2023年12月27日

EUにおけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向2023-EU理事会と欧州議会がソルベンシーIIのレビューとIRRDについて暫定合意

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1―はじめに

ソルベンシーIIのレビューに関しては、2019年2月11日のEC(欧州委員会)からの助言要請1を受けて、EIOPA(欧州保険年金監督局)が検討を行い、2020年12月17日に、ECにソルベンシーIIレビューに関する最終意見2を提出した。また、ECは、EIOPAの最終意見を踏まえて、検討を進めてきたが、2021年9月22日に、影響評価を含めて、ソルベンシーIIのレビューの提案内容を公表3した。

ここまでの動向については、これまでのレポートで報告してきているが、例えばEIOPAの最終意見の内容については、保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関する意見をECに提出(1)(10)」(2020.12.28~2021.3.15)において、ECの提案の内容については、保険年金フォーカス「欧州委員会がソルベンシーIIのレビューに関する提案を公表--提案の全体概要と関係団体等からの反応-」(2021.10.15)及び保険年金フォーカス「欧州委員会がソルベンシーIIのレビューに関する提案を公表-提案の具体的内容とその影響-」(2021.10.22)で報告した。

ECは2 つの立法提案(ソルベンシーII指令の改正(以下(1)~(5))とIRRD(保険再建・破綻処理指令)((6)))を行っているが、その後、ECの提案内容については、EU理事会や欧州議会での検討が行われてきた。欧州連合理事会は2022 年6 月17 日に欧州委員会の提案に関する見解に同意している。また、2023 年7 月に、欧州議会のECON(経済通貨委員会)は、ソルベンシーII規則の改正と、保険会社の再建・破綻処理に関する新たな指令IRRDを承認しているが、いくつかの点で欧州員会の案とは異なる提案となっていた。これを受けて、トリローグ(三者対話)4が行われてきた。

今回、EU理事会は、2023年12月14日に、EU理事会と欧州議会が暫定合意したとの発表5を行った。これにより、この暫定合意内容が最終決定され、ソルベンシーIIの「レベル1」、即ち指令の改正内容が決定されていけば、その後は、「レベル2」の委任規則の規定内容等が検討されて、詳細が決定されていくことになる。これらが順調に検討されて、EUレベルでの改革内容が最終決定されていけば、その後は各加盟国が2025 年6 月30 日までにこれらの改革を採択していくことで、2026 年1月1日から改革の内容が適用されていくことになる。

今回は、このEU理事会と欧州議会の暫定合意内容について、EU理事会による公表内容等に基づいて報告する。併せて、この暫定合意内容の発表を受けての保険業界団体のInsurance Europeの反応についても報告する。

2―EU理事会の公表による今回の暫定合意内容について

2―EU理事会の公表による今回の暫定合意内容について

EU理事会は、2023年12月14日に、EU理事会と欧州議会(以下、それぞれ「理事会」、「議会」という)は、保険分野におけるEUの主要な法律であるソルベンシーII指令の修正と新たな保険再建・破綻処理指令(IRRD)について暫定合意に達した、と公表した。ここでは、理事会のプレスリリース資料等に基づいて、その概要を報告する。
1|今回の暫定合意内容の概要とその効果
ソルベンシー IIに関する新しい規則は、欧州の企業に長期の民間投資資金を提供する上で、保険及び再保険セクターの役割を強化する。同時に、保険契約者をより適切に保護するために、保険業界のレジリエンスを高め、将来の課題に備えることができるようにする。

この二重の役割により、このセクターは資本市場同盟の達成、グリーン及びデジタル移行への資金提供、及び新型コロナウイルス感染症パンデミックからの欧州経済回復に貢献できる。

保険再建・破綻処理指令(IRRD)の目的は、EU内の保険会社と関連当局が、重大な苦境に陥った場合に、国境を越える場合も含めて、危機的な状況において、十分に早期かつ迅速に介入できるように、より良く備えておくことを確実にすることにある。これにより、経済、金融システム、納税者の資金への依存を最小限に抑えながら、保険契約者が保護されることになる。

なお、ソルベンシーIIに関する新しい規則は、2026年1月1日までに発効し、保険再建・破綻処理指令(IRRD)は2026年1月1日から施行されることが予定されている。

ソルベンシーIIに関する新しい規則には、イールドカーブの補外の計算方法の改訂やボラティリティ調整の改正、リスクマージンの改革等に加えて、比例性の拡充による小規模保険会社のコンプライアンス負担の軽減が含まれているが、一方で欧州グリーンディールへの適応としてのサステナビリティリスクへの対応のための新しいルールが含まれている6

EIOPAの最新の試算によると、この改革により 400 億ユーロ以上の資本が放出される予定である。 なお、資本放出の多くはリスクマージンの改革によるものである。リスクマージンの算出方法について、「修正資本コスト法」(新しい漸減パラメータであるλを導入して、予想される将来の資本要件の各年に与えられる重みを徐々に低下させていく手法)7と呼ばれる手法に変更され、資本コスト率も現行の6%から4.75%に引き下げられる。4.75%という数字は、欧州委員会の 5% 提案と欧州議会の 4.5% 提案の間の妥協点となっている。

