2024年11月05日

求められる毎月勤労統計の再見直し

経済研究部 経済調査部長 斎藤 太郎

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■要旨
 
  1. 賃金に対する注目度はこれまでにないほど高まっているが、厚生労働省の「毎月勤労統計」は様々な問題を抱えており、賃金動向を正確に把握する上で必ずしも適切な統計と言えない面がある。
     
  2. 毎月勤労統計は2015年に大きな見直しが行われ、サンプルの部分入れ替えやベンチマーク更新の際に生じる断層調整、遡及改定を行わないことになった。このため、賃金上昇率が実態を反映しないケースがしばしば見られる。たとえば、2023年の春闘賃上げ率は前年を大きく上回ったにもかかわらず、2023年の所定内給与の伸びは2022年とほとんど変わらなかった。これはサンプル入れ替えとベンチマーク更新に伴う断層によって、2022年1~12月の賃金上昇率が過大となっていたことが影響している。
     
  3. 賃金上昇率の基調をみるために「前年同月分」、「当月分」ともに集計対象となった「共通事業所」系列を重視するエコノミストは多いが、共通事業所系列はサンプル数が少ない、季節調整値、実質賃金上昇率が公表されていない等の問題がある。
     
  4. 2024年1月に実施されたベンチマーク更新で、断層が大きくなったことを受けて、厚生労働省はこれまでの方針を変更し、ベンチマーク更新の影響を取り除いた賃金上昇率を公表することにした。このため、指数の前年比上昇率との間に不整合が生じている。また、過去の断層は調整しておらず、統計として一貫性が欠けるものとなっている。
     
  5. 2024年1月以降、一般労働者が前年比で増加、パートタイム労働者が前年比で減少しているにもかかわらず、パートタイム労働者比率が前年と比べて上昇しており、両者が整合的な動きとなっていない。パートタイム労働者比率自体は断層調整をしていない一方、前年差は断層調整を行った上で計算しているためである。
     
  6. 春闘賃上げ率が約30年ぶりの高さとなり、賃金動向に対する注目がより高まる中、毎月の賃金動向を把握することが出来る唯一の統計である毎月勤労統計の信頼性に疑念があることは極めて深刻な事態と考えられる。
     
  7. 毎月勤労統計を巡る様々な問題の根底には、一度公表されたものは遡及改定すべきではないという考え方がある。統計の作成方法を見直し、ベンチマーク更新やサンプル入れ替えによる断層を同一基準で調整した上で、過去に遡ってデータを改定すべきである。

 
■目次

●求められる毎月勤労統計の再見直し
  ・注目度が高まる実質賃金
  ・2015年以降の毎月勤労統計見直しの経緯
  ・新方式の導入から統計不正問題の発覚まで
  ・2023年は春闘賃上げ率が30年ぶりの高水準も、賃金上昇率は高まらず
  ・共通事業所系列の問題点
  ・2024年1月のベンチマーク更新時の公表方法変更に問題
  ・パートタイム労働者が減っているのに、パート比率が上昇
  ・望まれる毎月勤労統計の遡及改定

(2024年11月05日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   経済調査部長

斎藤 太郎 (さいとう たろう)

研究・専門分野
日本経済、雇用

経歴
  • ・ 1992年:日本生命保険相互会社
    ・ 1996年:ニッセイ基礎研究所へ
    ・ 2019年8月より現職

    ・ 2010年 拓殖大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2012年~ 神奈川大学非常勤講師(日本経済論)
    ・ 2018年~ 統計委員会専門委員

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