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気候変動への耐久力を強化するために、保険を活用すること-欧州委員会における検討会の最終報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――はじめに
こうした気候変動は、自然環境の変化や農地に対する被害をもたらすだけではなく、直接、経済や健康にも影響を及ぼし始めている。
しかしこうした経済損失のうち、保険でカバーされているのはほんの一部に過ぎない。(これを保護ギャップ、あるいは気候保護ギャップなどと呼ぶ。)
気候変動の影響を緩和したり、その影響に適応したりしていくためには、幅広い分野の専門知識が必要である。こうした背景のもと、欧州委員会が主導して、2022年からClimate Resilience Dialog(気候変動への耐久力に関する対話)という、一時的な検討組織が設けられている。ここには保険会社、再保険会社、リスク管理の専門家、アクチュアリー、公的機関など、全部で17の組織が集まって、保護ギャップを縮小すべく検討を行なってきており、このたび2024年7月にこの検討会における最終報告書1が公表された。
EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)もこれに参加しており、最終報告書が公表されたことを歓迎している(2024.9.3)2。最終報告書における調査結果や提言を踏まえて、保険も含めた今後の金融分野のサステナビリティにおける優先事項を決めていくことになる。今回は最終報告書の内容を報告するが、EIOPAからの視点による評価あるいは方針もあわせて触れていくことになる。
1 CLIMATE RESILIENCE DIALOG FINAL REPORT (CLIMATE RESILIENCE DIALOG 2024.7)
https://climate.ec.europa.eu/document/download/4df5c2fe-80f9-4ddc-8199-37eee83e04e4_en?filename=policy_adaptation_climate_resilience_dialogue_report_en.pdf
2 「保険の活用により気候変動耐久力を強化する」(2024.9.3EIOPA)
https://www.eiopa.europa.eu/leveraging-insurance-shore-europes-climate-resilience-2024-09-03_en
(報告書等の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容
具体的な報告書の内容に入る前に、この報告書で対象としている気候関連リスクには、大きく2つの種類があることに注意しておく。ひとつは「気候変動への対応(Climate Change Adaptation)」、もうひとつは「災害リスクの軽減(Disaster Risk Reduction)」である。将来にむけた長期的な対応と、現在起きている危機や災害への対応と、というイメージである。
気候変動への対応については
定義:現在の気候と、予期されるその変動の影響への対応プロセス。被害を回避または緩和する機会を活用すること これらは人間の介入により対応できる場合がある。
焦点:不確実性と新たなリスクを含めた将来の対処法の発展
取組対象:気象や気候関連の危険事象(遅れて出てくる影響も含む)
取組の考え方:科学的方法による。
災害リスクの軽減については
定義:新たな問題を防ぐか、今あるリスクを軽減すること、残っているリスクを管理すること。耐久性を強化しサステナブルな発展に貢献すること
焦点:現在あるリスク
取組対象:すべての危険事象
取組の考え方:人道支援や一般市民の保護
すべての気候関連リスクがこの2つに明確に分類できるわけではなく、互いに密接に関連しているが、一応こう整理しておく。これを前提に以下で提言等を見てみる。
EIOPAのこれまでの分析によると、欧州における気候関連災害による経済損失の約4分の1しか保険でカバーされていない。こうした保護ギャップが、欧州の社会・個人ともに、経済に悪影響を及ぼすことになる。つまり、自然災害による経済損失が増加すると、保険の利用可能性が低下し、コストが上昇する(筆者注:カバーすべき保険料が、発生頻度や損失額に対応するために値上がりして、ますます保険が利用しにくくなる、という意味か?)ことにより、ますます保護ギャップが拡大する。その結果、社会の経済コスト、システムリスク、政府への財政的圧力が増大することになってしまう。
もともと保険は、大災害によるマクロ経済、金融の安定性、財政への悪影響を和らげるうえで、重要な役割を果たすことができる。保険会社の資金力、保険引受能力、リスク評価スキルを充分活用できれば、復興資金、求めに応じた資産保護、あるいはさらに広く、気候変動リスクへの対応に関して実効的な指針を提供することができる。また、実際に大災害が発生したあと、充分な保険金が支払われれば、その分、社会・個人の経済損失額を抑え、経済全体の回復の助けとなり、その結果、国への財政的圧力を軽減できるのである。
この報告書においては、EUあるいはそれぞれの国家レベルで、新たな官民連携スキームを模索する必要があると結論付けている。EIOPAもこうした官民連携には賛成であり、考え得るリスクの事前の予防と事後の対応の検討を促進し、事前のリスク移転コストを削減し(筆者注:すなわち保険料水準を抑え?)保険の供給と需要の喚起を活性化させることができるだろう。
そのためにEIOPAでは、自然災害保険の保護ギャップに対処するための具体的な政策オプションをいくつか選定し、消費者の保険料負担の水準を抑え、かつ、各国政府の財源負担をも軽減できる仕組みを勧告する検討を進める。
リスク識別能力を改善し、リスク認識能力を向上させることにより、まずは災害による経済損失を予防し、事後的には適切な対応を行なえるよう、保険業界、規制当局、保険監督者、政府の間の連携を強化することが重要である。
災害データの蓄積やそれを利用した災害モデルの作成の中核者として、EIOPAは、保険監督者や保険会社に、気候リスクを適切に測定・評価するための情報を提供している。また保護ギャップの実態に関する報告を行い、加盟国における、洪水や山火事などの様々なリスクのエクスポージャーに関する検討結果を提供している。こうした活動は今後も継続的に行なっていく必要があり、自然災害に関する保険損失やリスク評価のためのデータを、公開し共有する必要があることを強調している。
保険会社や国が行うリスクへの対処と同時に、消費者サイドもリスクにどう対処し行動するかを理解することが重要である。EIOPAでは、行動科学の知見も取り入れて、消費者に自然災害保険への加入を促す方策を開発しテストしている。
このために、気候変動リスクに対する消費者の意識を高めること、標準的な保険商品の開発と選択のための商品比較情報、宣伝が必要である。
またリスク軽減策の利用により、保険料が割引されるようなインセンティブを提供することが考えられる。例えば、「インパクトアンダーライティング」という方法がある。これは、保険会社が顧客にリスクエクスポージャーを減らすよう促すことであり、暴風雨への耐久性のある屋根瓦や浸水防止ドアを設置した住宅に対しては、住宅保険について保険料の割引が受けられることなどが挙げられる。こうしたことが、保険会社と消費者双方に利益(=損害額の軽減)をもたらすことができ、ひいては、保険の普及率を高め、気候関連災害からの社会の回復力を高めることができる。
それでもなお、特定の地域では、リーズナブルな保険料では保険を提供できないかもしれない。こうした場合には、保険によるカバーの範疇を超えて、例えば建築基準を見直す必要などがあるかもしれない。そうした評価を行うにあたっても最新知識と科学的なデータが必要になる。こうした情報をもとに建設的な対話がなされることをEIOPAは歓迎している。
EIOPAは、保険顧客(需要側)の状況の洞察とインパクトアンダーライティングを組み合わせて、保険会社(供給側)の損失の削減と保険加入の促進を目的として、リスク認識を高め、社会全体と保険業界による、関連予防策の理解を深める具体的ツールを開発しようとするものである。
3――今後の動きについて
この報告書は欧州の気候関連リスクを対象にしたものなので、地震や火山噴火にはほとんどふれられていないが、わが国ではそれらへの対応にも重大な関心がある。こうして、地域の特性に合わせて対策を検討していくことになるのだろう。
(2024年10月04日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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