2023年12月15日

欧州経済見通し-インフレ低下も、早期の成長加速は見込めず

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.経済・金融環境の現状

(実体経済:7-9月期は再びマイナス成長に)
欧州経済1は、コロナ禍で大きく落ち込んだ後、回復基調を辿っていたが、ロシア・ウクライナ戦争の勃発を機にエネルギー価格が高騰、インフレの加速を受けて金融引き締めを積極化した昨年から停滞感が強まった。

ユーロ圏の7-9月期の実質成長率は前期比▲0.1%(年率換算:▲0.5%)となり、22年10-12月期(前期比▲0.1%、年率換算▲0.4%)以来のマイナス成長となった。主要国の成長率は、ドイツ前期比▲0.1%(前期:0.1%)、フランス▲0.1%(前期:0.6%)、イタリア0.1%(前期:▲0.4%)、スペイン0.3%(前期:0.4%)となった。

昨年夏(22年7-9月期)との比較である前年比でみると、ユーロ圏全体では0.0%となった(図表3)。つまり、GDP水準は景気減速懸念が強まった昨年秋とほぼ同じで、ほとんど成長していない。国別に見ると、大国ではギリシャやポルトガル、スペインと言った国が比較的高めの成長を実現したのに対して、オランダ、ドイツ、オーストリアが低迷している。
(図表3)ユーロ圏各国のGDP伸び率(前年比)/(図表4)ユーロ圏産業別実質付加価値・雇用(前年比)
産業別の付加価値伸び率を前期比で見ると、情報通信が前期比1.0%、芸術・娯楽・その他が前期比1.6%と高い伸び率を記録する一方、工業が前期比▲1.0%、農林水産が前期比▲0.9%で成長率の押し下げ要因になっている。前年比(図表4の横軸)でも情報通信(前年比4.0%)、芸術・娯楽・その他(前年比3.4%)が高い伸びとなる一方、工業が▲2.3%と大幅マイナスとなった。国別には、ドイツやイタリアの工業(建設除く)の低迷が全体の成長を押し下げている(図表5)2
(図表5)ユーロ圏の付加価値伸び率(産業別、前年比)/(図表6)ユーロ圏の実質GDPと需要項目別内訳
需要項目別には、個人消費が前期比0.3%(前期:0.0%)、投資が0.0%(前期:▲0.1%)、政府消費が0.3%(前期:0.2%)、輸出が▲1.1%(前期:▲1.1%)、輸入が▲1.2%(前期:0.0%)だった3(図表6)。また、在庫変動等の寄与度が▲0.35%ポイント(前期:0.70%ポイント)、外需の寄与度が0.00%ポイント(前期:▲0.61%ポイント)となった。7-9月期は4-6月期と比べれば消費がやや盛り返したものの、依然としてその勢いは弱い。また、投資や輸出の低迷も続いている。

前年比成長率を見ると、主要項目である個人消費(前年比▲0.4%)、投資(前年比▲0.1%)、輸出(前年比▲2.8%)がいずれもマイナスであり、成長のけん引役が不在の状況にある。国別には特にドイツにおける消費や輸出の低迷が目立つ(図表7)。
(図表7)ユーロ圏のGDP伸び率(需要別、前年比)/(図表8)財・サービス別個人消費支出(実質)の推移
種類別の消費や投資の動向は、これまでと同様の傾向にある。消費では財消費が低迷する一方、サービス消費が成長している(図表8)。投資では、知的財産投資が全体の伸びをけん引、機械投資(ソフトウェア含む)はごく緩やかに伸びる一方、金利に敏感な建築物投資(特に住宅投資)は緩やかな減少が続いている(図表9)。
(図表9)資産別投資(実質)の推移/(図表10)財・サービス輸出(実質)の推移
輸出については、財貿易の低迷が続く中で、これまで伸びをけん引してきたサービス輸出も前期比マイナスと頭打ちになったため、全体で見た下落幅が大きくなった(図表10)。交易条件も、交易損失がコロナ禍前の18年頃に経験した程度の水準まで低下したのち、7-9月期の改善幅は限定的となった(図表11)。輸出入物価はいずれも22年7-9月期をピークに下落が続いているものの、7-9月期は輸出物価の減速ペースが減少したことで交易条件の改善が緩やかになっている。また、経常黒字も23年6月にコロナ禍後のピークを更新した後、横ばい圏で推移している(図表12)。

