2024年05月28日

保険部門におけるデジタル化の進展(欧州)-EIOPAの調査報告書(2024年4月)の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EIOPA(欧州保険・企業年金監督機構)は、2024年4月30日、欧州の保険部門におけるデジタル化の進展状況を調査・分析した報告書を発表した1

ここ数年、従来の保険販売チャネルと、新しいデジタルプラットフォーム両方を組み合わせて利用する形で、保険分野におけるデジタル化は、保険商品の設計、革新的な(再)保険商品開発、販売サービスを強化する上でますます重要な役割を果たしている。

現在、データを最大限に有効に活用するデジタル経済と人工知能(AI)、ブロックチェーンなどの新技術の出現、モノのインターネット (IoT) などに代表されるようなデジタル化は、保険会社、保険代理店、顧客それぞれの立場にとって、今まで以上に、保険の利用において幅広い機会をもたらすことができるようになっている。

ただし、保険分野におけるデジタル化は、新たな課題を同時にもたらすことになる。というのは、従来の市場慣行や規制は、これらのイノベーションを念頭に置いて設計されていないことから、導入当初は、様々な摩擦が引き起こされる可能性があることが、想定されるからである。

とはいえ、デジタル化への取り組みの多様性や、発展のスピードを考えると、もはや後戻りすることは得策ではなく、その弊害やリスクも含めて、保険分野におけるデジタル化への取り組みを、EIOPA とその加盟国が監視・評価しながら、その有効な活用機会をさらに見出していくことが、重要になってきている。

このような背景から、EIOPA は 2023 年に EU 保険市場全体のデジタル化プロジェクトに関連するダイナミクス、機会、リスクを理解するための調査を開始した。
 
1 REPORT ON THE DEGITALISATION OF THE EUROPEAN INSURANCE SECTOR   (EIOPA 2024.4.30)
 https://www.eiopa.europa.eu/document/download/6ca9e171-42b9-44d7-a2e6-beaf0134ecb8_en?filename=Report%20on%20the%20digitalisation%20of%20the%20European%20insurance%20sector.pdf
 (報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――報告書の内容

2――報告書の内容

1保険分野におけるデジタル化の内容
〇 欧州の保険部門のデジタル化は多岐にわたっているものの、ほとんどの場合、依然として初期段階にある。市場には従来の慣行が幅広く根付いており、デジタル化を進めるにあたっては、まずそれらと共存させていく必要がある。こうした事情もあって、デジタル化のレベルは保険会社によって大きく異なる。
 
〇 現時点の販売チャネルをみると、顧客は依然として、従来の物理的なチャネルを通じて保険商品を購入することが圧倒的に多く、純粋なデジタルチャネルはそれを補完する二次的な役割を果たしているケースが多い。特に生命保険においてその傾向がある。
デジタル化の段階としては、商品比較やその他全般的な保険商品情報入手の目的で、オンラインツールを利用することが可能となっているが、実際の加入(購買)行動は、顧客のデジタルリテラシーのレベルなどに依存する傾向が大きいようである。
 
〇 これまで、顧客が保険会社とやり取りするための最も一般的なコミュニケーションチャネルは、「対面(販売)」、「電話」、「電子メール」であった。そして現在は「チャットボット」の使用が増えてきている。これは近い将来、大幅に増加すると予想されており、生成AI に基づくソリューションの新興と連動していると考えられている。今回調査においては、回答した保険会社のうちかなりの数が、まだ携帯電話アプリケーションまでは導入していなかった。
 
〇 ほとんどの保険会社は、顧客とのやり取りを主な目的として、ソーシャルメディアを用いて活動している。こうしたソーシャルメディアを使用するのは、主としてマーケティングおよび金融教育キャンペーンを開始するため、という事情があるからであるが、もうひとつ、ソーシャルメディア上で活躍する「インフルエンサー」と協力するためという理由も挙げられる。
 
