2023年12月22日

東南アジア経済の見通し~輸出と製造業が持ち直して景気回復局面続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-2.タイ
タイ経済は7-9月期の成長率が前年同期比+1.5%となり、4-6月期の同+1.8%に続いて2期連続で1%台の低成長となった。昨年はコロナ禍からの経済活動の正常化が進む中、7-9月期には成長率が同+4.6%と加速したが、現在は成長ペースが大きく鈍化している(図表7)。

7-9月期は輸出と政府支出の低迷により成長率が低下した。財貨輸出(前年同期比▲3.1%)は世界経済の減速による外需の悪化やソリッドステートドライブ(SSD)の普及を背景とするハードディスクドライブ(HDD)の需要減退等が響いて低迷した。また政府消費(同4.9%減)は2022年のコロナ関連の医療費支出の反動により縮小した。投資(同+1.5%)は緩慢な伸びにとどまった。新政権の発足により政治の不透明感が和らいで民間投資(同+3.1%)が改善したものの、交通インフラの維持管理費用が減少するなど公共投資(同▲2.6%)が低迷した。一方、外国人旅行者数の増加によりサービス輸出(同+54.6%)が好調であり、観光産業の回復による労働市場の改善やインフレの沈静化等により家計の購買力が向上して民間消費(同+7.8%)が加速した。

先行きのタイ経済は、観光業の回復と新政権の景気対策により2023年内は内需を中心に持ち直し、2024年も回復傾向が続くと予想する。まず財貨輸出は世界的な製造業の調整局面が一巡して増加に転じると共に、中国人などを対象としたビザ免除措置によって外国人観光客数が増加してサービス輸出の持続的な回復が見込まれるが、世界経済の減速により財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなるだろう。民間消費は観光業の回復に伴う労働市場の改善、高インフレの沈静化、新政権の景気対策(1万バーツのデジタル通貨給付やエネルギー料金引き下げ、最低賃金の引上げ等)により家計の購買力が向上するため、堅調な伸びが続くとみられる。公共投資は2024年度予算の承認が遅れて短期的に停滞するが、予算執行が始まれば大きく加速してGDPを押し上げるだろう。民間投資はサービス業と公共投資の回復を受けて改善するが、一部製造業が伸び悩むこととなりそうだ。

金融政策はタイ銀行(中央銀行)が昨年8月以来8会合連続の利上げを実施、政策金利を0.5%から2.5%まで引き上げている(図表8)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比▲0.4%となり、新政権による電気料金と燃料価格の引き下げによりマイナス圏まで低下している。先行きのインフレ率は上向きに転じるが、需要サイドの要因による物価上昇が限定的なほか、エネルギー補助金の延長により中銀の物価目標圏内(+1~3%)で落ち着いて推移するだろう。金融緩和の政策余地はあるが、タイ中銀は先行きの景気回復を予想しており、利下げに踏み切る可能性は低い。2023年は政策金利を現行水準で維持すると予想する。

実質GDP成長率は2023年が+2.3%(2022年:+3.5%)と上昇するが、2024年が+3.5%に上昇すると予想する。
(図表7)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は昨年コロナ禍からの経済活動の正常化により2022年の成長率が前年比+5.3%(2021年:同+3.7%)と上昇したが、昨年10-12月期以降は鈍化傾向にあり、2023年7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比+4.9%と過去2年間で最も低い水準となった(図表9)。

7-9月期は輸出が落ち込み、景気減速に繋がった。財貨輸出(前年同期比▲6.9%)は石炭やパーム油など主力輸出品の価格下落や世界的な需要の低迷により落ち込んでいる。サービス輸出(同+43.1%)はインバウンド需要の回復により大幅な増加が続いたが、財輸出の落ち込みを相殺するには至らなかった。一方、内需は堅調に推移した。民間消費(同+5.06%)は好調だった前期の同+5.2%から小幅に鈍化したが、堅調な伸びを維持した。今年6月には新型コロナ対策として行っていた移動規制を廃止したほか、インフレ圧力が後退して実質所得の目減りが和らいだことも消費の追い風となったとみられる。また投資は同+5.8%(前期:同+4.6%)と改善した。金融引き締めや大統領選挙前の先行き不透明感から機械・設備投資(同▲1.0%)が減少したが、新首都開発で民間企業の開発事業が相次いで着工するなど建設投資(同+6.3%)により押し上げられた。

