2023年11月21日

無償労働を考慮した男女の収入比較-子育て期は女性が男性を約80万円上回る、専業主婦のピーク時の年収は約500万円

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――はじめに~稼ぎが少ない方が家事や育児をすべき?家事や育児を収入換算すると?

今や共働き世帯は夫婦のいる勤労者世帯の70.1%を占めるが(総務省「令和4年労働力調査」)、依然として家事や育児の分担は妻に偏る家庭が多い。共働き世帯の1日当たりの家事や育児等の時間は、夫は平均36分の一方、妻は223分で夫の6倍を超える(総務省「令和3年社会生活基本調査」)。なお、6歳未満児のいる共働き世帯では夫は115分、妻は393分である1。日本では長らく「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という固定的性別役割分担意識が存在してきたため、共働き世帯であっても家事や育児等の分担は妻に偏りがちなのだろう。
図表1 男女の所定内給与格差の推移(男性=100とした場合の女性の値) また、「稼ぎが少ない方が家事や育児をすべき」という声もよく耳にする。女性では正規雇用者と比べて賃金水準の下がる非正規雇用者が多く(雇用者に占める非正規雇用者の割合は男性22.2%、女性53.4%、総務省「令和4年労働力調査」)、正規雇用者であっても、その収入は男性の8割程度にとどまる(図表1)。一方で、これらの要因には、固定的性別役割分担意識によって、妻が家庭を重視した働き方を選択する(あるいは、選択せざるをえない)ことでパートタイムで働いていたり、正社員であっても、妻のみが育児休業や時間短縮勤務制度を利用したり、残業を控えたりすることで、夫と比べて賃金水準が下がることなどがあげられる。

そもそも収入の多寡で家事の分担は決まるものなのかという疑問もあるが、現状の家事や育児等の無償労働を収入換算し、有償労働である給与収入と合算するとどうなるのだろうか。本稿では、内閣府や厚生労働省等の統計を用いて、男女の状況を比較する。
 
1 参考までに、専業主婦世帯では夫は1日当たり平均34分、妻350分、6歳未満児がいる場合は夫107分、妻564分。

2――年収および家事活動の収入換算額の推計方法

2――年収および家事活動の収入換算額の推計方法

有償労働である給与収入(年収)は、一般労働者の所定内給与額等を用いて下記の式にて推計する。
 
一人当たりの年収=一人当たりの月当たり所定内給与額×12カ月分+年間賞与その他特別給与額
 
なお、一般労働者とは常用労働者(期間を定めずに雇われている者、あるいは1ヵ月以上の期間を定めて雇われている者)のうちパートタイム労働者を除いた労働者であるため、非正規雇用者を含む労働者全体の年収水準と比べてやや高い水準になる。よって、本稿における男女比較は、おおむねフルタイムで働いている男女の違いに注目したものということになる。

また、無償労働である家事や育児等の収入換算額には、内閣府「2022年度「無償労働等の貨幣評価」に関する検討作業報告書」において、下記の式にて推計された値を用いる。
 
一人当たりの無償労働の貨幣評価額(年間)=一人当たり無償労働時間(年間)×時間当たり賃金
 
なお、同報告書では、無償労働として、家事活動(家事:炊事や掃除、洗濯、縫物・編物、家庭雑事、介護・看護、育児、買物)に加えてボランティア活動も対象としているが、本稿では家事活動のみを対象とする。また、時間当たり賃金は一般労働者の賃金率を基に複数の手法で推計が実施されているが、本稿では無償労働による逸失利益(市場に労働を提供することを見合わせたことで失う賃金)で評価する機会費用法による値を用いる2
 
2 このほか、代替費用スペシャリストアプローチ(市場で類似サービスの生産に従事する専門職種の賃金で評価する方法)や代替費用ジェネラリストアプローチ(家事使用人の賃金で評価する方法)があるが、現在の日本では、日常的な家事代行サービスの利用が必ずしも浸透しているわけではない状況を踏まえて、本稿では機会費用法による推計値を用いる。

