2023年10月12日

金融システム、特に保険と年金基金のリスクと脆弱性に対する助言等の公表(欧州2023秋)-EIOPA等の合同報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――合同報告書の発行

2023年9月18日、欧州の3つの監督当局(欧州銀行監督機構(EBA)、欧州保険・企業年金監督機構(EIOPA)、欧州証券市場監督機構(ESMA))は、EU金融システムのリスクと脆弱性に関する2023年秋期合同委員会報告書1を発行した。

この中で、経済の不確実性は引き続き高く、各国監督当局等に対し、不確実性の高まりから生じる金融安定を脅かすリスクについて警告し、全ての市場参加者に対して引き続き警戒することを呼びかけている。

各国監督当局、金融機関、市場参加者それぞれに対し助言されている項目について紹介する。また「保険・年金フォーカス」という本稿の主旨に則り、特に保険や年金基金に関する状況が取り上げられている部分を中心に紹介する。
 
1 Joint Committee Report on Risks and Vulnerabilities in the EU Financial System(August 2023)
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-09/Joint%20Committee%20Report%20on%20risks%20and%20vulnerabilities%20in%20the%20EU%20financial%20system%20-%20Autumn%202023.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――経済環境の認識

2――経済環境の認識

近年、ロシアのウクライナ侵略、エネルギー危機、2023年3月の米国中堅銀行の破綻など、金融機関にとっては逆境となるような状況が立て続けに発生したが、その中でもほとんどの金融機関はうまく切り抜けて現在に至っている。とはいえ、欧州経済は依然として経済的な不確実性が高まっており、金融市場のすべての参加者が警戒を要するような、金融安定化を脅かす重大なリスクを抱えたままである。特に地政学リスクが依然高く、高いインフレ、不確実なマクロ金融見通しの中で、経済見通しは依然脆弱である。

2023年3月の銀行セクターの混乱が市場に与えた影響は、欧州の金融システムが引き続き、外部的な要因のショック(外生ショック)に対して敏感であることや、市場の不確実性が依然として高いことをはっきりと示しているようだ。市場の緊張感や、金融システムの一部に関する悪いニュースが急速に広がると、全体的なリスク嫌悪とその回避行動につながる可能性がある。

3――保険・年金基金の現状

3――保険・年金基金の現状

1保険セクターの状況
金利上昇により、保険会社のSCR(経済価値ベースのソルベンシー指標)は生命保険、損害保険ともわずかながら改善した。欧州域内(EEA内)の保険会社のデュレーションギャップ(資産と負債のデュレーションの差)は約5年あった。今後の金利上昇の場面では、負債(責任準備金)が資産よりも相対的に大きく減少するので、負債を上回る資産の金額すなわちソルベンシー能力にプラス効果をもたらすことが想像できる。

保険会社は、金利上昇と高いインフレ、それに加え、保険金支払いの増加もあって投資分野、保険引受分野とも収益性が低下した。特に国債等の価格の下落が要因であり、実際保険会社は債券に関しては売り越している。今後の金融市場の見通しは不透明ではあるが、金利上昇の中で、満期を迎えた債券がより高いクーポンの債券に置き換わっていけば、ポートフォリオは強化され、収益性も向上することが予想される。
2年金基金の状況
確定給付型年金については、部門全体の財務状況は、既に強固に改善されているのだが、年金ギャップがあるので、それをきっかけに長期的には広範囲にわたる金融安定を脅かす要素は残っている。

保険セクター同様、金利の上昇により負債が資産よりも相対的に大きく減少したことで、財務状況は改善している。すなわち、資産サイドにおいては、債券価格や投資信託価格の下落により総資産が減少しているものの、金利上昇により責任準備金がそれ以上に減少している。

国によって年金ギャップの状況は異なるが、それぞれの国の年金制度にあわせた状況の検討により、退職所得に対する国民の意識を高めることができれば、年金ギャップの解消につながると考えられる。

4――今後の注視すべきリスクについての分析

4――今後の注視すべきリスクについての分析

合同委員会は、金利リスク、流動性リスク、信用リスクの3つが、銀行、保険、投資ファンドなど様々な金融セクターにとって、特に重要であるとみている。これらを管理していくことでシステミックなリスクも緩和することができ、現時点では欧州の金融機関は概ね、準備・適応できていると考えている。

しかし先に経験したように、債務連動型の投資商品に関わる事象や、米国の銀行業界の一時的な混乱にみられたように、システミックリスクは時に現実化するので、引き続き注意が必要であることはいうまでもない。
1金利リスク
金利の緩やかな上昇は、一般には金融業界にとって有益であるが、これまで10年以上も超低金利が続いてきた状況から高い金利への適応の過程で、たとえば社債価格が下落するなどのリスクもあり、引き続き慎重な警戒を続けることが重要である。金利の上昇は債券等の価格下落と同時に、負債側の評価額も減少するなど、(銀行・保険とも)バランスシートに大きな変動をもたらすものである。また金利デリバティブを多用している保険会社などでは追加証拠金が必要になるなど、一時的に損失を招くこともある。また投資ファンドにとっては金利上昇局面ではデュレーションを短縮して金利リスクの影響を軽減するような資産配分とせざるをえないなど、収益性に一時的に悪影響を及ぼす場面もあろう。
2流動性リスク
クレディ・スイスや米国の銀行業界の混乱の例は、急速な資金流出に対して、銀行がどの程度脆弱であるかを見せつけた。また「デジタル時代」の情報の出回る速さにより、預金者の行動も迅速となり、これまでより非常に速いスピードで預金が動かされる可能性がでてきた。

また保険会社のほうは、預金の流出ほどではないとしても、保険契約者は、解約により他の金融商品に乗り換える権利を有している。現在の金利上昇局面、特に急激に金利が上昇する状況下では、解約インセンティブが働きやすくなっている。
3信用リスク
信用リスクは、現時点においては大きく変動する状況にはない。しかし、たとえ経済全体の見通しが改善しても、国別の状況などにより信用リスクが高まるあるいは顕在化する可能性は依然として高い。常時監視していくことが必要である。

5――助言内容

5――助言内容

これらのリスクと脆弱性を踏まえて、3者合同委員会はこの報告書の中で、監督当局、金融機関、市場参加者のそれぞれに対し、以下のような政策措置を講じるよう助言している。
 
・金融機関と各国監督当局は、政策金利の大幅な上昇と、リスク管理で考慮されるリスクプレミアムの突然の上昇による広範な影響を、注意深く監視していく必要がある。
 
・金融機関と各国監督当局は、金融セクターにおおける資産の質の悪化に引き続き備える必要がある。監督者は資産の質と貸倒引当金の動向を引き続き注意深く監視する必要がある。
 
・金融機関と各国監督当局は、インフレリスクの影響を認識し、注意深く監視する必要がある。インフレは資産の質や評価への影響を通じて金融機関に影響を与えるだけでなく、金利上昇やデリバティブの証拠金の増加などの支出の増加や資金調達コストの上昇を通じても金融機関に影響を及ぼす。
 
・米国とスイスにおける最近の問題発生がはっきり示すように、金融機関は特に流動性リスクと金利リスクに関連して効果的なリスク管理とガバナンス体制を重視する必要がある。金融機関は将来の大幅な金利変動の影響への耐性を維持する必要がある。

6――おわりに

6――おわりに

この合同報告書は毎年春と秋の2回公表されており、欧州の金融業界を取り巻く状況やその
評価・対処といった点をみることができる。引き続き状況をみていくこととしたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年10月12日「保険・年金フォーカス」)

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