先行きのインドネシア経済は、2023年内は来年2月の大統領選を前に企業が投資を控えるものの、政府支出が拡大して堅調を維持し、2024年は企業が選挙結果を受けて投資を再開するため投資が回復して内需主導で景気がやや上向くと予想する。大統領選で当選した候補者はジョコ政権の政策路線を踏襲するものとみられ、選挙結果を受けて投資環境の悪化が意識されることはないとみられる。外需は世界的な製造業の調整局面が一巡して財貨輸出が底打ちするが、世界経済の減速によりインドネシアの主要輸出品である石炭やパーム油などの国際価格が停滞して緩やかな増加にとどまるだろう。同様の理由からサービス輸出の増勢は鈍化しそうだ。内需は民間投資の回復のほか、新首都「ヌサンタラ」の建設など公共投資(24年度予算のインフラ予算は前年度比+5.8%)が堅調に拡大するだろう。一方、消費は物価と雇用環境の安定に加え、政党による選挙関連支出の拡大により堅調を維持するが、金融引き締め策の継続により盛り上がりに欠ける展開となるだろう。

金融政策はインドネシア中銀が昨年8月から金融引締めに舵を切り、10月には米国の利上げ観測を受けて9ヵ月ぶりの追加利上げ(+0.25%)を実施、政策金利(7日物リバースレポ金利)を6.0%まで引き上げている(図表10)。しかし、11月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.9%と落ち着いてきている。物価の先行きは内需の底堅さから上向くだろうが、金融引き締めの影響により中銀の物価目標圏内(+2~4%)で安定して推移するだろう。インドネシア中銀は通貨安定を優先して当面は政策金利を据え置き、米国の利下げ転換を受けて来年半ばから利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2023年が+5.0%(2022年:+5.0%)と横ばいで推移し、2024年が+5.1%に小幅に上昇すると予想する。
(図表9)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表10)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済は昨年コロナ禍からの経済活動の正常化により実質GDPが前年比+7.6%(2021年:同+5.7%)と好調だった。昨年10-12月期以降は物価高と金利上昇に輸出低迷が加わり成長率が低下していたが、7-9月期の成長率は前年同期比+5.9%と回復した。もっとも成長ペースは昨年から鈍化しており、政府の通年の成長目標(+6.0~7.0%)の達成は難しくなっている(図表11)。

7-9月期は内需の回復が景気の持ち直しに繋がった。総固定資本形成(前年同期比+7.9%)は設備投資(同+1.7%)が鈍化したが、政府のインフラ整備計画の進展により建設投資(同+12.4%)が好調だった。また政府消費(同+6.7%)は昨年の大統領選実施に伴う支出拡大の反動で落ち込んだ前期の同▲7.1%から回復した。一方、民間消費は同+5.0%(前期:同+5.5%)と鈍化した。海外就労者の送金額の伸び悩みやインフレの高止まり、金融引き締め策が消費の減速に繋がったとみられる。外需は、外国人観光客数がコロナ禍前の7割弱の水準まで回復するなどサービス輸出(同+11.7%)が好調だったが、財貨輸出(同▲2.6%)の落ち込みを相殺するには至らなかった。

先行きのフィリピン経済は、2023年内は内外需の回復に時間がかかり景気の伸び悩みが続くだろうが、2024年はインフラ投資に支えられた内需主導の成長により景気がやや上向くと予想する。

外需は中国人観光客の増加によりサービス輸出の増加が続くと共に、世界的な製造業の調整局面が一巡して財貨輸出が底打ちするだろうが、海外経済の減速を背景に緩やかな増加にとどまるだろう。一方、輸入は底堅い成長が続くものと見込まれ、外需の成長率への影響は限定的となりそうだ。

内需は消費・投資の底堅い成長が続くと予想する。まず消費はインフレ鈍化により家計の実質所得の目減りが和らぐと共に、観光関連産業の持続的な回復により安定した雇用環境が続くため、堅調を維持するだろう。また2024年度予算案ではマルコス政権のインフラ整備計画「Build Better More」プログラムに1.4兆ペソ(前年度比+6.6%)が割り当てられており、公共投資の拡大は引き続き景気の下支えとなるだろう。設備投資は輸出の底打ちにより上向くが、積極的な金融引き締めの累積効果(累計利上げ幅4.5%)が重石となり勢いに欠ける展開となりそうだ。

