個人主義的な価値観の浸透があり、これらの要因が、地域社会における直接的な人間関係の形成を妨げ、コミュニティの一体感を弱める結果を招いている、としている9

子育て世帯の場合、特に共働き世帯の増加を背景に、地域活動に参加する時間を確保できない世帯が増加しており10、家族単位の閉鎖的な生活が進行していることが指摘されている。文部科学省が継続的に実施した「家庭教育の総合的推進に関する調査研究」によると、地域とのつながりについて、2023年には「子どもを通じて関わっている人がいない」と回答した人は28.1%11を占めており、これは2016年と比べて約4ポイント上昇した12。さらに、親の転勤や異動、子どもの進学などに伴い子育て世帯の移動も頻繁になり、伝統的な地縁によるコミュニティが解体されつつある13

一方で、前述文部科学省が実施した「令和2年度家庭教育の総合的推進に関する調査研究」によると、「子育てに対する地域の支えの重要さ」が「重要」であると回答した人は全体の7割に達しており、子育て世帯が地域の支えを強く求めていることが明らかになっている。また、「子育てについて悩みや不安がある時の主な相談相手」としては、「配偶者」、「実母」に次いで、「子育てをしている仲間」を3位に挙げており、子育て世帯がコミュニティに対して重要な役割を期待していることを示している。

心理学におけるコミュニティの概念では、「お互い支援しあう関係」や「ストレス時における相互の支えあい」といった要素に重点を置いており、「社会システム間のネットワーク」というより広範な視点も取り入れられている。つまり、コミュニティは単に物理的な集まりではなく、人々が共通の関心や目標、感情を共有し、社会的・心理的な支えの場として機能するものである14

これを子育て世帯にあてはめると、コミュニティ形成において特に重要な要素は子育てに関する情報の共有であると考える。都市部に住む核家族化した子育て世帯は、生活面や教育面における情報が不足していることが多く、地域のコミュニティネットワークを通じて情報を入手・共有することが求められる。これは「東京こどもすくすく住宅認定制度」が管理・運営に関する要件として、「子育て支援情報等の継続的な提供」などの要素を認定基準に取り入れた理由であると推測される。子育て世帯にとって必要な情報は、地域の一般に公開されている情報、あるいは掲示板や回覧等での定期的な周知だけでは十分ではなく、子育て世帯が求める情報は、一般に公開された情報よりも、より具体的かつ目的性も強い。例えば、近隣に子ども向けの医療施設の情報についても、子育て世帯が知りたいのは、その施設の医師が経験豊富かどうか、スタッフが優しい対応をしてくれるのか、待ち時間がどれくらいかかるのかといった詳細な情報まで必要としている15。同様に、教育施設の情報についても、生徒募集の開始期間や費用に関する情報に加え、教育方針や授業の内容はどのようなものか、進学実績はどうなのか、教師は厳しいのか優しいのか、といった細かな情報までが、子育て世帯にとっては重要となってくる。こうして、よりリアルで詳細な子育て世帯が知りたい情報を、実際に地域に住む他の経験者から聞くことで、交流が生まれ、子育て世帯のコミュニティが形成され始める。

ただし、子育て世帯のコミュニティは、子どもの年齢や所属先、学校などの環境の変化に伴って変化することは言うまでもない。子どもを通じて形成された子育て世帯のコミュニティは、子どもの進学や転居のタイミングに合わせて持続的でなくなる傾向があることが先行研究16で分析されている。

今回紹介した東京こどもすくすく住宅認定制度のように、自治体では地域での実状に応じて、子育てに有用な人脈構築や情報収集等が期待できるコミュニティ形成を住宅施策に取り込みながら進めている。子育てにとって必要な情報、コミュニティの内容は、子どもの年齢により異なってくるが、核家族が増えるなかで親が孤立することなく、安心して子育てができる環境を自治体が支援していくことは必要であろう。
 
9 田中重好.(2003).地域社会における共同性── 公共性と共同性の交点を求めて (2)──. 地域社会学会年報, 15, 62-88.
10 総務省(2022)「地域コミュニティに関する研究会 報告書
11 文部科学省(2024)「令和5年度「家庭教育の総合的推進に関する調査研究(家庭教育についての保護者へのアンケート調査)」について
12 文部科学省(2021)「令和2年度「家庭教育の総合的推進に関する調査研究 ~家庭教育支援の充実に向けた保護者の意識に関する実態把握調査~」について
13 厚生労働省(2015)「人口減少社会に関する意識調査」によれば、地域のつながりが弱くなっていると思う理由について、「転居する人が増加しているため」が8.8%となっている。
14 飯田香織.(2014).コミュニティ心理学におけるコミュニティの定義とコミュニティ心理学の独自性. 立命館産業社會論集, 49(4), 79-99.
15 口コミサイトにおいては、そのような情報が優先的に表示されている。
16 塩塚実奈. (2022). 「ママ友」 の交友関係におけるネットワーク形成とその影響―豊島区・新宿区を参考に―. 社会情報研究, 3(2), 17-38.

4――おわりに

4――おわりに

近年、日本では少子高齢化や共働き世帯の増加が顕著であり、その中で子育て世帯向けの支援の重要性が一層高まっている。特に、住宅は子育て支援の中でも重要な要素の一つとして位置付けられ、子育て世帯の安心・安全に生活できる環境の提供が不可欠となっている。また、子育て世帯におけるコミュニティの形成は、社会全体に好循環をもたらす可能性があり、今後の住宅政策や地域づくりの方向性に大きな影響を与えると考えられる。

子育て世帯にとっての「いい住まい」とは、家族全員が安全に暮らせる環境と、生活の利便性が十分に確保された住宅であることが前提である。それに加えて、子どもが自由に遊べるスペースや豊かな自然環境、さらに地域から支援されることが求められ、今回紹介した「東京こどもすくすく住宅認定制度」を含め、地方自治体が行う子育て世帯向けの住宅認定制度では、各自治体が実状に応じて、子育て世帯にとって「いい住まい」の要件を工夫している。また、子どもの成長段階に応じて多様な世帯と共に居住させる機会をもたせることも、コミュニティ形成を促進することに繋がるものと考える。子育て世帯は、自分の子どもとは成長段階が異なる先輩子育て世帯との交流を通じて、よりリアルな子育てに関する知見や情報を得ることができ、そして子どもとの家庭生活の質を高めることを通じて、持続可能なコミュニティが形成されることが期待される。

これらの視点から、今後の住宅政策や地域づくりにおいては、子育て世帯が求めるコミュニティのニーズを一層理解することに努め、これらニーズに対応した施策を展開し続けることが必要だろう。子育て世帯が安心して暮らせる環境が整備され、地域社会における相互扶助のコミュニティの形成が育まれることで、少子化問題の緩和や地域社会の活性化にも寄与できるだろう。

(2024年11月29日「基礎研レポート」)

このレポートの関連カテゴリ

Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   研究員

胡 笳 (こ か)

研究・専門分野
中国REIT、中国不動産全般

経歴
  • 【職歴】
     2018年 早稲田大学 アジア太平洋研究科 博士(学術)
     2018年 ニッセイ基礎研究所 入社
    【資格】
     環境プランナー、国際環境リーダー

    【加入団体等】
     日本NPO学会、Nonprofit Management & Leadership(米)

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【子育て世帯にとっての「いい住まい」とは何か~子育て世帯が求めるコミュニティの構築に向けて~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

子育て世帯にとっての「いい住まい」とは何か~子育て世帯が求めるコミュニティの構築に向けて~のレポート Topへ