コラム
2024年01月04日

新NISAは消費を増やすか、減らすか?

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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前回のコラムでは、インフレが実体経済(消費など)にどのように影響するかは単純ではなく、消費の押し上げ要因にも押し下げ要因にもなり得るという話題を取り上げた1。本稿では、24年から新制度となるNISA(「新NISA」)が実体経済にどのように影響するか考えて見たい。結論から言えば、インフレと同様に新NISAが実体経済に及ぼす影響も単純ではない。

NISAは株式や投資信託の運用から得られる収益を(一定額まで)非課税にする制度であり、実体経済とは関係がないと考える人もいるかもしれない。しかし、実体経済活動と資産運用はコインの表と裏のように密接に関係している。個人の行動で言えば、実体経済の活動(主に労働)から得た収入(主に労働所得)のうち、消費や実物投資(主に住宅購入)として使われなかったお金が資産運用(例えば、株式の購入)にまわるからである2
 
新NISAは、株式や投資信託といった金融商品での運用の魅力を高める制度である。具体的には、年間で360万円(つみたて投資枠が年間120万円、成長投資枠が年間240万円)、総枠で1800万円(うち成長投資枠1200万円)まで、対象となる金融商品から得られた収益(分配金や売却益)が非課税となる。

所得が多く、十分に運用資金を拠出できるという家計であれば、この枠いっぱいまで新NISA口座で運用すれば、非課税メリットを最大限享受できる。所得がそれほど多くないという家計も、余剰資金を新NISAで運用すれば非課税メリットを得られるが、枠上限に到達しない場合、消費や実物投資を減らして運用資金を増やし、新NISAから得られる非課税メリットを増やそうとするインセンティブが生まれる。新NISAは非課税期間が無期限であり、早期に金融資産を保有して長期間運用するほどそのメリットは大きくなりやすい(長期に保有すればするほど、非課税となる収益が増加しやすい)3。そのため、新NISAが始まった直後から、できるだけ多くの金額をこの枠で運用したいと思う人がいるかもしれない。

前回のコラムでは消費増税の例を示した(消費税率引き上げでは、前倒し消費をすることで消費者は増税のデメリットを避けられる=メリットを得られる)が、今回はその逆(消費を後倒しして新NISAでの運用にまわすことで、非課税のメリットが得られる)と言える4。新NISAが開始されたことで、不要不急の消費を後倒して運用資金を拠出する人もいるかもしれない。

家計調査によれば、2人以上の勤労者世帯が金融資産の運用にまわしているお金(金融資産純増額)は月々約17万円(22年の平均)5である。新NISAの投資枠は年360万円であり、月平均でみれば1人あたり30万円分の枠がある。(18才以上の)2人世帯であれば、60万円の枠が利用できるが、日本人は平均的にはそれほど高額のお金は運用にまわしていないことになる。つまり、借入をせずに月々の所得を新NISAの運用にまわし、そのメリットを最大限享受しようと思った場合、節約が必要となる。

ただし、マクロで見た場合、多くの家計が節約を行うと、むしろ経済活動水準が落ちて、所得も減ってしまうという現象も起こり得る。これは、「合成の誤謬」の典型例として知られる6

端的に言えば、新NISAの開始を受けて、多くの家計が金融資産の運用のために節約をしようと考えるのであれば、むしろ経済全体の消費が低迷し、実体経済の活動も鈍化する可能性がある(さらに、「合成の誤謬」により、マクロでみた資産運用資金が増えるとも限らない)。
 
一方で、すでに預金や非NISA口座で金融資産を運用している(つまり、すでに金融資産を多く保有している)という家計であれば、節約しなくても、保有している金融資産の一部を新NISAに振り替えることができる。日本の家計は2000兆円以上の金融資産を保有している(その過半が現預金である)ことから7、マクロで見た家計の金融資産保有額は多い。また、家計調査によれば2人以上世帯で見て平均値で約1900万、中央値で約1200万円の金融資産を保有している(22年)8。新NISAの非課税保有限度額1800万円(2人で3600万円)と比べると少ないものの、当面は既存の金融資産を振り替えることで、新NISAのメリットを最大限享受できる9。新NISAの利用により、将来に得られると期待される資産運用収益が非課税分だけ増加すれば、生涯所得が増える。現在の消費量が生涯所得に比例するという「ライフサイクル仮説」によれば、生涯所得の増加は現在の消費量を押し上げる10。加えて、株式や投資信託の購入需要が増加することで、金融資産の価格が上昇する可能性もある11。これも消費を刺激する可能性があり、「資産効果」と呼ばれる12
 
