2024年09月10日

出生率の低下は将来の年金の水準にどう影響するか?~年金改革ウォッチ 2024年9月号

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 先月の動き

先月は、年金改革に関係する審議会等が開催されなかった。

2 ―― ポイント解説

2 ―― ポイント解説:出生率の仮定が将来の年金水準に与える影響と経済前提との関係

公的年金の将来見通し(財政検証結果)が公表される前後には、出生率の仮定が高いという声が聞かれた。本稿では、出生率の仮定が将来の年金水準に与える影響や経済前提との関係を確認する。
1|出生率の仮定と実績:2023年の差はわずか。今後の反転に要注目
2024年7月に公表された公的年金の将来見通しでは、人口の前提として2023年4月に公表された将来推計人口が使われている。この将来推計人口は、2020年に実施された国勢調査や、コロナ禍の影響で通常より1年遅れて2021年に実施された出生動向基本調査をもとに作成された。そのため、推計と近年の実績との間には、必然的に差が生じる。
図表1 出生率の実績と2023年の将来推計での仮定 2023年(暦年)の出生率(期間合計特殊出生率)は、2024年6月公表の概数で1.20となった(図表1)。将来推計人口における長期的な仮定(2070年以降の値)である1.36よりは低いが、2023年の中位の値として仮定された1.23と比べれば、誤差の範囲と思える水準である。2023年の値よりも、今後の値が将来推計人口で仮定されたように反転するかに、注目すべきだろう。
図表2 将来的な年金水準の低下率(2024年度比) 2|出生率の仮定ごとの年金水準の見通し:経済前提が悪いほど出生率の仮定が影響
このように推計と実績の間には必然的にずれが生じるため、将来見通しでは将来推計人口の中位以外のケースを使った結果も示されている。例えば、出生率が低いと、保険料を納める人数が少なくなり、年金財政の収支が悪化する*1。すると、年金財政のバランスを取るために「マクロ経済スライド」と呼ばれる給付調整(給付抑制)の仕組みが長く続き、将来の年金の水準が低くなる。

将来的な年金水準の低下率の見通しを見ると(図表2)、厚生年金(いわゆる2階部分)の低下率は大半がゼロ%程度であり、出生率によって差があるのは過去30年投影ケースの低位(-4.1%)に限られる。

他方で基礎年金(いわゆる1階部分)の低下率は、高成長実現ケースと成長型経済ケースでは1割前後、過去30年投影ケースでは3割前後に及ぶ。基礎年金における出生率の影響を見ると、高成長実現ケースと成長型経済ケースでは高位と中位の差や中位と低位の差が4ポイント程度なのに対して、過去30年投影ケースでは7ポイント程度に拡大する。
 
*1 長期的には給付費も低下する。しかし、保険料収入には推計の初年度に生まれた人が被保険者となる約20年後から影響し始める一方で、給付費にはその人が受給者となる約65年後から影響し始めるため、将来見通しの推計期間(95年間)では収入への影響が大きい。
3|出生率の仮定と経済前提の関係:経済が悪いとマクロ経済スライドが効きにくい
このように経済前提が悪いほど低下率が大きく、出生率の影響も大きくなる原因は、経済前提が悪いとマクロ経済スライドが効きにくい点にある。
図表3 マクロ経済スライドの調整率の見通し マクロ経済スライドは、毎年の年金額の本来の改定率*2から調整率を差し引くことで、年金財政を健全化する仕組みである。しかし、本来の改定率が低く調整率のすべてを差し引けない場合には、差し引けない部分を翌年度以降に繰り越す特例がある*3

調整率は、公的年金加入者数の減少率(3年平均)と受給者の余命の延び率(推計から0.3%と固定)を足した値である。年度や前提によって値が異なるが、0.3~2.2%の範囲で推移する(図表3)。
図表4 調整率と賃金上昇率の関係 高成長実現ケースと成長型経済ケースでは、賃金上昇率が調整率を常に上回る水準に設定されているため(図表4)、いずれの出生率でもマクロ経済スライドがしっかりと機能する。しかし、過去30年投影ケースでは、賃金上昇率が低く、調整率を差し引けない場合が発生し、その度合は出生率が低いほど大きい。このため、出生率が低いほど年金財政の健全化に時間がかかり、将来の年金水準が低くなる。
 
*2 本来の改定率は、67歳以下では賃金上昇率、68歳以上では賃金上昇率と物価上昇率のいずれか低い方。詳細は、拙稿「年金額改定の本来の意義は実質的な価値の維持」を参照。
*3 マクロ経済スライドの特例は、拙稿「将来世代の給付低下を抑えるため少子化や長寿化に合わせて調整」を参照。
4|示唆:物価と賃金の好循環が重要
年金の将来見通しに対しては出生率の設定が高いという声が聞かれるが、賃金上昇率や物価上昇率がマクロ経済スライドの調整率を上回り続ければ、将来の年金水準の低下は小幅に抑えられる。子育てには経済的な負担が伴うことも考えれば、物価と賃金の好循環の継続が重要と言えよう。

(2024年09月10日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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