2023年11月21日

無償労働を考慮した男女の収入比較-子育て期は女性が男性を約80万円上回る、専業主婦のピーク時の年収は約500万円

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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5――補足~就業状態や配偶関係を考慮した家事活動の収入換算額~専業主婦のピーク時は約500万円

前述の通り、家事活動には家族の状況が多大な影響を与える。本稿において、配偶者や子の有無を考慮せずに年収を推計した理由はデータ制約があるためだが(一般労働者の賃金は配偶関係や子の有無別等の同居家族の状況を分析可能なデータが公開されていないため)、家事活動の収入換算額については、内閣府の報告書にて、ある程度の属性を考慮した値が算出されている。よって、最後に補足的に、家事活動の収入換算額が家族の状況によって、どのような違いがあるのかに触れたい。

就業状態や配偶関係別に家事活動の収入換算額を見ると、男性では40歳代までは無業・有配偶>有業・有配偶>有配偶以外の順に多いが、50歳代以降では有配偶以外が有業・有配偶を超えて、70歳代付近では最も多くなる(図表5)。つまり、男性では家族形成期や就業期の年代では同居家族がいる方が家事活動の収入換算額が多いが、高齢期では単身者の方が多い傾向がある。
図表5 性年代・就業形態・配偶関係別に見た家事活動の収入換算額(年間、万円)
一方、女性では年齢によらず無業・有配偶>有業・有配偶>有配偶以外の順に多く、3者の差は特に30歳代前後でひらき、年齢とともに縮小する。なお、無業・有配偶で最大値を示す35~39歳(496.2万円)では同年代の有業・有配偶(295.5万円、無業・有配偶より▲200.7万円)や有業・有配偶以外(97.8万円、同▲398.4万円)と比べて数百万円程度の大きな差を示す。つまり、専業主婦では、未就学児の子がいるなど子育てに手のかかるような年代で家事活動の収入換算額は約500万円にものぼり、これは前述の一般労働者の男性の年収の平均値(513.5万円)にも近しい値である。また、女性では男性と異なり、年代によらず、同居家族がいる方が単身者と比べて家事活動の収入換算額が多い。ただし、高齢期では差は縮小する。

なお、同じ属性同士の男女を比べると、いずれも女性が男性を上回る。

参考までに、共働き世帯の夫婦の比較に、より近しくなるものとして、先の一般労働者の年収に有業・有配偶者の家事活動の収入換算額を合算すると(図表略)、男性ではおおむね変わらないが、女性では家事活動の収入換算額の少ない有配偶以外が除かれるため、図表4で見た結果と比べて合算額が増える。その結果、全体では男性は合計578.3万円(図表4では573.9万円)、女性615.3万円(同567.8万円)となり、女性が男性を+37.0万円上回る(同▲6.1万円)。

また、年代別に見た推移は図表4と同様だが、子育て期の年代で女性が男性を上回る金額が増え(20~30歳代で女性が+約100万円、図表4では約80万円)、男性の年収が伸びやすい50歳代で男性が女性を上回る金額が減る(男性が+40万円前後、図表4では約50万円)。

ただし、より厳密な分析をするためには、一般労働者の年収推計額についても配偶関係を考慮すべきであり、得られるデータの制約上、本稿ではここまでの分析にとどめたい。

6――おわりに

6――おわりに~家事・育児負担は結婚を躊躇する要因にも、少子化進行下で社会全体で解決すべき課題

共働き世帯でも家事・育児分担は妻側に偏る家庭が多い中で、本稿では一般労働者の有償労働(給与収入)と無償労働(家事活動の収入換算額)の推計値を合算し、年代による男女の違いを分析した。その結果、子育てに手のかかる時期を中心に家族形成期の年代では女性の収入が男性を上回り、最も差のひらく30歳代では女性が男性を約80万円、上回っていた。「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という価値観が根強く残る日本では「稼ぎが少ない方が家事や育児をすべき」との声もよく耳にする。一方で、給与収入に家事や育児の対価をあわせると、実は女性の収入が男性を上回る可能性があることは、男性にも女性にも何らかの気づきを与えるのではないだろうか。

