2023年12月06日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その7)-2023年に入ってからの動き(財務省とPRAが具体的な提案を公開)-

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3|これらの改革案による影響と補足説明
英国においては、2022年末時点で、約3,000億ポンドのMAポートフォリオがあり、そのうちの660億ポンドがMAベネフィットを受けている。今回のPRAによるMA規則の変更が保険会社に与える影響については、全体的な状況はいまだ明確にはなっていないようだ。個々の会社に与える影響についても様々で、既存のMAポートフォリオの資産構成の状況によっては、MAベネフィットがマイナスになる可能性も想定されるようだ。ただし、業界全体としては、今後バルク年金市場の成長が見込まれる中で、MAポートフォリオが増加し、MAベネフィットも拡大するものと想定されている。

なお、PRA は、新規則によるセクター全体の継続コストを毎年 700 万ポンドから 900 万ポンドの間とし、導入コストとしてさらに 200 万ポンドから 300 万ポンドかかると見積もっている。これらは主に、HP 資産の認証要件、強化された信用格付け分析、及びファンダメンタル・スプレッド分析から生じる、としている。
1.ビジネスの柔軟性の向上
1-1.会社がMAポートフォリオに保有できる投資の範囲を拡大
HPキャッシュフローを持つ資産が許容されることに伴い、一定の条件下で、コーラブル債券(期限前償還条項付債券)や建設段階のインフラ資産等が新たに対象になることになる。また、以前に MA 適格にするために証券化された資産(特にエクイティリリース住宅ローン)が、証券化という厳格な手順を経ることなく適格となり、他の資産は証券化することで「HP適格」になる可能性もある。ただし、「HP適格」資産の10%という上限に加えて、会社はHP資産に関連する再投資と流動性リスクに関して追加の「マッチングテスト」を実行する必要がある。また、HP 資産の基本的なスプレッドに、キャッシュフローの固定性の欠如に対する引当金をどのように含める必要があるかに関する特定のルールもあり、これにより、請求できる MAベネフィットが実質的に制限される。

1-2.MAを請求することができる保険契約の種類を拡大
これまでは、年金負債のみがソルベンシーIIのMA 適格性に関する厳格な要件を満たしていたが、PRAはこれを修正し、類似のリスクプロファイルを有する、支払中の所得保障負債と有配当年金の保証給付部分(非保証部分は対象外)をMAポートフォリオに含めることを提案している。

1-3.SIG資産(非投資適格資産)から請求できるMAの額の制限を撤廃
現在、SIG資産はMAポートフォリオの保有総額の1%を占めている。SIG資産に対する MAベネフィット制限の撤廃によって、投資適格と非投資適格の境界付近及びそれ以下での投資が促進されるほか、会社が格下げされた資産を下落市場に売却しなければならない場合のプロシクリカル効果も防止できる。

2.リスクレベルへの対応を強化
2-1.リスクに比例した、適切な資産範囲の合理化されたMA申請プロセスを確立
新しいアプローチでは、許可を与える前にMAの適格条件に照らして評価され、MAの進行中の申請に関連する他の要素の評価は、MAの許可が与えられた後まで延期され、PRAの会社に対する継続的な監督の一部として実施される場合がある。申請が明らかにMA適格条件に沿っている場合、より複雑ではない変更を提案している場合、又は会社が適切なセーフガードを提案している場合に、このアプローチが適していると想定されることになる。

2-2.MA条件の違反に対する規制上の取扱いをより均衡のとれたものにする
現在は、MAの承認を得ている会社は、資格規定に違反した2か月後に規制当局がMAの承認を取り消すことになっている。PRAは、MAベネフィットの完全喪失によるクリフ効果を取り除くことを提案しており、「それでも、適格条件に違反した会社が利用できるMAベネフィットを削減することで、タイムリーな管理と違反の是正を奨励する」ことになる、と述べている。

2-3.必要に応じて、格付による会社の資産の信用の質の違いを反映するめに、FS(ファンダメンタル・スプレッド)の細分性を高める。
PRAは、FSをより詳細なものにする、つまり資産の格付け文字だけでなく格付けノッチに応じてMAベネフィットを調整する。これに伴い、この分野における PRAの以前の期待がルールに変換されていくことになり、信用格付けの内部評価を利用している会社は、自社の資産に対して、異なるFSを提案する機会を得ることができることになる。