上記で見た消費を減少させるケースや、増加させるケースはいずれも極端な状況を想定したものであり、どちらの効果が大きくなるかは、一概には言えない。いずれにしても、新NISAでは優遇内容がかなり拡充され、報道も多く、注目度が高い。個人投資家から見ると恩恵の多い改善だが、その実体経済への影響を想像することは、面白い頭の体操にもなる。新NISAの利用動向は、マクロ経済の視点から注目である。
 
1 高山武士(2023)「インフレと消費」『研究員の眼』2023-12-05
2 マクロ経済の用語としては、一般的に所得から消費を除いたものを貯蓄と呼び、単に投資と言った場合は実物投資(固定資本形成)を指す。そして、貯蓄から投資を除いたもの(つまり所得から消費や実物投資を除いたもの)が、金融資産として運用される(マイナスの場合は資金調達によりまかない、金融負債となる)。一方で、「貯蓄から投資へ」として良く知られるスローガンは、金融資産のうち銀行預金として保有されている資産をそれ以外の(主にリスクのある)金融資産に振り向ける、という意味で使われ、マクロ経済で使われる貯蓄や投資とは意味が異なる。こうした意味の混同を避けるため、本稿では貯蓄や投資という言葉は極力使わないようにする。
3 例えば、熊紫云(2023)「長期投資におけるリターンとリスク-長期投資では年率リターンと年率リスクで判断してはいけない」『基礎研レポート』2023-12-22
4 税引き後の運用利回りの上昇を実質利子率の上昇と捉えれば「異時間点の代替効果」により消費が将来に先送りされることに相当する。
5 預貯金純増、保険純増及び有価証券純購入を合わせた金額。なお、コロナ禍前の19年も平均約17万円で22年とほぼ変わらない。
6 例えば、ブリタニカ国際大百科事典小項目辞典の「合成の誤謬」の説明は以下の通り。「個人(もしくは部分)にとって真実であることは、集団(もしくは全体)にとっても真実であると誤って認識することをいう。たとえば、個人が貯蓄を増やそうとするミクロ的行動は、マクロ的には貯蓄量を増加させるとはかぎらない。個人が余分に貯蓄しようという行動は、社会全体の貯蓄関数を上方にシフトさせるが、それは消費を低め、社会の有効需要を減らし、経済活動水準を低下させて所得水準を減少させる。貯蓄の基になる所得水準が低下するのだから、貯蓄が増えるとはかぎらない。特に、投資が所得の変化により誘発される度合いが大きい経済では、社会全体の貯蓄は減少することになる。」なお、ここでの貯蓄はマクロ経済学の言う、所得から消費を除いたものである。
7 上野剛志(2023)「資金循環統計(23年7-9月期)~個人金融資産は2121兆円と過去最高を更新、家計の投資が活発化」『研究員の眼』2023-12-20
8 総務省「家計調査報告(貯蓄・負債編)」の2022年平均結果(二人以上の世帯)の貯蓄現在高。中央値は貯蓄現在高がゼロの世帯を除いている。家計調査における貯蓄は、「貯金や株式、保険などのことで、世帯がいざという時のために蓄えているお金」のことを指し、本稿でいう金融資産に相当する(上記脚注2の貯蓄とは意味が異なる)。
9 ただし、若年層は金融資産の保有が少ないため、金融資産の振り替えには限界があると見られる。例えば、坂田紘野(2023)「家計金融資産の日米比較~なぜ日本は現金・預金が多いのか~」『研究員の眼』2023-12-21
10 税引き後の運用利回りの上昇を実質利子率の上昇と捉えれば「所得効果」により消費が増加することに相当する。
11 この論点については、前山裕亮(2023)「新NISAは日本株の追い風になるのか」『研究員の眼』2023-11-21を参考。
12 ライフサイクル仮説においては、実質利子率の上昇により将来所得の割引現在価値が低下する効果を資産効果と呼ぶことがあるが(例えば、宇南山卓(2023)「現代日本の消費分析:ライフサイクル理論の現在地」(第3章))、ここでは単純に金融資産の評価額が消費に与える影響のことを指している。
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2024年01月04日「研究員の眼」)

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