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2024年06月10日
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4――子ども1人が大学卒業までにかかる費用は平均1,361万円(68万元)。平均可処分所得の18倍と家計への負担は重い。
中国の人口問題を研究する育媧人口研究智庫は、2022年のデータに基づいて「中国生育コスト報告2024年版」を発表、子どもの養育費について分析をしている7。それによると、生まれた子どもが18歳で高校を卒業するまでにかかる費用(第1子、教育費・養育費)は1人あたり平均53万8,312元(1,097万円)とした。これは1人当たり国内総生産(2022年)の6.3倍に相当し、平均可処分所得(3万6,883元)の14.6倍に相当する。教育・養育にかかる費用は家計に重くのしかかってる。
高校卒業までかかる費用を都市と農村で分けてみると、都市では平均66万6,699元と高く、平均可処分所得(4万9,283元)の13.5倍となる。特に、上海は最も高い101万130元(平均可処分所得の18.8倍)、次いで北京市は93万6,375元(平均可処分所得の17.4倍)とかなり高額となる(図表4)。一方、農村では36万4,868元と、都市のおよそ半分ほどであるが、農村住民の可処分所得(2万133元)の18.1倍と、負担感は農村の方が高い。なお、都市の第2子の高校卒業までの費用は52万4,959元、第3子の場合は39万8,953元であった。都市でこどもを3人出産し、高校を卒業させるにはおよそ160万元(3,200万円)が必要となる。
更に、大学卒業となると、高校卒業後さらに平均して14万2000元かかる。子ども1人が大学卒業までかかる費用の総額(平均)は68万312元(1,361万円)で、これは平均可処分所得の18.4倍となる。現行の育児手当にその他の関連サービスや手当を足したとしても、安心して子どもを出産し、育てていくには到底足りない状況だ。
高校卒業までかかる費用を都市と農村で分けてみると、都市では平均66万6,699元と高く、平均可処分所得(4万9,283元)の13.5倍となる。特に、上海は最も高い101万130元(平均可処分所得の18.8倍)、次いで北京市は93万6,375元(平均可処分所得の17.4倍)とかなり高額となる(図表4)。一方、農村では36万4,868元と、都市のおよそ半分ほどであるが、農村住民の可処分所得(2万133元)の18.1倍と、負担感は農村の方が高い。なお、都市の第2子の高校卒業までの費用は52万4,959元、第3子の場合は39万8,953元であった。都市でこどもを3人出産し、高校を卒業させるにはおよそ160万元(3,200万円)が必要となる。
更に、大学卒業となると、高校卒業後さらに平均して14万2000元かかる。子ども1人が大学卒業までかかる費用の総額(平均)は68万312元(1,361万円)で、これは平均可処分所得の18.4倍となる。現行の育児手当にその他の関連サービスや手当を足したとしても、安心して子どもを出産し、育てていくには到底足りない状況だ。
7 梁建章・黄文政・何亜福・育媧専家団体(2024) 「中国生育成本報告2024版」、2024年2月21日、育媧人口研究智庫。
5――子育て支援の拡充の必要性とともに待ち受ける「ダブルケア」の問題
本稿では子育て支援について、特に出産奨励手当、児童手当などを中心にその動きを見た。多くの地域ではいずれの手当も2023年頃から導入しており、まだ動き出したばかりである。出産奨励手当および児童手当の両方を給付できる地域は経済規模が大きい都市に限られている。政府が第2子、第3子の出産奨励に切り替えて間もないためか、児童手当は第1子を対象外とする地域が多い。第2子、第3子へ給付されるとしても親や本人の戸籍などによって対象が限定され、給付されたとしても多くが3歳までと期間が短い。当然のことながら給付額も限定されているため、現状の多大な費用のかかる養育・教育のための大きなサポートとまでは言い切れない状況だ。これまで一人っ子であったが故の教育熱、それに伴う教育費の高騰もあろうが、安心して子どもを出産し、育てていく上では、まず肝心となる第1子への児童手当の付与、さらに給付期間の延長と給付額の引き上げが必要となろう。
また、子どもを育てていく上では教育費や食料・衣服など直接支出する費用のみならず、子育てのために仕事を中断し、それによって得られなかった所得として機会費用(逸失所得)がある8。上掲の「中国生育コスト報告2024年版」では、子どもが0-4歳まで成長するために、その母親が失った就業時間は2,106時間で、それによる逸失所得はおよそ63,180元としている9。中国では保育所が不足しており、乳児期から幼児前期あたりの逸失所得が大きいとされている。加えて、キャリア形成や昇給への影響も十分考えられる。中国は1949年の建国以降、女性の労働参加率は世界的にも高い状態が続いており、女性の労働参加は1つの権利として厳格に保護されてきた。労働における男性・女性の同質化が早くから進んでおり、それゆえ出産による就業機会や所得の喪失に対して女性の反発は大きいと言えよう。子育て支援には手当といった現金による補填のみならず、女性の就業機会やキャリアパスをどうサポートするかといった問題も重要となる。