暫定合意の内容は、理事会のプレスリリース資料に基づくと、以下の通りとなっている。
 
6 これらの具体的内容に関して、ECの提案内容の概要や欧州議会のECONの提案内容については拙著「ソルベンシー規制の国際動向―保険会社の資本規制を中心に【改訂版】」やP1で紹介した筆者による保険年金フォーカスにおいて、さらにはそれらの提案のベースになっているEIOPAの最終意見についても、P1で紹介した筆者による保険年金フォーカスで説明しているので、こちらを参照していただきたい。
7 こうしたリスクマージンの考え方や検討の経緯のうち、EIOPAの提案等については、保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関するCPを公表(8)-技術的準備金-」(2020.1.14)や保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関する意見をECに提出(3)-助言内容(技術的準備金、自己資本、SCR等)-」(2021.1.29)で、また、英国の財務省やPRAの考え方及びそれに対するABI(英国保険会社協会)の反応や分析等については、基礎研レポート「英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その4)-英国政府による協議文書と業界等の反応-」(2022.8.19)で報告しているので、参照していただきたい。
2|ソルベンシーIIの見直し

(1) 企業向け資金のチャネリング
この暫定合意は、保険会社に対し、特にグリーンディールに向けた経済のための長期資本への投資を奨励することになる。

(2) さらなるレジリエンスと安定性
この暫定合意は、長期保証措置を改善し、よりリスクに敏感にし、保険業界のレジリエンスを向上させ、制度に新たなマクロプルーデンス的側面を導入するものである。同時に、持続可能性が非常に重要な役割を果たすことになる。 

合意によると、より簡素化された均衡のとれたルールにより、柔軟性が確保され、特に小規模で複雑ではない保険会社の管理負担が軽減される。枠組みの強化により、保険会社と再保険会社の国境を越えた活動に関する各国監督当局間の連携も強化される。

(3) 消費者保護
理事会と議会は、監督当局間の協力強化を通じて、特に他国で保険を購入する場合の保険契約者の保護を改善した。消費者にもより良い情報が提供される。

(4) EIOPA
この暫定合意は、EIOPAに、多くの新たな任務、特に技術的基準の様々な要素、即ち加盟国における指令のより正確かつ調和のとれた実施を形作る二次立法、を精緻化すること、を割り当てている。

理事会と議会は、新しい規則が後の段階で委任法によって補完され、特に資本要件の観点からソルベンシーII健全性枠組みのバランスのとれた見直しが確保されることに合意した。
3|保険再建・破綻処理指令(IRRD
暫定合意により、保険会社を秩序ある方法で破綻処理させるための、欧州レベルでの新たな調和のとれた制度が導入されることになる。

理事会と議会は各国当局に早期介入のための予防権限を与えている。加盟国は、既存の当局内に、あるいは新たな独立法人として国家保険破綻処理当局を設立し、国境を越えた効果的な協力を確保し、EIOPAに調整の役割を与える必要がある。

暫定合意では、(再)保険会社及びグループに対し、先制的な再建計画を作成し、国家監督当局に提出することを義務付けられる。この要件は、それぞれの(再)保険市場の少なくとも 60% を代表する企業に適用される。なお、小規模で複雑ではない会社は、原則として、個別の先制的な再建計画要件の対象にはならない。さらに破綻処理当局は、それぞれの市場の少なくとも40%を占める保険及び再保険会社及びグループに対する破綻処理計画を策定する必要がある。

破綻処理当局には、調整的かつタイムリーな方法で破綻処理措置を実施する権限が与えられることになる。

暫定合意は、特に国境を越えた状況における破綻に対処するための破綻処理ツールと手順(償却と組織変更、ソルベントなランオフ、移管ツールを含む)を破綻処理当局に提供するものである。

暫定合意では、ツールの使用と手順にさらに詳細な条件が追加される。特に、償却と組織変更に関しては、保険契約者にとって不利な結果を避けるために、一部の負債がこれらのツールから除外される。さらに、資金調達の取り決めや保険保証制度に関連する見直し条項に関する具体的な規定も含まれている。

この合意は、枠組みが比例的で、保険セクターに対して調整されることを保証している。
(参考)IRRDの背景
保険会社の無秩序な破綻は、保険契約者、保険金受取人、被害者、又は影響を受ける企業に重大な影響を与える可能性がある。それは金融不安をさらに引き起こしたり増幅させたりして、実体経済全体に影響を与えたり、公的資金への例外的な依存を要求する可能性がある。

現在、保険会社を破綻処理するための欧州レベルでの統一された手順は存在せず、加盟国間に大きな違いがあるため、保険契約者と受取人の保護レベルが不均一となっている。

2021年9月22日、欧州委員会はソルベンシーII規則の包括的な検討パッケージの一環として、ソルベンシーII指令の修正案と保険再建・破綻処理指令(IRRD)の提案を理事会に送付した。

銀行の場合とは異なり、IRRD は、保険セクターが、潜在的な損失を吸収するための自己資本や適格負債、あるいは保険セクターが資金提供するEU 全体の単一破綻処理基金を有するというような最低要件を想定していない。
4|次のステップ
暫定合意の文書は今後最終決定され、承認を得るために加盟国の代表と欧州議会に提出される予定である。承認されれば、理事会と議会は正式に文書を採択する必要がある。
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中村 亮一

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