2024年03月13日

英国生保市場の構造変化-年金事業への傾斜がもたらした繁忙とプレーヤーの変化-

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(1) 資産運用会社と合併の後、生保会社を売却したスタンダードライフ
1) スタンダードライフとアバディーンアセットマネジメントの合併(2017年)
・2017年3月6日、共にスコットランドを本拠とするスタンダードライフとアバディーンアセットマネジメントが合併合意を発表した。

・2017年8月14日、合併は完了した。合併会社は、スタンダードライフアバディーンへと改名した。

合併会社は6700億ポンドの資産を運用する、英国最大、欧州第2位のアクティブ運用会社となった。競合相手は、ブラックロックやバンガードなどの有力資産運用会社に変わった。

株主への株式の分配状況からは合併前のスタンダードライフの価値は合併前のアバディーンの価値の2倍と判断されたことがわかる。スタンダードライフはアバディーンよりも経営内容が安定しており、苦境にあったアバディーンに安定性をもたらしたと評価された。
2) スタンダードライフアバディーンは、保険子会社スタンダードライフをフェニックスグループに売却
・2018年2月、合併から半年後、スタンダードライフアバディーンは、スタンダードライフ(英国と欧州の生命保険ビジネス)をフェニックスグループに売却する意向を発表し、生命保険・年金事業から資産運用事業へのウエイト転換を鮮明にした。

・2018年9月、スタンダードライフの売却が完了した。同時に、フェニックスグループとスタンダードライフアバディーンは長期戦略的パートナーシップを締結した。

・2021年2月、スタンダードライフアバディーンが、「スタンダードライフ」という名称の売却または使用中止を検討していると発表した。

・2021年4月、スタンダードライフアバディーンは、スタンダードライフの名称をフェニックスグループに売却した。

・2021年7月、スタンダードライフアバディーンは、ブランドをabrdnに変更した。「アバディーン」と発音される。フェニックスグループは買収したスタンダードライフのブランド名を「スタンダードライフ パートオフフェニックスグループ」とした。
 
生保事業を売却したことのグループへの効果については、アバディーンはプレゼンテーションの中で、「世界トップクラスの投資会社構築に向けた戦略的進展」、「事業全般にわたる変革の勢いが増す中、資本集約的な保険事業をフェニックスグループに売却し、成熟した保険ブックを売却したことによって、事業とバランスシートが簡素化され、資本負担の軽い事業への転換が完了」、「投資会社のビジネスモデルへの注力を強化」等としている。

資産運用会社の軒を借りて母屋を取った感はあるが、英国生保市場での生保事業の遂行を資本負担の重い事業と見なしていることがよくわかる案件である。
(2) 英国・欧州の生保事業と資産運用事業を切り離した後、米国の事業を切り離して、アジア・アフリカに事業を集中しつつ、英国を本拠とし続けるプルデンシャルplc  英国生保市場で事業を行うプルデンシャルは切り離された側の生保会社となっている
プルデンシャルは、2009年頃からアジアへの拡大を積極的に進めた結果、アジア事業は、全体業績の内の大きな部分を占めるまでに拡大した。

プルデンシャルグループは、英国及び欧州の生保・年金事業、英国の資産運用事業(M&G)、アジアの生保事業、米国の個人年金事業(ジャクソン)という事業領域で構成されていた。

プルデンシャルは、長期的な株主価値を最大化するため、事業間の資本配分を厳格に行うアプローチを維持し、グループの事業構成を定期的に見直してきた結果として、2019年10月に英国・欧州の生保年金事業と英国資産運用事業(M&G)を切り離し、その後2021年9月に米国事業を切り離した。この間の主な動きは、以下の通りである。
1) グループをアジア・米国を事業領域とする本体グループと英国・欧州の生保事業と英国の資産運用事業を行うグループに分割し、後者を切り離した(2019年)
・2017年、英国および欧州の保険事業を担当していたPrudential UK & Europeと主に英国で資産運用を担当していたM&Gを統合し、M&Gプルデンシャルを形成した

・2018年3月、M&Gプルデンシャルをプルデンシャルグループから分離する意向を表明した

・同じく2018年3月、アニュイティのクローズドブックをロスシーライフに売却することを発表した(この取引は裁判所の承認を得ることに難航し、2021年12月に完了した)。この取引は、英国・欧州の保険事業及び資産運用事業に注力するM&Gプルデンシャルは、資本賦課の少ないビジネスモデルに傾注していくとする戦略の一環として行われた。

・2019年10月、M&Gプルデンシャルの分離が完了した。M&GプルデンシャルはM&G plcとなり、M&G plcは2019年10月21日にロンドン証券取引所に上場した

・2021年4月、M&G plc内の生保会社プルデンシャル・アシュアランス・カンパニー・リミテッドは、同社がもはやプルデンシャルplcグループとは無関係であることを明確にし、M&G内のブランドであることの認知を図るため、同社の事業を「プル パートオフM&G plc」としてリブランディングすると発表した。
M&Gプルデンシャル切り離し後のプルデンシャルplcの事業構造と適用を受ける健全性監督の変更
M&Gプルデンシャルを切り離した後も、プルデンシャルは本社を英国ロンドンに置き続け、株式は、ロンドン証券取引所(LSE)および香港証券取引所(HKSE)の上場有価証券の主要市場で引き続き取引され続けている。

