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「積立再保険」についての監督声明(英国)-PRAの監督方針の表明

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――はじめに
その前に、一般的な状況としては、再保険は損害保険の方では当然のように利用されており、ある保険会社(出再保険会社)が再保険料を再保険会社に支払うと、あらかじめ定められた事由のもとで再保険金が支払われるものである。この際、貯蓄部分がない(すなわち積立金のことを考えなくてもよい)ケースが大多数のようである。
これとは別に、元受契約に積立金があって、その部分も再保険に付す場合があり、この時は対応して、比較的大規模なリスクの移転、資金の移動が起こりうる。
素朴な類似の例としては、個人が加入する保険で、例えば、掛捨ての1年定期保険ならば、仮に1年間の加入期間内に保険会社が破綻しても、損害は軽微といってもいい(とはいえ、保険事故が実際に発生していたら、そうとは限らないが)が、貯蓄目的の保険であれば、それが一般には長期契約であることもあって、多額の積立金を失うなどの損害を被るかもしれない。これと同様のことが保険会社同士の再保険契約でも起こりうる、と考えてもいいだろう。
実際には、主に元受保険会社の生命保険商品あるいは年金商品が対象になるのだが、例えば年金であれば、保険会社が自社の販売する終身年金の「長寿リスク」を抑制するために、積立金部分も再保険に付す場合などが多いようだ(長寿化により年金支払額が予想より増えても、そこは再保険会社にカバーしてもらえるので大丈夫なように、ということ)。
となると、直面するリスクの認識や、万一出再先保険会社の破綻などの場合の取り扱い、担保の設定、資金の回収方法など、事前に出再保険会社が考慮しておくべきことが多い。保険監督の立場からもそうしたリスク管理の実態に注目し、今回のような、保険会社に対する期待・要請あるいは監督方針の表明をしておくことになる。
1 Funded reinsurance の訳語。定着した訳語が見当たらないようなので、以下本レポートではこう呼ぶが、特にこだわるものではない。
https://www.bankofengland.co.uk/-/media/boe/files/prudential-regulation/supervisory-statement/2024/ss524-july-2024-update.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容~監督者が期待すること
リスク管理の一般的な考え方からして、積立再保険に関しても、リスクを特定し、測定し、監視し、管理し、報告するという体制を整備する必要がある。特に、発生する頻度は低いがいったん発生すると大きな損失をもたらす、いわゆるテールリスクに注目する必要がある。
こうした分析の中では、緊密な関係にある取引相手との出再を解約するような困難な状況になっても(すなわち、経済的なストレスにあっても)、経営がたちゆくように確信をもてるようにすべきである。そのためには再保険契約の規模が適切であり、かつ契約事項が妥当である必要がある。
再保険契約の内容が十分であることについては、リスク分析担当者が、充分な実態と根拠を提供し、それをチェックした保険数理機能担当部門が正式な意見を表明できるようにすべきである。
〇出再規模の制限
積立再保険に関する規模の上限を策定するために、PRAとしては、最低限でも、即時の出再解約と資金回収に関する関連する指標をチェックすることを要請する。例えば、単一の取引相手に対するエクスポージャーに投資限度を設定するとともに、複数の相関性の高い取引相手があっても同時に資金回収ができるようにして、さらには保険会社の総資金エクスポージャーの制限を設定しておくべきである。
〇担保に関する方針
PRAは、リスク管理の一環として、出再保険会社が明確な担保政策を整備することを要請する。
これは先に述べた出再金額の制限にも関わることである。特に経済的なストレスのもとでも資金回収ができることを考慮し、信頼できるリスク評価を行なっておくことで、出再保険会社全体の財政を脅かすことを避けられる。
担保評価に関する留意点は、一般的な貸付等と同様、資産クラス毎の信用リスク評価方法の確立が重要なことは共通である。また、担保のうち非流動性資産は、その金額価値の評価が難しく流通市場も期待できないことから、一層慎重な検討を要する。特に、すぐには換金できないために比較的長期間保有せざるをえない非流動性資産をどう扱っていくかという問題にも注意する必要があろう。
〇解約(=出再の中止)に関する計画
相手先がどういった状況になったときに再保険を解約し資金を回収するか、といった条件を念頭において監視しなければならない。また関連法規に則ってどのように資金を回収するかというステップを決めておく必要がある。この場合、保険会社破綻の際の手続きに未だ不明な部分があれば、その旨をはっきり意識して検討を続ける必要がある。
ソルバンシー資本要件の評価に関しては、積立再保険の性質、規模、移転されるリスク、保持されるリスクなど、複雑であるがあらゆることを考慮しなければならない。
積立再保険はもともとリスク軽減の手段として活用されるので、それぞれの保険会社独自の内部モデルの構築にそれを組み込むこともできるが、その場合、相当精巧なモデリングが要求されるであろう。また、取引相手の保険会社のデフォルト確率や、デフォルトや格下げによって生じる損失の評価、あるいは先に述べた担保の評価などが、適切に行われることが必要である。
積立再保険を構築する際に抱え込むリスクにつき、先に述べたように、リスクの特定、測定、監視、管理、報告、最終的にはORSAで要求される自己評価を行うことになる。そのためには次の4つのステップを取ることが望まれる。
1.積立再保険の協約から生じるベーシスリスクと担保不一致のリスクを特定する。
2.適切な期間における現実的なストレスへの耐性を評価する。
3.そうした定量評価が、保険会社内で承認できるリスク許容度の範囲内かどうかを確認する
4.範囲外となる場合には、再保険契約の内容や担保契約など、あらゆる点を検討し、改善する必要がある。
3――おわりに
1自己評価分析:
この方針に示された要請に照らした、保険会社の現在のリスク管理の評価。これには、完全にはここで提示した要請に合致していなくても、別のやり方で事実上同じ結果が得られると考えるならば、それを正当化する説明も含まれる。
2 限度額:
保険会社が承認した個々の取引先への積立再保険の限度額の概要。相関関係のある取引先および会社合計の限度額
3 出再方針等のこれまでの制定経緯、要請を受けた今後の修正予定:
現時点における各保険会社内の方針と、今回の要請に応えるために実施予定の活動とタイムスケジュール。
4 モデリングの信頼度:
再保険契約を内部モデルに反映させることにより達成される見通しの確信できるレベル、それがどのように積立再保険の投資制限額を決めるために使用されているか。
5 リスク選好度:
積立再保険の取引量と複雑さのリスクを抑制するために、ここ数カ月で取締役会が講じた措置の概要と、それと今回の監督方針表明で設定された要請事項との相違点。
これをみると、たとえ当然要求されることとはいえ、保険会社に対する監督上の要求事項が細部にわたるなどハードルが高いように思われる。事実上、わざわざ積立金部分の出再などする必要があるかと問われている内容、と一見思えるが、それでもなおリスク軽減効果が期待できるだろうか。
(2024年09月06日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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