2024年05月09日

Jリート市場の分配金は今後5年間で5%減少の見通し-シナリオ別の分配金レンジは「▲18%~+7%」となる見通し

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.326]

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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1―J-REIT市場は弱含みで推移

J-REIT(不動産投資信託)市場は日本銀行による金融政策正常化に伴う金利の先高観などを背景に弱含みの動きが続く。市場全体の値動きを表わす東証REIT指数は昨年▲4.6%下落し今年も▲0.7%下落している(3月末時点)。史上最高値を更新し活況に沸く株式市場と比較すると、昨年来、TOPIXが+46%上昇したのに対して、東証REIT指数は▲5%下落し、両者のパフォーマンス格差が拡大している[図表1]。
[図表1]東証REIT指数とTOPIXの推移(22年12月末=100)
もっとも、投資口価格が下落する一方、J-REIT市場のファンダメンタルズは堅調である。市場全体の1口当たりNAV(NetAsset Value)は、不動産価格の上昇を反映し前年比+2%増加し、予想1口当たり分配金(DPU)についてもホテル収益の本格回復などが寄与し過去最高水準にある[図表2]。

こうした市場価格とファンダメンタルズのかい離は、いずれ修正に向かうと考えられるが、その前提となるJ-REIT市場の業績回復はどの程度期待できるだろうか。

以下では、ニッセイ基礎研究所のオフィス賃料予測並びに金利見通しなどを利用し、今後5年間のDPU成長率を確認したい。
[図表2]予想DPUの推移(東証REIT指数ベース)

2―今後のDPU成長率を試算する

J-REITは主に、(1)保有不動産の賃貸事業収益(NOI、Net Operating Income)を高める『内部成長』、(2)不動産を取得する『外部成長』、(3)金融コストを低減する『財務戦略』を通じて、DPUの成長を図る。
1|保有ビルの収益は減少が継続
三鬼商事によると、東京都心5区のオフィス空室率(2024年3月)は5.47%となり、2022年9月(6.49%)をピークに改善基調にある。また、平均募集賃料についても前月比でプラスに転換し底打ち感が広がる。このように、コロナ禍を契機に悪化したオフィス市況は調整局面を脱しつつあるようだ。一方、J-REIT保有ビルの収益は減少が続いている。継続比較可能な物件を対象に保有ビルのNOIの推移を確認すると、2021年から前年比マイナスに転じ、2023年上期は▲4.3%、下期は▲1.4%となった[図表3]。

また、保有ビルの賃料ギャップ(市場賃料と継続賃料のかい離率)は全体で▲1%と推計され、現状、市場賃料が継続賃料を下回る状態にある。
[図表3]J-REIT保有ビルの内部成長と東京都心5区のオフィス募集賃料
ニッセイ基礎研究所の国内6都市のオフィス賃料予測によると、今後5年間の賃料変動率は、標準シナリオで東京が+2%、大阪が▲12%、名古屋が▲7%、札幌が▲9%、仙台が▲4%、福岡が▲13%となっている[図表4]。このうち、東京については「新規供給が高水準で推移する一方、オフィス環境整備に向けた需要は底堅いことから、空室率の上昇は限定的で、成約賃料は概ね横ばいとなる見通し」である。この予測を利用して、一定の前提条件のもと、今後5年間のNOI成長率を計算した。結果は、標準シナリオで▲1%、楽観シナリオで+4%、悲観シナリオで▲6%となった。
[図表4]今後5年間のオフィス賃料予測
2|賃貸マンションは賃料上昇率が拡大
住宅系REIT(主要5社)の開示資料によると、テナント入替時の賃料変動率は+3.7%(2023年下期)となり上昇率が拡大している。この要因の1つに、東京23区への人口回帰が挙げられる。住民基本台帳人口移動報告によると、2021年はコロナ禍を受けて▲1.5万人の転出超過となったが、2022年は+2.1万人、2023年は+5.4万人の転入超過となった。こうした良好な市場環境を踏まえて、賃貸マンションのテナント入替時の賃料上昇率について+3%を想定する。
3|ホテル収益のダメージは一巡
J-REIT各社の開示資料をもとにコロナ禍によるホテルの減収金額(2019年対比)を推計すると、2023年下期は▲12億円となり、ホテル収益のダメージは一巡したと考えられる。宿泊旅行統計調査によると、2024年2月の延べ宿泊者数は2019年同月対比+10.6%とコロナ禍前の水準を上回った。今後についてもインバウンド需要の拡大を背景にホテル収益の改善が期待される。こうした市場環境やホテル系REIT(主要2社)の業績見通しを参考に、ホテルのNOIは2024年下期に50億円増加(市場全体の経常利益を+1.6%押し上げ)し、その後は横ばいでの推移を想定する。
4|物流施設の賃料は堅調を維持
物流系REIT(主要12社)の開示資料によると、テナント更新時の賃料変動率は+4.2%(2023年下期)となり、契約更新時において賃料増額を実現できている。EC市場の拡大や企業の物流効率化・サプライチェーン見直しに伴う賃貸ニーズは旺盛であり、物流施設のテナント更新時の賃料上昇率は+4%を想定する。
5|財務はDPUにマイナス寄与
市場金利が上昇し新規の借入利率が既存の利率を上回るなか、J-REIT各社は借入期間の短縮や変動金利の比率を高めるなどして財務負担の軽減を図っている。2023年にJ-REITが発行した投資法人債の平均利率は0.81%、発行期間は5.8年となった[図表5]。