プルデンシャルグループは、アジア担当のプルデンシャル・コーポレーション・アジア(PCA )の下で、アジア・アフリカ市場での生保・資産運用事業に注力するとともに、ジャクソンナショナルが米国でリタイアメント市場に注力する形となった。
【グループに対する財務健全性監督当局の変化】
M&Gプルデンシャルの分離が完了するまでの間は、英国のプルデンシャル規制機構(PRA)が、プルデンシャルグループのグループ全体の健全性に関する監督者であり、プルデンシャルグループはソルベンシーIIの規則および資本要件の対象となっていた。

M&Gプルデンシャルの分離が完了した後のプルデンシャル・グループの健全性監督は、香港保険公社 (HKIA)が担うこととなった。分離後のプルデンシャルグループは、ソルベンシーIIの資本賦課の対象外ともなった3

一方、分離された側のM&Gプルデンシャル・グループは、引き続きプルデンシャル規制機構(PRA)の健全性監督の対象であり続け、ソルベンシーIIの適用を受け続けている。
 
3 2019年9月25日付け株主宛説明文書(circular)『プルデンシャルグループからのM&Gグループの分離提案および総会の通知』より
2) 米国ジャクソンナショナルの切り離し(2021年)
英国・欧州の生保事業を切り離した後の、次のステップは、米国事業とアジア事業を分離することであった。
 
・2020年8月11日、プルデンシャルは、ジャクソンナショナルを分離する意向を発表した。

・2021年1月28日、プルデンシャルは、取締役会でジャクソンナショナルを分離する意向を確認し、発表した。

・2021年9月13日、ジャクソンナショナルの分離が完了した。

・2021年9月20日、ジャクソンナショナルの株式がニューヨーク証券取引所で取引開始された。
 
ジャクソンナショナルを切り離したことにより、プルデンシャルplc.グループは、高い成長が見込まれるアジアおよびアフリカの生命保険、医療保険、資産管理市場に特化したグループへの転換を完了した。

さいごに

さいごに

以上、近年の英国生保市場の動向を見てきたが、英国の生保会社は、その収入保険料のほとんどを年金事業から獲得していた。

企業年金分野での、リスク移転取引は保険料のロットも大きく、保険料収入の増加に大きく貢献するものであるだろう。

ムーディーズ、フィッチ、AMベストなどの格付け機関や調査機関は、概ね、英国の生保市場の2024年の見通しを堅調と見ている。その主な根拠は、やはり、職域における確定拠出年金ビジネスが引き続き好調であると見込まれることと、企業年金のリスク移転取引がいっそう拡大することが予想されることである。

英国のEUからの離脱がEUベースの金融規制からの自由を英国に与えたことを受けて行われたソルベンシーII規制の英国仕様ソルベンシーUKへの修正で実施される非上場資産への投資や長寿リスクの取扱いに関する基準の緩和も年金事業への傾斜を促すと予想されている。

ただし、企業から生保会社への確定給付年金に伴うリスク移転は、生保会社から見れば新たな収入源ではあるが、国全体で見れば、新しい年金が増えているわけではなく、企業が確定給付年金から撤退することによるマイナスを防いでいるという意味でしかないことは、やや不思議な感じがする。

英国生保市場の大手会社の過半が、年金リスク移転や対生命保険会社のクローズドブック統合に特化した生保会社となった。それら特化会社の背後には、プライベートエクイティ会社や投資手法に優れた資産運用会社等もあることは、投資商品の側面が強い年金が主業であるマーケットにおける参入の容易さ、競争の激しさを感じることができるだろう。

プロテクション商品分野では、当該分野で英国市場への切込みを図っていた外資系生保会社の事業縮小や撤退が見られはじめており、彼らからクローズドブックを買い取る形で、伝統的な大手生保会社にプロテクション商品事業が集約されつつある。この動きは、プロテクション商品事業の範囲を狭め、英国におけるプロテクション商品の将来の発展があまり見込めないということであるようにも思われる。

AMベストは、英国生保市場で、年金リスク移転事業が主流のビジネスとなる流れの中で、生保会社の販売活動が対企業の取引に限定されつつあることに問題提起し、生保会社が年金以外の貯蓄商品等からの撤退を急いだ結果、英国生保会社のリテールにおける存在感が著しく低下しているとしている。

英国生保会社の保険料収入は当分、安定的な高収入が見込めそうであるが、事業の永続性の観点からは、一面の不安感を感じざるを得ない。

こうした市場の展開の中で、スタンダードライフ、プルデンシャルというかつての最大手生保会社が、英国の生保マーケットに見切りをつけるように、資産運用事業へ、アジア、アフリカへと、方向転換していったことは、たいへん示唆に富むようにも思われる。

わが国においても、年金事業が重要であることは論を待たないが、仮に将来的に英国型の生保経営、市場構造の変化があり得るとすれば、それを良しとするのか、熟考が必要と思われる。

さいごに、スタンダードライフ、プルデンシャルの事業形態の見直しの背景に、アクティビスト株主の存在があったと言われることにも注意が必要であろう。近年、保険会社がアクティビストの標的になる事例が米国や英国で散見される。こうした動きの波及にも留意していくべきと思われる。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2024年03月13日「基礎研レポート」)

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