コラム
2024年02月08日

聖地巡礼から気付くこと~地元民のための地元の聖地化に必要な創作の力~

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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郷里の山梨県に、巡礼スポットがあることを知ったのはごく最近のことだ。「スーパーカブ」1、「ゆるキャン△」2といった作品に接してである。アニメ「スーパーカブ」を観ると、「ああ、あそこだ」と、なるほど見覚えのある風景が登場する。そして、そのような場所に全国から、いや海外からも巡礼者が多数詣でるという。

興味深いのは、作品は2次元であるのに、そこに描かれたリアルな場所に、わざわざ出かけて行くことだ。これは筆者が思うに、作品から得た感動を「肉体化」する行為であろう。肉体化するとは、日頃頭で感じていること、つまり精神的な体験を、身体全体で体感しようとする行為、あるいは、ファンとしての姿勢を身体で表現する行為と言い換えることができる。

アニメやマンガ作品を観て肉体化しないといられないファンが多数いて、実在する場所があるからこそそれができる。優れた物語があれば、どのような場所であろうと聖地になり得て、人が訪れる可能性があるということだ。だからこそ、地域活性化や観光振興という面からも期待されているし、実際、そのような効果を得ている地域もあるという。もしかしたら、作品の舞台となる地域が被災しようものなら、いち早く災害ボランティアとして駆け付けるファンもいるかもしれない。

だが、筆者が注目したのはそこではない。重要なのは、アニメやマンガファンでなくても、実は誰もが肉体化欲求を持っているのではないかという点である。その地域との何らかの接点があって、そこに物語が介在すれば、聖地とは言わないまでも、地域に愛着を持つことができる。愛着があれば、肉体化欲求が発露されて、リアルな行動につながる。そんな可能性を感じさせてくれる。

そして、筆者のようにまちづくりに携わる立場からすると、誰にとっても最も接点が濃いはずの、自身が暮らす地域にこそ、それが向けられるべきだと思う。地元民のための地元の聖地化である。

聖地巡礼は、アニメやマンガ作品を愛するファンが、自身にはゆかりがない場所であっても、作品を通じて愛着を感じ、現地に赴くという行動形態である。これに対し、地元民のための地元の聖地化は、自身が暮らす地域に愛着を感じる住民が、地域に目を向け何らかのまちづくりにつながる行動を起こすというものだ。それを期待したい。

どうすれば、自分が暮らす地域に愛着を感じる住民を増やすことができるだろうか。先行研究によると、地域への愛着は、「日常生活圏における他者との共有経験によって形成される地域を支持する意識」3としている。この概念からは、日頃から地域住民との関わりが多い人ほど、地域への愛着を有しているように思われる。しかし、日常生活を他者のサポートを受けずに、自分と家族で無理なく過ごすことができる都市部の人間にとっては、地域住民との関わりがなくともまったく問題なく暮らすことができる。従って、能動的に関わりを持とうとしない限り、愛着を感じるのは難しいと言えよう。

別の先行研究4では、地域への愛着は、地域への肯定的な印象から形成されるとして、土地や文化、そこにいる集団への肯定的な印象が地域への愛着形成に大きな影響を与えていると指摘する。日常生活の中で、そこに暮らす人々と接することから得られた好意的な体験、暮らしやすいと感じる環境や気候風土、興味をそそられる歴史や文化、人々の日々の営みから生まれた誇れる出来事、などといった経験や知り得た情報が地域に対し肯定的な印象を与え、それが蓄積されて愛着が育まれていくのではないかと推測する。

これは、聖地巡礼にも当てはまる。作品を通じて自身にとってゆかりのない土地や場所に肯定的な印象を与えていると考えられる。ここで改めて気付くのは、物語の存在である。作品の物語(ストーリー)がファンと舞台となる地域や場所を結び付けたように、地元民と地元を介在する物語が、その結びつきを強める役割を果たすのではないか。

肯定的な印象を与えた経験や情報を、個人の記憶に残しておくだけでなく、単に記録にとどめておくのでもなく、物語にすることでより強く印象づけられ、かつ地域住民同士で共有することが可能になる。さらには、将来にわたって伝承されやすくなるようにも思われる。優れた物語であれば愛着の輪が広がり、地元民のための地元の聖地化に近づくのではないだろうか。

そして、優れた物語には、創作の力が必要である。おそらく、どこの地域であっても、題材となる物、事、人はいくらでも埋もれているはずだ。創作の力があれば、それを掘り起こすことも容易になろう。創作は必ずしもアニメやマンガでなくてもよい。例えば、筆者の子が通った幼稚園の園庭には大きく象徴的な樹木があり、それを育てた人と園の由縁を伝える物語が、園児の保護者によって絵本として創作されている。子が通っていた頃の思い出と共にこの絵本の記憶が、幼稚園のある環境を好ましいと今も感じさせてくれている。これが地域への愛着と言えば、そうだろうと思う。

課題は、創作の力をどこから、誰が、どうやって引き出してくるかだ。まちづくりに携わる者として、これからそこに向き合わなければならないと感じ始めている。それも聖地巡礼が気付かせてくれたのである。
 
1 原作はトネ・コーケンの小説、イラスト:博、出版:KADOKAWA。アニメ製作:ベアモータース、制作:スタジオKAI。漫画:蟹丹、出版:KADOKAWA
2 漫画、著作:あfろ、出版:芳文社。アニメ製作:野外活動サークル、野外活動委員会 他、制作:C-Station 他
3 「公衆衛生看護のための“地域への愛着”の概念分析」大森純子(東北大学大学院医学系研究科保険学専攻)他、日本公衆衛生看護学会誌 JJPHN Vol.3 No.1 (2014) より抜粋引用。
4 「地域に対する愛着形成の心理過程の検討」引地博之(東北工業大学大学院工学研究科土木工学専攻)、青木俊明、土木学会景観・デザイン研究講演集 No.1 December 2005
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社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

(2024年02月08日「研究員の眼」)

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