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急速に導入が進むインドの再生可能エネルギー~2030年の国際公約達成を狙える位置に
経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠
3――インドと中国の再生可能エネルギーの動向
4――再エネ導入に向けた政策・取組み
インド政府はグリーン水素2を2047年までのエネルギーの自立と、2070年までのカーボンニュートラルを達成する上で最も重要な分野と位置付けている。再エネの余剰電力を利用してグリーン水素を製造し、燃料や工業用原料として水素の利用を拡げれば、化石燃料への依存を徐々に減らすことができるためだ。
インドの水素需要は2020年時点で年間600万トンあるが、こうした、2030年に約1.5倍の年間900万トン、2050年には約5倍の年間2,800万トンに増加すると予測されている。
多くの主要経済国が気候変動やクリーンエネルギー関連の取組みの一環として、国家的な水素戦略を策定しており、インド政府は2023年1月に「国家グリーン水素ミッション(NGHM)」を閣議決定した。同ミッションでは、インドをグリーン水素の世界的な生産・輸出拠点にすべく、2030年までに年間500万トンのグリーン水素の製造能力を開発して、125GWの再エネ電力容量を追加、年間5,000万トンの温室効果ガス排出を削減することを目指している。同ミッションは総額1,974億ルピー(約3,553億円、1ルピー1.82円として換算)の予算が計上されており、グリーン水素移行戦略(SIGHT)プログラムに1,749億ルピー、パイロットプロジェクトに147億ルピー、研究開発に40億ルピー、そのほかに38.8億ルピーが投じられる計画である(図表16)。現在のところ、同ミッションにおいて年間350万トンのグリーン水素製造能力を確立するためのプロジェクトが開始している。
2 グリーン水素とは生産の過程で二酸化炭素を排出しない水素を指す。
インド政府は2020 年4月に生産連動型優遇策(PLI)の導入を発表した。PLIスキームはインド国内で製造された製品の売上高の増加分を補助金として付与することにより、国内製造業の活性化と海外投資の誘致を支援する政策である。当初はPLIスキームの対象分野が携帯電話部品などの電子機器製造や医療機器・医薬品有効成分(API)に限定されていたが、同年11月には太陽光電池モジュールや化学電池を含む13分野に拡大した。その後も2022年度国家予算で増額されて、これまでに2,400億ルピー(約4,368億円)の補助金が高効率太陽光発電モジュールの製造能力の向上や工場設立の促進などを支援するために投じられている。
PLIの導入等が追い風となり、インドにおける太陽電池モジュール製造は増加傾向にある。米エネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)の報告書によると、インドの太陽電池モジュールの製造容量は2022年3月に18GWだったが、2023年3月には38GWへの2倍に増加している。そしてPLIスキームによって少なくとも51.6GWの太陽光発電モジュールの生産能力が追加され、2026年度には110GWに達するとみられている(図表17)。この水準に達すると、インドは太陽光発電モジュールの需要を国内での自給自足が可能になり、輸入依存の状況から脱することが可能になるとみられている。
なお、インド政府はPLIスキームに加えて様々な関税・非関税障壁を導入することにより太陽光発電モジュールの輸入を抑制し、国内生産を促す取組みも行っている。
インド政府は2024年2月に屋根置き太陽光発電計画(PM Surya Ghar Muft Bijli Yojana)を発表した。同計画は家庭における太陽光発電の普及を目的として、1,000万世帯に屋根置き型太陽光発電設備を設置するために7,502億ルピー(約1兆3,654億円)の予算が割り当てられている。これまでインドが家庭レベルで太陽光発電が普及しなかった背景として初期費用の高さや銀行ローンのリスクなどの問題があった。
同計画に参加する家庭には1kW当たり3万ルピー(約5.5万円)、最大で3kwを超えるシステムに対して7.8万ルピー(約14.2万円)の補助金が支給される。さらに、太陽光発電ユニットを設置する際には低利のローン(現在の利率は7%)も利用することができ、これにより家庭は年間1.5万~1.8万ルピー(約2.7万~3.3万円)を節約できるとみられている。