総じて、域外環境はロシアのウクライナ侵攻後の悪化から改善が進んで安定しつつあり、現在では世界的な需要鈍化による影響で実質ベースでの貿易低迷が鮮明になっていると言える。
(図表11)ユーロ圏の輸出入物価と交易利得・損失/(図表12)ユーロ圏の経常収支
サーベイデータでより最近の状況まで確認すると、後述するようにインフレは大幅に低下したものの、景況感に明確な改善は見られない。企業景況感は足もと11月まで低迷した状況が続き、消費者景況の改善も頭打ちとなっている(図表13)。

製造業、サービス業ともに需要要因を生産の抑制要因として挙げる企業が増えており(図表14)、コロナ禍後のペントアップ需要が一巡し、域外需要の減速や金融引き締めの効果により実体経済の景気減速感が強まっていること、加えて、エネルギー価格高騰の余波でガス価格は低下したものの依然としてコロナ禍前の水準よりは高い状態にあること(後掲図表16)などが景況感を低迷させていると見られる。
(図表13)ユーロ圏の景況感(欧州委員会サーベイ、ESI)生産を抑制している要因は何か 
/(図表14)
 
1 23年1月1日からクロアチアがユーロを導入しユーロ圏は20か国となった。以下は特に断りがない限り(22年以前のデータであっても)20か国のデータを扱う。
2 その他の国でも工業の低迷が目立つ。これはアイルランドの工業が低迷している寄与が大きい。
3 投資の伸びは、外資系多国籍企業の活動のGDPへの寄与が大きいアイルランドの投資(主に無形資産投資(知的財産生産物))の動向に左右される部分が大きい。アイルランドを除く投資の伸び率は7-9月期で前期比0.1%(前期:▲0.1%)となっている。
(ガス需要:エネルギー危機に至るリスクは低いが価格の再上昇は経済の重しに)
ロシア・ウクライナ戦争以降はロシア産天然ガスの調達が縮小したため、今年もガス需要の高まる冬場に、ガス不足懸念が高まる恐れがある。ただし、EUでは昨年に引き続き冬に備えガス備蓄を進め、代替調達も推進してきたのでエネルギー危機に陥る可能性は低い(図表15)。

ただし、卸売ガス価格がコロナ禍前の平均と比較して高水準あることは(図表16)、特に製造業企業の負担となっている。冬場のガス需要が増加すれば、エネルギー価格が上昇し、企業の負担をさらに悪化させるリスクとなる。足もと、欧州の天候が例年よりも低いこともあってガス備蓄の低下ペースが加速している。また、欧州ではガスの代替調達の一環として、LNG調達も増加させている。LNG価格は欧州だけでなく、中国などアジア需要も価格を左右する重要な要因となる。
(図表15)EUのガス貯蔵量/(図表16)欧州の天然ガス先物価格(オランダTTF、対数軸)
(物価・賃金:インフレ率は大幅に低下)
原材料価格下落や需要低迷を受けて、総合インフレ率は大幅に低下し、コアインフレ率を含む基調的インフレ率も総じてピークアウトした。

消費者物価(HICP)上昇率は23年11月で前年比2.4%(速報値)となり、22年10月(10.6%)をピークに低下し、ECBの物価目標(2%)が視野に入る状況となった(図表17)。コアHICP上昇率も11月の前年比で3.6%とピーク(23年3月の5.7%)から低下した。コアインフレ率の低下は、エネルギーだけでなく、エネルギーを除く財価格やサービス価格のインフレ圧力も低下していることを示している(図表18)。
(図表17)ユーロ圏のHICP上昇率/(図表18)ユーロ圏のHICP上昇率
ECBが重視する基調的なインフレ指標も総じてピークアウトした(図表19)4。同じくECBが注目するGDPデフレータについては、成長が減速するなかでも賃金上昇圧力が強いため単位労働コスト(単位雇用者報酬)は加速しているものの、企業利益単価(単位営業余剰)の伸びが減速していることで全体の伸びが抑制されている(図表20)。

