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コラム
2024年02月22日
米中対立が激しさを増す昨今、日本企業は中国との距離感の在り方を再考し始めている。これまでは、世界平和の下で経済グローバル化が進むことを前提としてきたが、それが崩れる恐れがでてきたからだ。G7広島サミット(2023年5月)では、「デカップリング」は回避すべきとしたものの、中国への過度な依存を放置するのは危険との認識で一致し、「スモールヤード・ハイフェンス」の「デリスキング」で合意した。この考え方の下、今後は中国リスク削減のプロセスが進展していくと見られる。但し、「ハイフェンス」を築かなければければならない事業もあれば、そうでない事業もある。
日本政府が新たに「スモールヤード」に位置付けた高性能な半導体製造装置はハイフェンスを築かなければければならない「ブラックゾーン」と言えるだろう。日本政府は2023年5月23日、国際的な平和及び安全の維持の観点から、高性能な半導体製造装置に関する23品目を輸出管理の対象に加えることとした(図表-1)。日本においては、武器や軍事転用可能な貨物・技術が、国際社会の安全性を脅かす国家やテロリストなどの手に渡ることを防ぐため、安全保障貿易管理による規制を行なっており、外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき実施している。貨物の輸出に関しては輸出貿易管理令、技術の提供に関しては外国為替令により、それぞれ許可・承認を必要する貨物・技術を定めて規制している(リスト規制1)。さらに米国の輸出管理法・輸出管理規則(EAR)による規制もある(「米国再輸出規制」の域外適用)。このように日本政府が明確に規制対象としているモノや技術に関しては、日本企業は「迂回輸出」も含めてハイフェンスを築いていく必要があるため、世界各地に跨るサプライチェーンの隅々まで目を光らせて管理することが求められている。この点、三菱電機が取り組む「サプライチェーンの可視化」がとても参考になると思料する2。
一方、日本政府がスモールヤードに位置付ける可能性がほとんどない、「ホワイトゾーン」と言える事業もある。例えば、個人消費に関連する事業、農林水産物の輸出、インバウンド消費などが挙げられる。中国とは地理的に近く文化的にも共通点があるため、ローソンやサイゼリヤなど多くの小売飲食業が中国で店舗展開しており、日本の農林水産物輸出(1.3兆円余り)のうち約2割は中国向けで、中国人訪日客も多い(図表-2)。その半面、日中にはもめごとも多く、尖閣諸島国有化(2012年)や福島第一原発の処理水海洋放出(2023年)などで政治的対立が深まると、一気に販売が落ち込むことも少なくない。したがって、このホワイトゾーンの事業に関しては、今後も長期的には個人消費に期待できる上、不買運動が起きても数ヵ月で収束することがほとんどなので、そのオプチュニティに期待できるものの、過度な中国依存は避けた方が良いだろう。
そして、日本企業が営むその他大半の事業が、ブラックゾーンでもホワイトゾーンでもない「グレーゾーン」にある。グレーゾーンが大半を占める背景には二つのことがある。ひとつは軍事転用可能なモノの範囲がかなり拡がる恐れがあることである。ロシアがウクライナ侵攻で多用するドローンのようなものであれば民生目的で一般に出回るドローン・エンジンでも製造できるし、レイモンド米商務長官が2022年5月にウクライナ側からの報告として明らかにしたように、「ロシア軍の戦車を調べた際、食洗器や冷蔵庫から取り出した半導体が使われていた」こともあり、軍事転用可能なモノの範囲がさらに拡がる可能性が排除できない。もうひとつは米国政府が指向するハイフェンスと日本政府などが考えているそれとには温度差があることである。欧州諸国や日本の政府、そして世界のグローバル企業は、スモールヤードを安全保障上必要な最低限に止めようとしているのに対し、米国政府は対中競争法案の第2弾の検討を始めるなどその範囲を拡げようとする動きがある。
このグレーゾーンの事業において、米国政府の動きを軽視し、中国オプチュニティを追求すべく積極投資を続けていると、日本政府が米国政府からの圧力を受けて当該事業がブラックゾーンに指定される事態となった場合、事業計画は台無しになってしまう。一方、米国政府の動きを重視して中国リスクを削減すれば、それは確かに安全だが、米国を含む世界のグローバル企業に中国市場におけるシェアを奪われ、中国オプチュニティをみすみす逃すことになりかねない。現状では、米国政府の動向や、それに対する欧州諸国や日本の政府の反応、さらにはグローバル企業の動向を見極めていくしかなく、グレーゾーンの中国事業を抱える経営者は極めて難しい決断を迫られている。日本政府にはそうした経営者に助け舟を出して欲しいと思う。ブラック、ホワイト、グレーそれぞれのゾーンに関する日本政府としての考え方を示すのが良いだろう。本来的にはグレーゾーンは無い方が望ましいが、現実的には同盟関係にある米国から強い要請を受ければブラックゾーンにせざるを得ない事業もあり得る。それでも米国からの強い要請を受けても譲らない一線が分かるだけで助け舟となるだろう。
1 リスト規制にない品目でも安全保障上の観点から許可をとることが求められる「キャッチオール規制」がある
2 サプライチェーンの可視化の概要は下記URL、2023年ニッセイ基礎研シンポジウム「中国をどう理解し、どう向き合うか」を参照。
https://www.nli-research.co.jp/files/user/publicity/event/2023_shiryou.pdf?site=nli
このグレーゾーンの事業において、米国政府の動きを軽視し、中国オプチュニティを追求すべく積極投資を続けていると、日本政府が米国政府からの圧力を受けて当該事業がブラックゾーンに指定される事態となった場合、事業計画は台無しになってしまう。一方、米国政府の動きを重視して中国リスクを削減すれば、それは確かに安全だが、米国を含む世界のグローバル企業に中国市場におけるシェアを奪われ、中国オプチュニティをみすみす逃すことになりかねない。現状では、米国政府の動向や、それに対する欧州諸国や日本の政府の反応、さらにはグローバル企業の動向を見極めていくしかなく、グレーゾーンの中国事業を抱える経営者は極めて難しい決断を迫られている。日本政府にはそうした経営者に助け舟を出して欲しいと思う。ブラック、ホワイト、グレーそれぞれのゾーンに関する日本政府としての考え方を示すのが良いだろう。本来的にはグレーゾーンは無い方が望ましいが、現実的には同盟関係にある米国から強い要請を受ければブラックゾーンにせざるを得ない事業もあり得る。それでも米国からの強い要請を受けても譲らない一線が分かるだけで助け舟となるだろう。
1 リスト規制にない品目でも安全保障上の観点から許可をとることが求められる「キャッチオール規制」がある
2 サプライチェーンの可視化の概要は下記URL、2023年ニッセイ基礎研シンポジウム「中国をどう理解し、どう向き合うか」を参照。
https://www.nli-research.co.jp/files/user/publicity/event/2023_shiryou.pdf?site=nli
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(2024年02月22日「研究員の眼」)
三尾 幸吉郎
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