金融政策はフィリピン中銀が昨年5月から段階的な金融引き締めを開始しており、今年10月にはインフレ再燃への警戒から+0.25%の緊急利上げを実施して政策金利(翌日物借入金利)を6.5%まで引き上げている(図表12)。しかし、11月の消費者物価上昇率は前年同月比+4.1%となり、今年1月の同+8.7%をピークに低下しているが、中銀の物価目標圏内(+2~4%)を若干上回る水準にある。先行きのインフレ率は金融引き締めの継続により物価目標の中央値である3%まで低下傾向を辿るだろう。フィリピン中銀はインフレの沈静化と米国の利下げ転換とを受けて来年後半から段階的な利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は2023年が+5.4%(2022年:+7.6%)と低下するが、2024年が+5.6%に小幅に上昇すると予想する。
(図表11)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表12)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は昨年、コロナ禍からの経済活動の正常化により、通年の成長率が前年比+8.0%(2021年:同+2.6%)と大きく上昇したが、昨年末以降は欧米市場の減速による輸出の落ち込みにより、貿易依存度の高いベトナム経済の成長ペースが鈍っている。2023年7-9月期の成長率が前年同期比+5.3%となり、2四半期連続で上昇した。政府の通年の成長率目標である6.0%~6.5%を下回る低めの成長にとどまっているが、回復の兆しが見え始めている(図表13)。

7-9月期はサービス業の拡大と製造業の回復により成長率上昇に繋がった。まずサービス業(同+6.2%)は外国人観光客数の増加による観光業の回復や景気刺激策により堅調を維持しており、景気の牽引役となっている。文化スポーツ(同+11.7%)や運輸・倉庫業(同+9.7%)、卸売・小売業(同+8.2%)、宿泊・飲食業(同+8.7%)が好調だった。またサムスン電子のスマートフォンの新製品発売により財貨輸出が底打ちするなど製造業(同+5.6%)が回復した。もっとも好調時には二桁成長を続いていたことを踏まえると、製造業は回復途上にあると言えるだろう。建設業(同+8.0%)は公共投資予算の執行加速により回復した。一方、不動産業(同▲1.0%)は昨年の金融引き締めを背景とした不動産市場の停滞により3期連続で減少した。

先行きのベトナム経済は、世界的な製造業の調整局面が一巡して財輸出の増加が続くなかで2023年内は持ち直しの動きが続き、2024年は金融緩和や海外直接投資の拡大、景気刺激策の継続により復調するだろう。多国籍企業のサプライチェーンを多様化する動きやシリコンサイクルの回復を背景に、1-10月累計の海外直接投資(FDI)の認可額は前年同期比+14.8%となり二桁増に加速している。製造業は輸出の底打ちも追い風に復調して2024年は景気の牽引役となるだろう。またベトナム中銀の追加利下げも予想され、停滞している不動産業の回復に向かうものとみられる。ベトナム政府は付加価値税の2%減税を2024年6月まで半年間延長し、同年7月には最低賃金の引上げ(平均+6%)が決まっている。サービス業はこうした政府の経済運営やインバウンドの持続的回復による観光業を中心とした雇用・所得環境の改善により堅調な伸びを維持するだろう。

金融政策は、ベトナム中銀が昨年9月と10月に累計+2%の利上げを実施したが、景気減速を受けて今年3月から政策金利を1.5%引き下げている(図表14)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比+3.4%となり、6月の同+2.0%から上昇している。先行きのインフレ率は勢いを欠く景気回復により政府の上限目標(+4.0%~4.5%)を下回って推移するだろう。ベトナム中銀は短期的に0.5%の追加利下げを実施、その後は2024年末にかけて政策金利を据え置くと予想する。

実質GDP成長率は輸出低迷により製造業が鈍化して2023年が+4.8%(2022年:+8.0%)と低下するが、2024年が+6.0%と上昇して政府の成長目標(+6.0%~6.5%)の下限に達すると予想する。
(図表13)ベトナムの実質GDP成長率(供給側/(図表14)ベトナムのインフレ率と政策金利
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2023年12月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

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