3――年収推計額と家事活動の収入換算額

3――年収推計額と家事活動の収入換算額~家事活動は子育て期の年代の男女差は約200万円にも

1年収推計額~全年代で正規雇用者や管理職比率の高い男性で多く、5559歳で男女差約230万円
給与収入(年収)を推計すると、全体で男性では513.5万円、女性では373.5万円(男性より▲140.0万円)であり、全ての年代で男性が女性を上回る(図表2)。また、男女とも年齢とともに増加し、50歳代をピークに減少する。男女差は年齢とともに拡大し、55~59歳(女性が男性より▲228.2万円)で最もひらく。男女差が生じる背景には、同様にフルタイム労働者であっても、男性では賃金水準が比較的高い正規雇用者が多い一方(20歳代で8割台、30~50歳代で約9割)、女性では正規雇用者は20歳代後半(約7割)をピークに50歳代では約4割にまで低下し、契約社員や派遣社員などの非正規雇用者が増えること、また、現在のところ、女性では正規雇用者であっても男性と比べて管理職比率が格段に低いことなどがあげられる。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、2022年の一般労働者の管理職に占める女性比率は係長級では14.4%、課長級では24.4%、部長級では9.5%であり、上位の役職になるほど女性比率は低下する。また、内閣府「女性役員情報サイト」によると、上場企業に占める女性役員比率は9.1%にとどまる。
図表2 性年代別に見た給与収入(年収)の推計値(年間、万円)
2家事活動の収入換算額~全年代で女性が多く、3539歳で男女差約200万円、高齢期も100万円超
家事活動の収入換算額については、内閣府の報告書によると、全体で男性では年間60.4万円、女性では194.3万円(男性より+133.9万円)であり、給与収入と異なり、全ての年代で女性が男性を上回る(図表3)。また、男女とも20歳代から30歳代にかけて増えた後、男性では60~70万円で横ばい推移する一方(40~44歳の73.7万円が最大)、女性では35~39歳(272.1万円)をピークに減少していく。ただし、女性では70~74歳でも200万円を、85歳以上でも100万円を超える。

男女差は30歳代から60歳代までは150万円を超え、差が最大の35~39歳(女性が男性より+199.7万円)では約200万円もの差が生じる。

つまり、男性では家族形成期や高齢期の年代でも、家事活動による収入換算額は同様である一方、女性では、特に未就学児の子がいるなど子育てに手のかかるような年代では実に300万円弱、高齢期でもおおむね100万円を超える。これらの結果、年代によらず男女差はひらいている。
図表3 性年代別に見た家事活動の収入換算額(年間、万円)

4――年収推計額と家事活動の収入換算額の合算値

4――年収推計額と家事活動の収入換算額の合算値~子育て期は女性が男性を約80万円上回る

先の有償労働(給与収入)と無償労働(家事活動の収入換算額)の値を合算すると、全体で男性では年間573.9万円、女性では567.8万円(男性より▲6.1万円)となる(図表4)。労働力率が比較的高い20歳代から60歳代3に注目すると、男性では50歳代後半に向けて増加する一方、女性では20歳代から30歳代にかけて増えた後、50歳代までおおむね横ばいで推移する。
図表4 性年代別に見た給与収入(年収)と家事活動の収入換算(年間)の合算値(万円)
男女差を見ると、20歳代から40歳代前半までは女性が(差のひらく30歳代では女性が+約80万円)、40歳代後半から50歳代までは男性が(50歳代で男性が+約50万円)、60歳代では再び女性の方が多くなっている(60歳代後半で30歳代と同様に女性が+約80万円)。

つまり、冒頭で「稼ぎが少ない方が家事や育児をすべき」との声に触れたが、おおむねフルタイムで働いている男女について、有償労働(給与収入)と家事や育児等の無償労働の収入換算値をあわせると、子育て中の女性も多い年代では、女性の方が男性より約80万円、働いていることになる。一方、50歳代では男性の働きが大きいことになるが、先にも触れたが、正規雇用者の多い男性では管理職比率が高まり、給与収入が伸びやすい年代である一方、非正規雇用者の多い女性では給与収入が伸びにくい上、子育てに手のかかる時期を過ぎて家事活動の収入換算額が減ることによる。一方で、60歳代になると、男性では働き方が変わり(退職後の再雇用など)給与収入が減ることで、再び女性の働きが男性を上回ることになる。

「そもそも無償労働と有償労働は質が違う」「家庭によって状況は様々であり、得意な方がやればいい」など様々な考え方があるだろう。また、本稿の推計は、家事活動や働き方に多大な影響を与える同居家族の状況(配偶者や子の有無等)を考慮せずに、単純に全体、あるいは各年代の平均値を合算したものであり、推計として粗い部分もある。

一方で、現在のところ、特に子育て期の年代では家事・育児に対して強い負担を感じている女性は多く4、「稼ぎが少ないから」と言われると言葉を返しにくい心情は容易に想像できる。このような中で、給与収入に家事や育児の対価をあわせれば、子育て期の年代においては、実は女性の収入が男性を上回る可能性があるという状況は、男性にも女性にも何らかの気づきを与えるのではないだろうか。
 
3 総務省「令和4年労働力調査」によると、労働力率は15~19歳19.7%、20~24歳代74.6%、25~34歳89.8%、35~44  
歳88.4%、45~54歳88.4%、55~64歳80.1%、65~69歳52.0%、70~74歳33.9%、75歳以上11.0%。
4 久我尚子「少子化進行に対する意識と政策への期待(1)」(ニッセイ基礎研レポート、2023/4/27)にて、少子化の要因について尋ねた調査結果において、「子育てによる身体的・精神的負担が大きすぎることが原因だ」という問いに対して、そう思う割合は20~50歳代の男性ではいずれも半数を下回る一方、女性ではいずれも半数を超え、特に30歳代(66.0%)で目立って高くなっていた。
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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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