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- ビッグモーターの保険代理店登録取消-行政が取消処分に至った理由
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1――はじめに
報道によれば保険代理店の登録取消は初めてとのことである。振り返れば、かんぽ生命および日本郵便(以下、保険代理店である「日本郵便」として表記)でも不適切な募集が多数発生していたが、保険代理店である日本郵便には業務改善命令および業務停止命令(法306条)が2019年に発出されていたにとどまり、登録取消にはなっていない3。この点、ざっくりと表現すれば、業務改善命令・業務停止命令が「募集管理体制を立て直せば業務再開可能」という判断であるのに対し、登録取消は「募集管理体制を立て直せることが見込めない」ということになる。
登録取消は業務改善命令とは異なり、保険代理店の資格を失わせるものであって、取消後3年間は保険代理店の登録を受けることができない(法279条1項4号)。すなわち、保険代理店を営む企業にとっては、究極のペナルティであって簡単に出せるものではない。本稿では、BMに対してどういう根拠で登録取消を行ったのか、解説を行ってみる。
以下では、保険代理店のコンプライアンスについて保険業法がどのように規定しているのかから確認をしてみたい。
1 登録取消の対象となったのは、株式会社ビッグモーター、株式会社ビーエムホールディングス、株式会社ビーエムハナテンの3社である。
2 https://www.fsa.go.jp/news/r5/hoken/20231124.html 参照。
3 https://www.fsa.go.jp/news/r1/yuusei/20191227.html 参照。
2――保険代理店に対する規制
伝統的に保険代理店あるいは保険募集人の適正な保険募集の確保については、保険会社が保険代理店等に対して指導・監督するものと考えられてきた。法283条1項は、「所属保険会社等は、保険募集人が保険募集について保険契約者に加えた損害を賠償する責任を負う。」と定めており、保険代理店等が行った不適正募集の責任は所属する保険会社が負い、したがって不適正募集が行われないよう保険会社が保険代理店等を指導監督すべきものと解されてきた。
ところが、近時、保険代理店のなかでも乗合代理店が増加してきた。乗合代理店は二社以上の保険会社から募集委託を受けるものであるが、中には20社、30社といった数の保険会社から委託を受ける大規模乗合代理店も珍しいものではなくなってきた。乗合代理店においては、保険会社が他社の保険会社の商品販売も行う保険代理店を指導監督することは困難であり、逆に乗合代理店側の視点から見ると、各保険会社で違うコンプライアンス規定のルールを遵守することも困難である。
そこで、保険代理店が独自のコンプライアンスにかかる体制整備を行い、所属保険会社に加え、乗合代理店が自身で適正販売に努めるように2014年に法改正が行われた(法294条の3)。
法294条の3は「保険募集人は、保険募集の業務に関し、…健全かつ適切な運営を確保するための措置を講じなければならない。」と定める。法は措置を行うべき事項として、具体的には以下の5点を挙げている。
(1) 保険募集の業務に係る重要な事項の顧客への説明
(2) 保険募集の業務に関して取得した顧客に関する情報の適正な取扱い
(3) 保険募集の業務を第三者に委託する場合における当該保険募集の業務の的確な遂行
(4) 乗合代理店における一の保険契約と他の保険契約の契約内容と比較した事項の提供
(5) 保険募集人指導事業(フランチャイズ方式の代理店)の適正な実施
上記2|の体制整備義務に対するペナルティについては特段の定めがない。ただし、法306条は「特定保険募集人の業務の運営に関し、保険契約者等の利益を害する事実があると認めるときは、保険契約者等の保護のため必要な限度において、当該特定保険募集人に対し、業務の運営の改善に必要な措置をとるべきことを命ずることができる」とする。ここでいう特定保険募集人は財務局への登録を要する保険募集人4のことを言い、保険代理店はこれに含まれる。体制整備義務を怠った結果、保険契約者等の利益を害した場合には業務改善命令等を出すこととなる。
そして法307条1項3号は「この法律又はこの法律に基づく内閣総理大臣の処分に違反したとき、その他保険募集に関し著しく不適当な行為をしたと認められるとき」には内閣総理大臣は登録取消することができると定めている。本件ではこの点が焦点となるが、以下で検討する。
4 損害保険代理店では代理店に登録義務があるが、損害保険募集代理店に勤務し、募集に従事する損害保険募集人には登録義務がない。つまり、損害保険代理店は特定保険募集人に該当するが従業員である損害保険募集人は特定保険募集人ではない。
3――行政処分の理由
関東財務局の発表した行政処分の理由を見ると、理由の最初の3分の1部分は会社としての経営管理態勢(ガバナンス)の機能不全(あるいは不存在)について述べている。経営管理態勢の構築が行われておらず、利益重視の経営が行われており、前社長・前副社長等の策定した「経営計画書」によって「統制」する経営形態をとってきたとする。そして、理由欄では以下を述べる。
(1) 取締役会をほぼ開催していない。
(2) 内部統制システムの整備を行っていない。
(3) 経営会議を開催していない。重要な規程が改定されていない。
(4) 会計監査・業務監査を行っていない。
(5) 苦情処理体制を整備していない。
(6) いびつな評価・給与制度により大量退社・大量採用を繰り返すが、質の高い教育は行われていない。
上述の1|で述べた会社としてのガバナンス機能不全(不存在)は会社法の問題ではあっても、法307条1項3号の登録取消事由にはならない。法は「この法律…に違反したとき」と定めており、保険業法の違反に限定されているからである。
上記の関東財務局の行政処分の理由には、(1)適正な募集確保のための体制整備の「放棄」と(2)保険業法違反となる、あるいは不適切な募集行為が挙げられている。
(1) については概ね以下の項目が挙げられている。
1) 苦情対応コールセンターの廃止、保険部による各店舗への指導・教育等の中止
2) 「品質向上運動」を主導してきた部長の退職後、後任を配属しないことで同運動の停止、保険部の責任者を営業本部の本部長が兼任したことでけん制機能が不全化
3) 各店舗内で保険募集の管理・指導を行う保険推進委員の廃止
4) 社内規定で定められている内部監査室の不設置、内部監査の不実施
また(2)については概ね以下の項目が挙げられている。
イ)募集人が重要事項の説明を行わない、あるいは重要事項説明書を交付していないなどの法300条1項1号違反行為(=重要事項の不説明)
ロ)保険加入を条件に車両価格を割り引きするといった法300条1項5号違反行為(=特別利益の提供の禁止違反)
ハ)従業員や下請業者に対する保険の圧力販売
5 日本郵便に対する業務改善命令に関する通知には、募集管理「態勢」の用語が使われているので、通知本文のままとした。
6 本文の通り、関東財務局は「適正な募集確保のための体制整備の『放棄』」とまで言っている。
最後に関東財務局の行政処分の理由では、「経営管理態勢と人材育成を根本から作り直す」必要があるところ、保険会社からの出向者が引き上げられ、保険会社全社から募集委託を解約されることから再建が極めて困難であるとしている。
日本郵便ではこの点に関する指摘はないが、持株会社として日本郵政があり、また所属保険会社である、かんぽ生命があることから募集管理態勢の機能不全解消は時間がかかるにせよ可能と判断したものと思われる。
4――おわりに
本来ならば、まず業務停止命令・業務改善命令を発出し、改善が見られないならば登録取消という手順を踏むべきところを一気に登録取消を行ったことはやむを得ない事実があったと考えられる。
(2023年12月04日「基礎研レター」)

03-3512-1866
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2025年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
松澤 登のレポート
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