2023年12月07日

低迷続く中国不動産市場の展望-金融危機に至る可能性は低いが、停滞は長期化し、経済の重石に

基礎研REPORT(冊子版)12月号[vol.321]

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介

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1―低迷が長期化する中国不動産市場

中国で不動産市場の低迷が続いている。2020年に始まった不動産デベロッパーの債務管理強化などの影響で、大手を含む一部デベロッパーの資金繰りが悪化し、買い主への物件引き渡しが滞るようになった。これに不満を抱いた買い主の間で、22年7月以降、住宅ローン支払いボイコットの動きが広がり、先行き不安による買い控え拡大で住宅市場の悪化が進んだ。

事態を重くみた中国政府は、物件の竣工・引き渡しを安定的に進めるための対策やそれに関連する資金繰り支援強化の措置などを相次ぎ公表してきた。しかし、住宅販売面積が前年比マイナスの状況は続き、過去にないほど長期化している。消費者の不安心理は根強く、なかなか解消されていないのが実情だ[図表1]。
[図表1]住宅販売面積・価格

2―不動産政策は緩和に転じたが過度な緩和は期待できず

低迷長期化を受け、23年7月に開催された中央政治局会議では、不動産政策を緩和する考えが示され、その後、地方政府を中心に緩和の動きが相次いでいる。例えば、住宅買い替え時の頭金比率などの借り入れ条件の緩和や、1軒目購入時の頭金比率引き下げ、住宅購入の前提となる自地域への戸籍転入に関する制限の緩和・撤廃などだ。

今後も同様の動きは続くとみられるが、過度な緩和には消極的とみられる。その背景には、不動産市場を巡る構造的な課題がある。例えば、大都市を中心に所得対比で高水準にある不動産価格の問題だ。「共同富裕」のスローガンのもとで格差是正の取り組みを進めているなか、中間所得層の住宅負担が高まったり富裕層との格差が拡大することは望ましくない。また、20年から始まった債務管理強化の背景でもある不動産デベロッパーの高レバレッジも、金融リスクの温床として解消の必要性が高い。不動産市場がかつてのような高成長を見込めないなか、デベロッパーの体質改善を先送りにすれば、後に禍根を残すことになる。

上述のような各種緩和措置などを通じて住宅販売を後押ししつつ、物件引き渡し支援策やデベロッパーへの資金繰り支援により消費者の買い控え心理の解消を図り、地道に不動産市場の回復を促していくものと考えられる。

3―停滞は長期化する見込み。ハードランディングのリスクも残存

政策の緩和を受け、不動産市場は徐々に底打ちに向かうと考えられるが、デベロッパーの資金繰りは依然厳しい状況にあり、消費者の間に安心感が醸成されるにはまだ時間がかかりそうだ。販売の減少幅拡大に歯止めがかかり始めるのは、早くとも24年になると予想される。

販売が底打ちした後も、需給両面の要因から不動産市場は軟化しやすく、住宅価格や不動産開発投資への下押し圧力が続き、経済の重石になると考えられる。需要面については、人口減少によりの影響が大きい。例えば25~44歳の都市部人口(推計値)は、2000年代から低下傾向にあり[図表2]2020年代後半には減少に転じる見込みだ。
[図表2]都市部人口(25~44歳)と住宅販売面積
また、供給面については、在庫の水準が高まっている。建設中物件の面積(試算値)を販売面積対比でみると、足元では4年分の販売面積に相当する在庫が積みあがっている計算となる[図表3]。販売不振の状況下で、在庫が十分に消化されるには数年かかる可能性が高い。
[図表3]建設中物件の住宅在庫面積(販売面積比)
以上がメインシナリオだが、リスクシナリオも想定される。政策の効果がなかなか現れずに販売不振が長期化し、大手デベロッパーの倒産などを契機に消費者心理が冷え込み、販売が一段と減少する、というものだ。そうなれば、それが他のデベロッパーの財務悪化を招き、負の循環が加速する恐れがある。

他方、政策対応がより積極的なものとなれば、底打ちに向かうペースはやや早まるかもしれない。例えば、債務管理強化の緩和や撤廃などにより資金繰りに苦しむ不動産デベロッパーの救済が進めば、消費者心理の改善にはプラスに働くだろう。前掲図表2の通り、人口の伸び鈍化のペース以上に販売が減少していることを踏まえれば、ペントアップ需要が生じる可能性もある。