3.会社のリスク管理責任の強化
3-1.請求されるMAベネフィットの証明プロセスを導入
よりリスクの高い資産を MA ポートフォリオに導入するため、上級マネージャーが請求される MA ベネフィットの額に対して責任を負うことになる。満たさない場合は、既存の上級管理職制度の下で罰せられることになる。PRAは、上級マネージャーは、「会社の財務情報と規制報告の作成と完全性に対する所定の責任」を有する人物として、CFOが該当する可能性が高いことを示唆している。

3-2.SIG資産のリスク管理に関する期待事項を明確化
PRA は、SIG 資産への投資は慎重なレベルであるべきであるという期待を導入する。PRAはさらに、これを評価する際に、市場環境の悪化により保有する投資適格資産がSIGに格下げされ、ポートフォリオにおけるSIG資産の集中がさらに高まる可能性がある範囲を会社が考慮するよう提案している。 PRAはPPP に沿って、会社は投資適格エクスポージャーの資産と比較して、これらの資産に結び付いている追加リスクを特定、測定、監視、管理、報告できる効果的なリスク管理システムを導入している場合にのみ SIG 資産に投資すべきであると考えている。

3-3.会社がMAポートフォリオの資産と負債についてPRAに提出するデータを形式化
PRAは新しいMALIR(MA資産負債情報報告書)を使用して、MAポートフォリオの資産と負債に関して、資産タイプ、各資産が生成するFSやMA、資産キャッシュフローに関する情報等を収集する。保険会社は2024年末から、MAポートフォリオ毎に作成される個別のMALIRの提出を、会計年度終了後130日営業日までに提出することが求められる。ただし、会社の規模やMAポートフォリオ資産の性質等を考慮して、一定の場合にMALIRの提出義務を免除する。

3-4.内部信用評価に関する期待を要件に転換
PRAは、MA規制により、関連する資産ポートフォリオにおける内部信用評価が、外部信用格付によるものと同等であることを要求されることを期待している。内部信用評価が満たさなければならない新しい要件は、そのような評価を行う際に考慮されるべきリスク、信用格付機関(CRA)から生じる可能性のある発行格付との比較、適切な検証と外部保証の必要性をカバーする。

3-5.会社がPPP(プルーデントパーソン原則)を遵守していることを証明できるようにするためのMA適格条件を導入
全ての会社はPPPを遵守することが求められているが、PRAルールブックの投資編におけるPPP要件とMA適格条件との関連は明確ではない。PRAは、規制上の貸借対照表と規制上の資本目的の両方、すなわちBELとSCRの両方の重要な削減のためのMAポートフォリオ内の資産の異なる扱いを考慮すると、MA申請にこの要件を導入することが重要であると考えている。

5―利害関係者の評価と反応等

5―利害関係者の評価と反応等

こうした財務省やPRAによるソルベンシーII改革案の公表等を受けての利害関係者の反応は、以下の通りとなっている。

1|ABI(英国保険会社協会)
ABIは、基本的に今回の改革案を歓迎している。ただし、MAベネフィット享受のためには各種の要件が加えられ、管理のための負担が増すことになることから、必ずしも期待通りにはなっていないとの印象を有しているようだ。

一方で、7月6日には、今回の改革に伴う政府からの期待に応えるべく、業界の上級リーダーが結集して、英国のインフラプロジェクトへの投資を促進する触媒及び促進剤として機能する新しい投資デリバリフォーラム(Investment Delivery Forum)を設立すると発表26した。

ソルベンシー UK の導入により、今後 10 年間でより広範囲の生産的な資産に 1,000 億ポンドを投資できるようになるとし、保険と長期貯蓄の分野にわたるこのグループは、政府、地方自治体、権限のある当局、投資団体と協力して、グリーンインフラと住宅に焦点を当てたプロジェクトへの資金を推進し、追跡する予定である、と述べた。

また、ソルベンシーUK改革の結果としての1,000億ポンドのコミットメントは、時間の経過とともに追跡され、エネルギー安全保障とネットゼロへの移行の支援への貢献と並んで、業界が機関投資家として果たす強力な役割を強調することになる、と付け加えた。なお、ABI議長のニッキー・モーガン男爵夫人(Baroness)が、ABI会員会社7社のCEOが参加する投資デリバリフォーラムの議長を務めている。

