2023年11月09日

米国におけるAM(合算法)の開発を巡る状況-2023年9月の暫定AMの概要報告等-

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4|資本リソース
(1)一般的
資本リソースには、調整済利用可能資本と金融商品という2つの構成要素を含む1つの階層がある。

適格金融商品は、グループレベルでの共通の基準セットを使用して決定される。これらの金融商品は、持株会社レベルで発行され、持株会社の貸借対照表で負債として扱われる。これらは、 「シニア債務」、「ハイブリッド」、「サープラスノート(又は類似)」及び「その他」 に分類される。利用可能資本は、法人レベルで決定される。法人レベルで発行された金融商品は、現地の法定制度において利用可能資本として認識されている範囲内で、AMにおいて資本リソースとして認識される。

(2)金融商品の認識
AMにおける適格資本リソースとしての金融商品の認識は、以下の5つの主要な原則に基づいて策定された基準の検討に基づいている。

・損失吸収能力(継続企業ベースや清算ベース)
・劣後性
・損失の吸収可能性
・永続性
・負担と義務的なサービス費用の両方の欠如

これらの原則に基づき、金融商品には一定の基準が適用されるが、これらの基準は、構造上の劣後性4環境の下での経済状況や既存の法的保護を反映しつつ、ICSの資本リソースとして適格な金融商品を決定するために使用される基準と一致している。AMデータ収集の一部としての分析は、AMとICSで認識されたこれらの金融商品の金額に重要な差異はないことを示している。
 
4 「構造上の劣後性」とは、ここでは持株会社が第三者投資家に直接金融商品を発行し、その発行代り金を保険子会社にダウンストリームしている状況を指している。
(3)制限
適格金融商品の認識額は、総利用可能資本(商品追加前)の75%を上限とする。これは、金融商品を含むグループ資本の43%を上限とすることに等しい。AMデータ収集の一部として、この上限の影響とICS内の同じ金融商品に対する制限の影響との間に重要な差異がないことを確認するためにレビューが行われた。
5|集計
調整とスケーリングの適用後、IAIGの利用可能資本と必要資本は、事業体区分別に集計される。グループ資本リソースは、各事業体の調整後利用可能資本と上記の制限対象の下での適格金融商品の合計となる。グループ必要資本は、各事業体のスケール調整済必要資本の合計となる。

5―スカラー方法論の検討

5―スカラー方法論の検討

AMにおいては、管轄区域間の資本要件を同等のレベルに調整するために、「スカラー(Scalar)」と呼ばれる係数が使用される。

AMデータ収集には、合理的なスケーリング方法を特定、推定、評価するための分析が含まれており、この分析は、スカラーに関するAmerican Academy of Actuaries(米国アクチュアリー学会)による2021年の論文「各国の規制上の必要資本の集約:理論的及び実務的考察」5に基づいている。

現在検討中のスカラー方法論としては、以下のものが挙げられている6。なお、以下の方法論以外にも、これまでに、「Reverse Engineered ICS」、「内部モデル」、「Banking Equivalent」といった手法も検討されてきたが、これらの3つについてはもはや検討されていない。
 
5 https://www.actuary.org/sites/default/files/2021-04/scalars.pdf
6 (AMと同様の計算を行う)GCC(グループ資本計算)の算出におけるスカラー方法論に関して、ACLI(米国生命保険会社協会)は、2023年6月に、超過相対比率アプローチの採択を推奨し、その理由として、①管轄区域間の必要準備金の差異を最もよく認識する、②保守的なグローバルな保険会社の資本管理実務を最もよく反映している、という重要な利点を挙げている。
1|暫定AM
上記で述べたように、暫定AMにおいては、スカラーは100%としている。

基本的な前提として、各管轄区域における制度は、その管轄区域内の商品に最も適した評価、資本リソース、資本要件のアプローチを使用しているため、各制度を同等のレベルに最適化するために必要な調整は、基本的な制度で既に行われている。
2|純粋相対比率アプローチ(Pure RRA)
この方法は、IAIG内の各現地規制制度の規制対象企業の資本要件のみを調整する。スカラーは、各企業区分内の業界平均自己資本比率の比較を通じて計算される。例えば、ある管轄区域内の平均自己資本比率が他の管轄区域の2倍である場合、その管轄区域のスカラーは半分になる。

米国のRBC区分のスカラーは、NAICのRBCの下で権限管理段階(Authorized Control Level)の200%と300%に相当する異なる介入レベルでテストされている。どのレベルを使用するかの決定は、どのレベル(米国及び同等の管轄区域)がICSに最も匹敵すると考えられるかに依存する。
3|超過相対比率(Excess Relative RatioERR)アプローチ
利用可能資本と必要資本の両方を調整する。これは、最初の介入レベル要件を上回る超過資本(フリーサープラスとも呼ばれる)比率を調べることによって、純粋相対比率アプローチにステップを追加する。管轄区域の超過自己資本比率を計算するには、まず、選択した介入レベルで必要な自己資本比率を超える自己資本比率の金額を計算し、この金額は、選択した介入レベルで必要な自己資本比率で除算される。