もっとも、中国指導部が不動産市場のソフトランディングを目指す中、リスクシナリオ、楽観シナリオとも実現の可能性は高くないと考えられる。仮に悪化が進行すれば、歯止めをかけるべく強力な措置を打ち出すことが予想される。

4―経済への影響は広範にわたるが、金融危機に至る可能性は低い

不動産市場の悪化は、実体経済や金融にどのような影響を及ぼすだろうか。

まず、実体経済に関しては、不動産開発投資や不動産販売、住宅関連消費財の販売の減少が経済を直接下押しする。このほか、雇用の悪化や住宅価格下落による逆資産効果、不動産関連税収や土地使用権売却収入の減少による地方財政の悪化といった影響の広がりも想定される。とくに、地方財政に関しては、地方政府の主要財源に占める土地・不動産関連の歳入のシェアが37%(21年)と大きい。財源不足により、経済下支えの重要な柱であるインフラ投資にも下押し圧力がかかり、経済の悪化に拍車がかかる恐れがある。23年9月時点では、不動産市場低迷の影響が続く中でも+5%前後の成長率目標は達成できそうな見込みだが、上述のリスクシナリオのように一段と悪化が進んだ場合、景気への影響は無視できないものとなるだろう。

次に、金融面では、不動産デベロッパー向けの融資や家計の住宅ローンに関する銀行の不良債権の増加や、債券デフォルトの発生を招く。実際、不動産関連の不良債権は、19年から22年末にかけて増加している。

ただし、不動産市場発の金融危機が起こる可能性は低いとみられる。中国指導部は、金融システミックリスクの発生に対して警戒を強めており、23年10月に開催された中央金融工作会議では、金融リスク防止・解消に関する文脈の中で、「様々な所有制の不動産企業の合理的な資金需要を満たす」とされた。業績不振が目立つ民間デベロッパーを念頭に、資金繰りをしっかりモニタリングし、必要な資金繰り支援は行う構えのようだ。

また、不動産セクター向けのファイナンスの大半を占める銀行貸出について、銀行業全体でみて不良債権増加に対する耐性がまだあると考えられる。例えば、2020年以降、銀行業は全体で毎年約3兆元以上の貸倒引当金を繰り入れているとみられ、そのうえで2兆元近い純利益を計上している。加えて、2023年6月末時点で、銀行の貸倒引当金が6.6兆元、自己資本の取り崩し余地が6.67兆元( 試算値)*あり、これらを合計すれば、18兆元程度とな る。これは、不動産向け以外も含む不良債権残高(3.2兆元、23年6月末)の約6倍の規模である。体力の弱い一部の中小銀行に関しては、経営への影響が深刻になる恐れもあるが、資産規模で業界全体に占める割合は相対的に低い。また、個別に破たん懸念が生じた際には、人民銀行が流動性供給を実施する等し、その影響が全国に伝播して金融収縮を招かないよう対策がとられるだろう。
 
* 2023年6月末時点の自己資本比率(14.66%)と中国における自己資本比率規制の差分。規制水準の自己資本比率は、自己資本比率(8%)および資本バッファー(2.5%)のほか、国内のシステム上重要な銀行(D-SIBs)に課せられるD-SIBバッファー(0.25% ~1.5%の5段階、ここでは1%)の合計値(11.5%)とした。

5―不動産市場ソフトランディングの成否は中国経済の行方を左右

今後、仮に不動産市場のコントロールに失敗し、ハードランディングの懸念が高まっても、それに対応するための政策対応の余地はまだ存在する。例えば、デベロッパーの債務管理強化撤廃などの不動産政策の大幅緩和や、AMC(資産管理会社)による不良債権処理強化、金融機関への公的資金注入拡大などだ。

ただ、これらの策は、最終的に財政・金融の負担として跳ね返り、今後の政策運営を制約することになる。景気の安定維持や「共同富裕」実現に向けた格差縮小をはじめ政策課題が山積するなか、今回の不動産市場コントロールの成否は、今後の中国経済の行方を左右するといっても過言ではない。今後も綱渡りの状況が続く見込みであり、不動産市場を巡る動向には引き続き注視する必要がある。
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経済研究部   主任研究員

三浦 祐介 (みうら ゆうすけ)

研究・専門分野
中国経済

経歴
  • 【職歴】
     ・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
     ・2009年:同 アジア調査部中国室
     (2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
     ・2020年:同 人事部
     ・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年12月07日「基礎研マンスリー」)

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