2013年に女性の活躍推進政策が成長戦略として掲げられてから10年が経過した。この期間で、確かに女性の労働力率や管理職比率は向上したが5、社会や家庭における固定的性別役割分担意識も変わるのでなければ、女性の負担感は増すことになる。

20・30歳代の独身者が積極的には結婚したくない理由を見ると、男女とも上位には「結婚に縛られたくない」や「結婚するほど好きな人に巡り合っていない」があがるが、男女差を見ると、「仕事・家事・育児・介護を背負うことになるから」(男性23.3%、女性38.6%、女性が男性より+15.3%pt)や「名字・姓が変わるのが嫌・面倒だから」(同11.1%、同25.6%、同+14.5%pt)、「結婚に縛られたくない、自由でいたいから」(同37.0%、同48.9%、同+11.9%pt)といった家族形成に関わる理由を中心に、女性が男性を大幅に上回るものが多い。つまり、若い女性では、現在の子育て世代における結婚や子育てに関わる妻側の負担の大きさが結婚を躊躇させる要因にもなっている。

一方で男性でも「結婚に縛られたくない」が約4割、「仕事・家事・育児・介護を背負うことになるから」が約4分の1を占めて目立つとともに、男性では「結婚生活を送る経済力がない・仕事が不安定だから」(男性36.0%、女性35.0%)が女性を僅かに上回ることが特徴的だ。なお、将来を担う世代の経済基盤安定化の必要性については、既出レポート6で述べた通りだ。
図表6 20~39歳の独身者が積極的に結婚したくない理由(複数選択)
図表7 こども未来戦略方針 今年4月に発足した、こども家庭庁では「こども未来戦略方針」のもと、「少子化対策「加速化プラン」」として「(1)若い世代の所得を増やす(児童手当の拡充や出産一時金の引き上げ等)」ことや「(2)社会全体の構造や意識を変える(育休取得促進等)」ことが推し進められている。

特に、男性の育児休業の取得については、今後、大きな期待が寄せられるところだ。2022年10月に「出生時育児休業制度(産後パパ育休制度)」施行され、男性が育休を取得しやすい環境が整備された7ことに加えて、先日の厚生労働省の有識者会議8では、男女共に育休を取得することを促進するために、育児休業給付金を実質10割へ引き上げることが提案された9。男性の家事・育児時間の伸長は、妻の就業継続率や第2子以降の出生率向上に多大な効果を与える10。なお、先の会議では、2歳未満の子どものいる時間短縮勤務者に対する新たな給付策11も提案されている。

出生率の持続的な低下は日本の喫緊に取り組むべき課題だ。また、核家族化の進行や地域社会の変容によって子育て中の親が孤独感や孤立感を感じやすくなる中では、子育てに関わる様々な負担感への対応は、もはや家庭内だけの課題ではなく、社会全体で対処すべき課題となっている。
 
5 久我尚子「大学卒女性の働き方別生涯賃金の推計~正社員で2人出産・育休・時短で2億円超、男性並水準で3億円超」、ニッセイ基礎研レポート(2023/2/28)
6 久我尚子「求められる将来世代の経済基盤の安定化~非正規雇用が生む経済格差と家族形成格差」、ニッセイ基礎研レポート(2023/3/27)
7 「産後パパ育休」は男性が従来の育休に加えて新たに取得可能となったもので、子の出生後8週間以内に4週間まで2回に分割して取得可能。2週間前までに申し出ればよく(従来制度は1ヵ月前)、休業中も一定の範囲で就業可能であるなど柔軟な仕組み。
8 第186回労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会(2023/11/13)
9 現在は休業前賃金の67%が支給されるが、今後、両親が共に育児休業を14日以上取得する場合は8割程度へ引き上げる案(手取り収入で見ると実質8割から10割への引き上げ)。
10 内閣府「令和元年版少子化社会対策白書」など
11 時短勤務を選択したことに伴う賃金の低下を補う給付を創設する案(「育児時短就業給付(仮称)」)
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

(2023年11月21日「基礎研レポート」)

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