この手法もまた、NAICのRBCの下で権限管理段階の200%及び300%に相当する異なる介入レベルでテストされた。どのレベルを使用するかの決定は、どのレベル(米国及び同等の管轄区域)がICSに最も匹敵すると考えられるかに依存する。
4|99.5%VaR
これらは、1年の時間軸で99.5%のVaRに相当するレベルに較正される、純粋なスカラーである。この (又は同等の)レベルに調整されている管轄区域の場合、この方法ではスケーリングされない。同等のレベルの例としては、1年の時間軸での99%のTail VaRと、1年の時間軸での0.5%のデフォルト確率がある。
5|監督上の評価手法
この方法は、ICSと同等レベルのソルベンシー保護を含む同等の結果を生み出す制度のための必要資本として、現地PCR(又は同等のもの)を使用する。これは、実際には99.5%VaR方法論に似ているが、他の同等性基準の定性的な考慮が追加される。実際には、99.5% VaRは暫定AMに似ているため、この方法はまた、スケールされていないアプローチと同様の結果をもたらす。
(参考)超過相対比率アプローチによる計算
超過相対比率アプローチ計算のための手順は、以下の通りとなっている。

ステップ1:管轄区域の資本要件を理解し、最初の介入レベルを特定する。
ステップ2:集約された業界財務データを取得する。
ステップ3:管轄区域の業界平均自己資本比率を計算する。
ステップ4:管轄区域の超過自己資本比率を計算する。
ステップ5:スカラーを開発するため、管轄区域の超過自己資本比率と米国の超過自己資本比率を比較する。
ステップ6:GCCにおける米国以外の保険会社の金額に対してスカラーを適用する。

なお、各管轄区域における会計と資本要件に組み込まれた保守性のレベルは、生命保険会社と損害保険会社では大きく異なる可能性があり、スカラーはビジネスの種類に応じて決定される。

具体的な計算例は、米国とA国との比較を行う場合、以下の通りとなる(生命保険会社の例)。

ステップ1
米国のRBCについては、100%会社行動段階(Company Action Level)(=100% CAL RBC)(これは200%権限管理段階(Authorized Control Level)(=200% CAL RBC)に等しい)が基準となる。

A国において、米国の100% CAL RBC に相当する介入水準が、A国における自己資本比率の150%に該当する、とする。

ステップ2
業界全体の財務データは、以下の通りとする。
・米国 合計調整済資本 4,950億ドル 100% CAL RBC  1,020億ドル
・A国 利用可能資本  830億ドル  基準必要資本(BRC) 360億ドル

ステップ3
業界平均自己資本比率は、以下の通りとなる。
・米国 4,950億ドル/1,020億ドル=485%
・A国  830億ドル/360億ドル=231%

ステップ4
超過自己資本比率は、ステップ1で定められた初回介入時自己資本比率を控除して、以下の通りとなる。
・米国 (485%-100%)/100%=385%
・A国 (231%-150%)/150%=54%

ステップ5
A国に対するスカラーを計算するために、A国の超過自己資本比率を米国の超過自己資本比率で割る。
54%/385%=14%
即ち、A国の(生命保険会社に対する)スカラーは、14%となる。

ステップ6
スカラー計算がどのように機能しているのかは、以下の通りとなっている。
・A国のある生命保険会社の報告数値
利用可能資本 1,367,456ドル、基準必要資本(BRC) 341,866ドル

・BRCの初回規制介入レベルへの較正
341,866ドル×150%=512,799ドル

・調整後の最低必要資本
512,799ドル×スカラー14%=71,792ドル
その差は 441,007ドル

・スカラー適用後の利用可能資本
1,367,463ドル-441,007ドル=926,456ドル

・以上の結果として、
スカラー適用前の自己資本比率 1,367,463/341,866= 400% 
スカラー適用後の自己資本比率  926,456/ 71,792=1290% 

※ なお、この例では、会社のスカラー適用前の自己資本比率(400%)がA国の業界平均(231%)を上回り、スカラー適用後の自己資本比率(1290%)が米国の業界平均(485%)を上回っているが、会社のスカラー適用前の自己資本比率がA国の業界平均よりも低い場合、そのスカラー適用後の自己資本比率は米国の業界平均よりも低くなり、自国の業界平均と等しいスカラー適用前の自己資本比率を持つ会社は、米国の業界平均と等しいスカラー適用後の自己資本比率を持つことになる。

6―AMの実施と最終化

6―AMの実施と最終化

今回の暫定AMに関する資料は、IAISの同等性評価の結果と年次AMデータ収集の結果の分析に基づいて決定される更なる変更の対象となる実施のために想定されるAMを記述している。