〇 クラウド・コンピューティングなどの関連ITサービスの提供が多くなっている。今回調査における回答者のほぼ 80% が、クラウド・コンピューティングのデータストレージを、ビッグテックのクラウドサービスにアウトソーシングしている。
 
〇 AI の利用については、損害保険会社では回答者の 50%、生命保険会社では 24% がすでに使用している、と回答している。さらに回答者のうち、 損害保険分野で30% 、生命保険で39% が、今後 3 年間のうちに AI を使用するようになるだろう、と予想している。
 
〇 現時点では、AI 使用ツールの大部分は各保険会社内部で開発されており、現在最も使用されているソリューションは、よりシンプルで説明可能な AIである。ガバナンスとリスク管理の観点から、AI は人間の監視下で使用されることが多く、最終的には保険会社の経営陣や執行委員会が影響力の高い AI 利用の責任を負うことにしているケースが最も多い。
 
〇 その他に、モノのインターネット(IoT)、ブロックチェーン(暗号資産を含む)、パラメトリック保険商品2のような技術は、現在のところ、少数の保険会社でのみ使用されている。
 
〇 ほとんどの保険会社は、過去 2 年間でサイバー保険市場が成長したと報告している。ただし、サイバー保険商品には、現在のところ、依然としてかなり厳しい補償除外条件が付いている。サイバー保険に加入する顧客は、個人顧客というよりもむしろ、主に中小企業を含む法人顧客である。
 
〇 適切な人材とスキルの獲得が、デジタル化を可能にする主要な要素とみなされている。逆にいうと、デジタル分野で優秀な人材確保ができないことがデジタル化への障壁となりうる。
サイバーリスクは、デジタル化から生まれる主要なリスクとして保険会社に認識されている。
 
デジタル化は顧客と保険会社の両方に大きなチャンスをもたらす。より高速で、より効率的で、自動化された販売プロセスが含まれるからである。

顧客は、その特性や行動履歴など様々なプロファイルを持つので、買物習慣についても多様性を持っている。しかし、全般的に共通の感覚として、保険商品に関する情報を、どこからでも 24 時間 365 日オンラインで入手できたり検索可能であったりすること、より自分に合った保険商品が簡単に見つかること、加入手続きが速いこと、をありがたいと感じている。

保険分野のデジタル化が進む傾向は、今後数年間にわたって徐々に継続すると予想されるが、急速に発展する技術を考慮すると、突然発生・進化する可能性も完全に排除することはできない。
 
EU全般において、保険分野に限らず幅広く、「人工知能法」、「デジタルオペレーショナルレジリエンス法」、あるいは「金融データ法」といった、デジタル化の状況に応じて法規制も進化している。そうした状況下で、本報告書の調査結果は、以下の点でEIOPA の検討の一助となるだろう。
 
・リスクと、市場と顧客にとっての利益を評価すること
・EIOPA に権限が与えられている範囲で必要とする規制措置を評価および設計すること
・監督上の統一と監督上の監視が強化されること
・ステークホルダーが、顧客保護と市場の中での金融的な安定を守りながら、デジタル化のメリットを活用すること
 
こうした状況についての情報を提供することは、EIOPA が最近採択したデジタル戦略と合致している。状況に応じて、デジタル化における当局の戦略目標を定め、今後中長期にわたってデジタル化推進をEIOPAが主導していくことが可能となるだろう。
 
2 天候等における「パラメーター(風速、雨量、水位、地震の強度など)」を対象として保険金が支払われるような仕組みの商品

3――おわりに

3――おわりに

他の分野と同様に保険分野においても、急速にデジタル化が進んでいく中で、利便性はすぐに認識されるが、それに伴って現れるデメリットや新しいリスクについても、保険会社と顧客双方が認識しながらすすめていくことが重要なようだ。既に一部実現されているように、場合によっては法的な規制が必要な部分もでてくるだろう。特に悪用されることが多い場合はすぐに規制がなされそうだ。引き続き今後の動きをみていくこととしたい。

(2024年05月28日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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