総じてディスインフレ傾向にあるが、今後のインフレ低下のスピードに関しては、依然として不確実性が残っている。エネルギー価格は(昨年冬以降に低下に向かったため)、今後はベース効果によって前年比で見た上昇率が下がりにくくなる。中東地域の紛争など地政学的要因により、再び外生的な供給ショックが発生し、エネルギー価格が上昇するリスクもある。より基調的な要因としても、労働者の賃上げ要求や企業の利益確保の動きは不確実であり、今後の労使交渉の結果次第ではインフレ圧力が継続し、インフレ鎮静化のペースが遅くなる可能性がある。
(図表19)ユーロ圏の基調的インフレ指標/(図表20)ユーロ圏のGDPデフレータ上昇率の寄与(所得別)
基調的なインフレ動向の先行きを見極める上で重要な要素が、サービスインフレと連動性の高い賃金の動向である。ユーロ圏の雇用者数は7-9月期に前期比0.2%(10-12月期:0.1%)と成長率を上回る増加を続けている。失業率は過去最低水準の6%台半ばで推移しており、雇用環境は堅調さを維持している(図表21)。

景気が減速するなかでも雇用が堅調である理由としては、実質賃金の低下を受けた労働需要の増加、高齢化(将来の雇用減)を見越した労働力確保の動きや人材の囲い込み(熟練労働者確保)、求人広告コストの低下、病気休暇の増加や労働時間の短縮といった労働供給制約、などが指摘されている。このうち、総労働時間は7-9月期に前期比▲0.1%(10-12月期:0.3%)と成長率並みに減速し、コロナショック以降の雇用者数の増加に比べて緩慢な回復にとどまる。

こうした堅調な雇用環境を背景に、7-9月期の妥結賃金上昇率は前年比4.7%(4-6月期4.4%)と、23年に入り4%を超える伸び率が維持されている(図表22)。賃金改定の頻度が限られていることから、賃金上昇率は粘着的で、サービスインフレの低下スピードも緩やかになると見られる。ECBも単位労働コストの上昇のため、基調的なインフレ率のうち域内インフレの低下が限定的である点を指摘している(図表19の青線)。
(図表21)ユーロ圏失業率/(図表22)ユーロ圏の賃金上昇率・サービス物価上昇率
ただし、景気減速を受けて、雇用環境も若干だが軟化している。人手不足感は特に景気の減速感が強い製造業で低下しており(前掲図表14)、わずかではあるが、若年失業率も悪化しはじめている。賃金上昇率も先行指数と見なせる求人賃金については3%台まで低下している(図表22)。賃金動向は将来のインフレ動向を見極める上でも重要であることから、ECBも24年初の賃金交渉結果に注目している5
 
4 図表19ではECBスタッフが中長期的なインフレを見る上で優れていると特定した3指標を色付けしている。なお、PCCIはインフレ率の持続・共通要素(Persistent and Common Component of Inflation)であり、12か国の目的別指数から特異かつ一時的な変動を取り除いたもの、域内インフレは、輸入集約度(import intensity)が18%以下の品目を集計したもの、スーパーコアはコアインフレ率から需給ギャップの変動に連動しやすい項目を集計したもの。
5 例えば、10月・12月のECB政策理事会で議論されている。ECB, Meeting of 25-26 October 2023, Account of the monetary policy meeting of the Governing Council of the European Central Bank held in Athens on Wednesday and Thursday, 23 November 2023(23年12月14日アクセス)。Christine Lagarde, Luis de Guindos, PRESS CONFERENCE, 14 December 2023(23年12月15日アクセス)。
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