現在、政府は同制度へのオンライン申請を受け付けている。太陽光パネルを設置した家庭は電気代を節約できると共に、余剰電力を配電会社(DISCOM)に売電することで副収入を得ることができるようになる。また同計画を通じて、インドは二酸化炭素排出量の削減だけでなく、気候変動問題に対する国民の意識向上やインドの太陽光発電市場の拡大も期待できる。
5――再エネ導入に向けた今後の課題と行方
インド電力業界では、小売・配電分野のほとんどが州政府傘下の公社(DISCOM)によって独占運営されてきたが、事業効率が悪く、DISCOMの多くは多額の赤字を抱えている。配電部門が不安定なままでは、再エネの発電量が増えても電力が効率良く行き渡らなくなりかねない。しかしながら、財政難のDISCOMは送電網インフラへの積極的な投資を行う余裕がない。政府はDISCOMへの資金供給を通じて安定的な電力供給網の構築を進めているが、DISCOMをはじめとした電力セクターの改革には抵抗が付き物であり、課題解消には時間がかかる。
また資金調達の面でも課題がある。インド政府は2030年の目標を達成するため、2024年~2030年に約30兆ルピー(約54.6兆円、1ルピー1.82円として換算)の投資が必要と推定しており、資金調達コストの低減が求められる。インド政府はグリーン国債を2022年度に1,600億ルピー、2023年度に2,000億ルピー発行しており、2024年度は2,500億~3,000億ルピーの発行が見込まれる。発行額は増えているが、3年間で1兆ルピーに満たない。またグリーン国債は環境問題への対応に使途が限定されるものの、利回りは通常の国債に比べて低い傾向があるが、これまでのところグリーン国債は普通債に比べて利回りが数ベーシス程度しか低くならず、資金調達コストをあまり低減できていない。
米銀JPモルガン・チェースが2024年6月からインド国債を同社の新興国債券指数に組み入れることは、資金調達の面で好材料となるだろう。インドは歴史的に外国人投資家による国債保有を制限してきたが、2020年にFAR(Fully Accessible Route)制度を開始し、現在は外国人投資家が特定のインド国債に制約なしに投資できるようになっている。今後インド国債がグローバルな債券指数に組み入れられると、外国人投資家によるインド国債の保有が増え、200億~400億ドルもの資金が流入すると推定されており、インド国債(グリーン国債含む)の金利が低下して資金調達コストが下がるものと予想される。このチャンスを生かすためにも、インド政府は、海外債券投資家向けのIR活動を強化するなど、インド国債の魅力をアピールしていく努力が求められる。
インドにとって再エネ推進は、地球温暖化および大気汚染問題への対処、エネルギー安全保障の確保だけでなく、世界的に競争力のある再エネ分野の製造ハブとなり、クリーンエネルギー輸出国となるなど明るい未来を描くことができるため、インド政府は今後も積極的に取り組むだろう。
インドの再エネ部門は成長著しく、2024年2月時点の再エネの発電容量は183GWと、10年間で約2.5倍に増加、インド全体の発電容量の42%を占める。現在インド政府は、2023年度から5年間にわたって毎年50GWの再生可能エネルギー容量を増設する計画を進めており、「2030年までに非化石燃料エネルギー容量を500GWまで増加」の目標達成が視野に入る位置にある。
実際にこの目標を達成した場合には、「2030 年までに必要なエネルギーの50%を再生可能エネルギーにする」といった他の2030年目標も達成か、それに近い状態になっていると考えられる。そして「2070年までにカーボンニュートラル達成」の長期目標に向けて大きな足がかりとなるだろう。
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03-3512-1780
- 【職歴】
2008年 日本生命保険相互会社入社
2012年 ニッセイ基礎研究所へ
2014年 アジア新興国の経済調査を担当
2018年8月より現職
(2024年03月29日「基礎研レポート」)
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