AMの変更に関する最終決定は、IAISが同等性評価を実施した後に行われることになっている。

ICSと同様に、AMを使用する管轄区域は、決定されると、それをグループ資本制度に導入する。例えば、AMを実施する意思を表明した管轄区域として、米国はGCC(グループ資本計算)を通じて米国IAIGsのAMを実施する。GCCはAMと同様の計算であるが、追加の報告とより具体的なガイダンスがある。GCCは、グループ全体のリスクと自己資本の妥当性の評価に使用するための分析情報をグループ全体の監督者に提供する。GCCは、米国の州保険監督者が入手した他の情報と組み合わせて、米国の州保険監督者が自己資本の評価を行うのを支援する。これには、Schedule Yに記載されたグループ組織情報、Form Fに記載された企業リスク情報、及びORSA(リスクとソルベンシーの自己評価)提出書類(該当する場合)に記載された内部リスク自己評価情報が含まれる。

AMは、それがビルディングブロックとして使用する現地のソルベンシー制度とともに進化する。これらの制度はIAIGsによって所有される法人の変化に適合していくため、AMも同様となる。パラメータの更新は、AMの現在の仕様と一貫性のある方法で行われる。現地の規定資本要件(又はそれに相当するもの)は、現地の監督当局とのコミュニケーションを通じて維持される。スカラーのさらなるメンテナンスは、選択された方法論の基礎となる原則に従って行われる技術的演習となる。ICSで使用されるパラメータにも同様の更新が必要であり、そのためのプロセスはAMにおいても同じく使用が検討される。AMの構成要素は、集計ベースの手法に固有のものであるため、変更されることはない。

7―AMに対する反応等

7―AMに対する反応等

米国の監督当局は、AMは各管轄区域の資本要件をベースにしていることから、グループ資本への標準化されたアプローチでは処理が困難であることが証明されているビジネスモデル、特に長期生命保険の取り扱いについて、各国監督当局の各管轄区域の実態を踏まえたものが反映される形になっていることで、より適切なアプローチであると考えている。また、ICSの過度に短期的な変動に焦点を当てる資本規制については、プロシクリカリティをもたらし、伝染リスクを悪化させる可能性が高く、米国で販売されている長期の生命保険や退職商品の商品及びリスク軽減機能を適切に反映しておらず、米国の資本市場で利用可能な投資の選択肢が、そのような長期商品をどのようにサポートしているかを反映していないとして、米国を拠点とするIAIGsの PCR として適切ではない、と述べてきている。

これに対して、欧州の保険業界の関係者等からは、現在の米国のAMの開発状況等について、「同等性評価を行うために使用できる詳細な説明を欠いている。」との批判が向けられている。

欧州の保険業界団体であるInsurance Europeは、IAISによる「PCRとしてICS候補」に関する協議への回答7の中で、AMに関連して、「Insurance Europe はまた、AM のアプローチが ICS 候補とは根本的に異なり、ICS プロジェクトの基礎となった目的(「共通言語」、「共通の方法論を含む単一の ICS」等)を損なうリスクがあることを懸念し続けている。これらの目標は、ICS プロジェクトに対する業界の支援の基礎だった。AM の開発と同等性評価に関する透明性の欠如についても懸念が残っている。現在、提案されている AM アプローチは特定化されていないままであり、IAISがICSとの同等性を評価するために使用するプロセスはまだ公表されていない。これは、広範でマルチレベルの技術仕様があり、フィールドテストと監視が行われているICS とは対照的である。ICS が『規定資本要件としての実施に適している』ためには、同じレベルの保険契約者保護を確保し、全ての主要な管轄区域にわたって実施される健全性監督のためのグローバル基準の重要な目的を損なうことがないように、同等性評価の実施が十分に堅牢で、定量的に実証され、透明性があることが極めて重要である。」と述べている。

8―まとめ

8―まとめ

以上、米国のNAICやFRBが、国内及び国際的なその他の関係する管轄区域と協力して開発している、AMの開発を巡る状況及びそれに対する各種団体等の反応等について報告してきた。

AMのICSとの同等性評価については、2021 年3 月に、市中協議を経て、同等な結果の定義と同等性基準の開発を導く6つのHLPs に合意した。また、2023 年3 月に、これらに基づいて、各HLP についての詳細な最終基準が公表された。

今後、AMの同等性評価については、これらのHLPsと基準に基づいて、2023年第3四半期に開始される。IAISは2023年10月17日に声明を発表8しているが、これによれば、同等性評価は、IAISが2023年6月に協議のために公表した「PCRとしてのICS候補」と、今回の「暫定AM」を使用して行われる。その後、これらの「PCRとしてのICS候補」や「暫定AM」に加えられていく変更を反映して、2024年第3四半期に同等性評価に関する最終的な報告書が発行され、2024年第4四半期に同等性評価の最終決定が下される予定になっている。

AM及びそのベースとなっているGCC(グループ資本計算)の開発状況等や、それに基づくAMのICSとの同等性評価が今後どのような形になっていくか、については、米国に保険子会社を有する保険グループ等を中心に、大変関心の高い事項となっていることから、今後とも引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2023年11月09日「保険・年金フォーカス」)

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【米国におけるAM(合算法)の開発を巡る状況-2023年9月の暫定AMの概要報告等-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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