また、9月28日には、PRAのMA改革パッケージの協議文書の公表を受けて、ABIの規制ディレクターのCharlotte Clark氏は、「ソルベンシーUK により、当セクターは機関投資家としてさらに大きな役割を果たすことができる。私たちは、新しい投資デリバリフォーラムを通じて、高水準の保険契約者保護を確実に維持しながら、この改革を利用して環境に優しい優れたプロジェクトに1,000億ポンドを投入することに全力で取り組んでいる。この協議は、私たちにそれを達成するための新たな一歩をもたらすものであり、私たちは最終段階までメンバー及びPRAと緊密に協力し続ける。」と述べている27

なお、PRAによるMAベネフィットを得るための認証プロセスが具体的にどのような形になっていくかについての不透明感があり、本当に保険会社が新しい資産タイプに投資するインセンティブを得る形になっていくのかについてはいまだよくわからない、との意見もある。
2|その他の利害関係者
今回の提案については、一般的には、MAベネフィットを得るための対象資産や要件が緩和されることで、保険会社の柔軟性が高まる形にはなっているが、一方でそれらの緩和を享受するためには、リスク管理や報告作成等の面での負担が増加することになり、保険会社の責任も大きくなってくる、と指摘されている。さらには、上記で述べたようにABIが新しい投資デリバリフォーラムを設定してきてはいるものの、本当に政府が期待しているようなインフラ投資やグリーン経済への投資の拡大、それらを通じての英国経済の成長に貢献できるのかとの懸念も示されてきている。

また、今回の改革により、(PRAも述べているように)年金保険の契約者はリスクを負担する形になるが、それに見合う資産の利回りの上昇の恩恵を受けるとは限らないのではないか、とも指摘されている。さらには、MAベネフィットに関するそもそも論として、報告される資本の価値を人為的に高めることで、保険会社の財務状況を実態以上に健全に見せかけることになり、保険契約者保護の観点から問題がないのかとの懸念も示されてきている。

6―今後のスケジュール

6―今後のスケジュール

2で述べたように、財務省は、2023年6月22日に、ソルベンシーII改革の発効に必要な草案の詳細と、これらを発効させるために予想されるスケジュールの詳細を公表している。

PRAは、財務省の声明と一致して、リスクマージン、MA、その他の分野の間で段階的に改革を実施することを想定している。リスクマージンに関しては、2023年12月31日までに、財務省のリスクマージン改革の実施と整合させるために、PRAルールブックに対して必要な措置を講じようとしている。その後、PRAは、政府の立法スケジュール及び協議への回答を条件として、2024年第二四半期中(6月末まで)に、財務省のMA規定の実施を可能にするためのMAに関する最終方針及び規則を公表し、策定し、2024年6月30日に発効する予定である、としている。また、ソルベンシーIIの見直しに関連するその他の全ての変更については、2024年12月31日に発効する予定としている(ただし、これらのスケジュールについては、不確実性も有しているようである)。
今後のスケジュール
なお、2024年6月のMA規定の実施は、生命保険会社が2024年12月31日より前にこれらの特定の投資関連の改革を利用できることを意味している。

PRAはまた、2024年初めに、維持されているEU法から、残るソルベンシーIIの要件をPRAのルールブックやその他の政策資料に移すことについて協議する予定である。これによって、ルールブック等に移行されていけば、標準式の見直しや小規模保険会社の負担軽減のための比例性の見直し等の、さらなる改革が進められていくことになる。  

なお、PRAは、既存の標準式によるソルベンシー資本要件(SCR)の枠組みでは、会社がMAポートフォリオに保有することができる投資の範囲の拡大によって生じる追加的なリスク(例えば、HPのキャッシュフローを有する資産に内在するリスク)をカバーできない可能性があると指摘している。PRAは、将来的に標準式SCRの枠組みの改革を検討し、その一環として、最終的なMAルールとの整合性を確保するために、関連する改革が必要かどうかを検討する、としている。

加えて、PRAは、今回の改革にも関係して、以下の3つの主要な分野に取り組んでいくことを述べている。これらを通じて、PRAは、新たなソルベンシーUKの導入による改革の効果等を監視していくことになる。

・ストレステストの強化(個別会社のストレステストの結果の開示を含む)
・健全性制度と保険会社の経済への貢献との間の相互作用に関する長期的な調査研究
・国内の取組みと国際的な進展との整合性
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中村 亮一

研究・専門分野

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