ニッセイ基礎研究所の中期経済見通しによると、「日本銀行によるYCC撤廃やマイナス金利政策解除を受けて金利上昇圧力が高まる一方、国債買入れの効果などもあり、10年国債利回りは1%程度の水準に留まる(当初5年間、メインシナリオ)」としている。この金利見通しを利用して、『財務戦略』のDPUへの寄与度(今後5年間)を計算した。結果は、メインシナリオで▲5%となり、借入金利の上昇がDPUにマイナス寄与する見通しである。
[図表5]J-REIT負債利子率、10年国債利回り、投資法人債利率の推移
6|外部成長はDPUにマイナス寄与
昨年、J-REITによる物件取得額は2年ぶりに1兆円の大台を回復した[図表6]。一方、不動産価格が高値圏で推移するなか、平均取得利回りは4.1%と既存ポートフォリオ利回り(4.7%)を下回る水準での取得が続く。
[図表6]J-REITによる物件取得額と取得利回り
そこで、『外部成長』について以下のシナリオを想定し、DPUへの寄与度(今後5年間)を計算した(年間1兆円取得、取得利回り4.2%、借入比率50%、増資PBR1.2倍)。結果は、『外部成長』のDPUへの寄与度は▲2%となった。不動産利回りが低下し資金調達コストが上昇する現在の環境下において、『外部成長』によるDPU成長は実現のハードルが高く、慎重な対応が望まれる。
7|今後5年間のDPU成長率は▲5%(▲18%~ +7%)の見通し
最後に、上記で設定したシナリオをもとに今後5年間のDPU成長率を試算した[図表7]。結果は、オフィス賃料(標準シナリオ)と金利(メインシナリオ)を組み合わせた場合、DPU成長率は▲5%となった。内訳は「内部成長」が+2%、「外部成長」が▲2%、「財務戦略」が▲5%で、2024年はプラス成長を維持するものの、2025年から減配に転じる見通しである。また、楽観シナリオとして、オフィス賃料上振れと金利低下を組み合わせた場合、DPU成長率は+7%、悲観シナリオとして、オフィス賃料下振れと金利上昇を組み合わせた場合、DPU成長率は▲18%となった。
[図表7]今後5年間のDPU見通し(2023年下期=100)
今後、日本経済の正常化に伴い、「金利のある世界」・「インフレのある世界」を想定すると、Jリート市場の持続的な分配金成長には金利とインフレに打ち克つ『内部成長』の実現が鍵となる。投資口価格が低迷し外部環境の先行き不透明感が増すなか、引き続き、不動産ファンダメンタルズや日米の金融政策の動向を注視する必要がありそうだ。
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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     2005年 ニッセイ基礎研究所
     2019年4月より現職

    【加入団体等】
     ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2024年05月09日「基礎研マンスリー」)

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