子どもを育てていくのと同時に、今後懸念される課題として考えられるのが「ダブルケア」の問題である。ダブルケアとは子育てと親の介護を同時期に行うことを指している。現在、一人っ子世代の親の世代が高齢者となりつつあるが、一人っ子であるがゆえに親の介護やそれにかかる費用を複数の兄弟や姉妹で分担することができないのだ。中国の公的介護保険制度は要介護が重度のケースなど、給付対象や給付額をある程度限定している地域が多い。要介護が重度に至らなくても、自立した生活ができなくなれば生活のサポートや関連のサービスが必要となることからも、子女やその家族による自己負担はより重くなる。また、現状をみても晩産化が進み、出産年齢が上昇していることから10、今後、第1子のみならず、第2子、第3子の出産となると子育ての時期と親の介護の時期が更に重なりやすくなる。子育てで教育費などが一番かかる時期に両親の高額な介護費用をどう捻出するのかといった問題も浮上してくる可能性がある。
上掲から、中国が抱える子育て支援の最大の課題は責任の所在が明確ではない点にある。子育て支援と関係する部署は今後の指針となる計画を発表したが、結果としてどこが最終的な責任を負うのかは明確になっておらず、どのくらいの予算規模なのかも見えてこない。子育てに関する施策の多くが地方政府の管轄になっていることからも、出産奨励手当や児童手当といった一番必要とされる現金給付は地域格差が大きくなる傾向にある。このまま手をこまねいていれば、今後、家計にはダブルケアによる子育て・介護のダブルコストも待ち受けている。“too little, too late”の轍を踏まないためにも中央政府による早急かつ大規模な財政投入が必要な状況になっている。
8 例えば、4月に東京都の調査で、妻が出産した場合と働き続けた場合で世帯の手取り収入が生涯で2億円ほどの差がでる点が指摘されている。(出典)朝日新聞デジタル「妻の働き方で「世帯手取り2億円差」「出産後退職」と「仕事継続」、都試算」、2024年4月23日。
9 「中国生育成本報告2024版」、pp.13-14。
10 片山ゆき(2024)「中国、20代の未婚化、出生率低下が顕著」、基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所。
また、子どもを育てていく上では教育費や食料・衣服など直接支出する費用のみならず、子育てのために仕事を中断し、それによって得られなかった所得として機会費用(逸失所得)がある8。上掲の「中国生育コスト報告2024年版」では、子どもが0-4歳まで成長するために、その母親が失った就業時間は2,106時間で、それによる逸失所得はおよそ63,180元としている9。中国では保育所が不足しており、乳児期から幼児前期あたりの逸失所得が大きいとされている。加えて、キャリア形成や昇給への影響も十分考えられる。中国は1949年の建国以降、女性の労働参加率は世界的にも高い状態が続いており、女性の労働参加は1つの権利として厳格に保護されてきた。労働における男性・女性の同質化が早くから進んでおり、それゆえ出産による就業機会や所得の喪失に対して女性の反発は大きいと言えよう。子育て支援には手当といった現金による補填のみならず、女性の就業機会やキャリアパスをどうサポートするかといった問題も重要となる。
子どもを育てていくのと同時に、今後懸念される課題として考えられるのが「ダブルケア」の問題である。ダブルケアとは子育てと親の介護を同時期に行うことを指している。現在、一人っ子世代の親の世代が高齢者となりつつあるが、一人っ子であるがゆえに親の介護やそれにかかる費用を複数の兄弟や姉妹で分担することができないのだ。中国の公的介護保険制度は要介護が重度のケースなど、給付対象や給付額をある程度限定している地域が多い。要介護が重度に至らなくても、自立した生活ができなくなれば生活のサポートや関連のサービスが必要となることからも、子女やその家族による自己負担はより重くなる。また、現状をみても晩産化が進み、出産年齢が上昇していることから10、今後、第1子のみならず、第2子、第3子の出産となると子育ての時期と親の介護の時期が更に重なりやすくなる。子育てで教育費などが一番かかる時期に両親の高額な介護費用をどう捻出するのかといった問題も浮上してくる可能性がある。
上掲から、中国が抱える子育て支援の最大の課題は責任の所在が明確ではない点にある。子育て支援と関係する部署は今後の指針となる計画を発表したが、結果としてどこが最終的な責任を負うのかは明確になっておらず、どのくらいの予算規模なのかも見えてこない。子育てに関する施策の多くが地方政府の管轄になっていることからも、出産奨励手当や児童手当といった一番必要とされる現金給付は地域格差が大きくなる傾向にある。このまま手をこまねいていれば、今後、家計にはダブルケアによる子育て・介護のダブルコストも待ち受けている。“too little, too late”の轍を踏まないためにも中央政府による早急かつ大規模な財政投入が必要な状況になっている。
8 例えば、4月に東京都の調査で、妻が出産した場合と働き続けた場合で世帯の手取り収入が生涯で2億円ほどの差がでる点が指摘されている。(出典)朝日新聞デジタル「妻の働き方で「世帯手取り2億円差」「出産後退職」と「仕事継続」、都試算」、2024年4月23日。
9 「中国生育成本報告2024版」、pp.13-14。
10 片山ゆき(2024)「中国、20代の未婚化、出生率低下が顕著」、基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所。
(2024年06月10日「基礎研レポート」)
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経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
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