2023年09月27日

改正ベトナム保険事業法(2)-契約総論(その1)

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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3|保険契約者の権利義務
(1) 保険事業法により保険契約者は以下の権利を有する(21条1項)。
a) 加入する保険企業等を選択すること:
―この点に該当する条文は保険法にはないが、日本民法の原則である契約自由の原則のひとつであり、保険法にも当然のこととして規定はないものと考えられる。

b) 保険企業等に対して、保険契約のリスク、保険対象物件、規則、条件に関する質問書を提供するよう要請すること:
―上記2|(2)a)に対応するもの。義務的な行為であるのに、権利として規定されているのが特徴的である。

c) 契約移転 (policy of merger)9の証拠となる保険証券発行を保険企業等に要求すること:
―英訳文からは保険契約者または保険金受取人の変更かと思われるが、そうだとすると日本では伝統的に保険証券の裏書によって対応している10。保険法に該当規定はない。

d) 保険契約・法により定められた保険料の請求書を保険企業等に要求すること:
―上述(2|(2)d))に対応する規定である。上述の通り、保険料の請求書を発行することに関する保険法の規定はない。

e) 保険企業等の説明義務違反、および契約自動更新取扱いの拒絶の権利を有するときの契約者からの取消し、または保険事業法26条に基づいて保険企業等が保険契約の履行を一方的に解除できるときに保険契約を解約すること:
―日本と比較して特徴的なのは説明不十分による契約者からの取消を認めている点である。日本では民法の問題として判断されるが、保険企業等からの説明が不十分な場合は、一般的には損害賠償義務を保険企業側に課すことが通例であり(たとえば変額年金の相場下落による損害等)、取消が認められるケースは少ない。説明不十分による取消を原則としているところに保険事業法の特徴がある。

f) 保険事故発生時に保険企業等に対して保険金支払いを要求すること:
―上述2|(2)e)に対応する規定である。

g) 保険契約および法に従って、保険契約を履行すること:
―保険契約者が権利として保険契約を履行するという規定は保険法にはない。英文訳が正確かは不明であるが、保険事業法に特徴的な規定である。
 
9 Policy of mergerの英訳文が正確ではない可能性がある。
10 保険証券を廃止した会社においても何らかの通知が行われているものと考えられる。
(2) 保険事業法により保険契約者は以下の義務を負う(同条2項)。
a)保 険企業等により保険契約に関連して要求されたすべての情報について完全かつ誠実に提供すること:
―これは2|(1)b)に対応する義務である。

b) 保険加入にあたって保険契約者に関する条件、権利と義務を読み、理解すること:
―保険事業法に特徴的な規定である。保険業法では保険企業等の情報提供義務としてのみ規定されており(294条)、保険契約者が理解をしなければならないという顧客側の義務としては定められていない。ベトナムでは説明不十分で契約取消を行うことができるとされており(上述21条1項e)参照)、顧客側も理解の努力を行うべきという考え方であろうか。

c) 保険契約に基づいて定められた保険料を定められて時期までに支払うこと:
―上記2|(1)a)に対応するもの。

d) 保険企業等に対して、リスクの増減、及び契約履行にあたって保険企業等に追加の責任が生ずることを通知すること:
―保険法29条はリスクの増加に対応した保険料を増額することで契約を継続できるときであっても、次の場合に保険企業等は保険契約を解除できるとしている。1)危険の増加を通知すべきことが定められていること、2)保険契約者が故意または重大な過失により、1)の通知をしなかったときである。したがって、保険企業等の約款に規定があることを前提として、危険増加の際に通知を要するという意味においては同趣旨の内容が規定されていると考えてよいと思われる。

e) 保険企業等に保険事故発生を通知すること、また保険企業等の損害査定に協力すること:
―保険事故発生時における保険契約者の説明義務については、保険法制定時に法制審議会で議論されている。ただ、保険事故はさまざまであることから、法律上の義務として説明義務として規定することが困難であることなどを理由として立法は見送られている 。なお、保険法では保険契約者が必要な協力を行わない場合には、保険企業等の保険金支払いについて遅滞の責任を負わないこととされていて、損害調査の協力義務は規定されている(21条3項、52条3項、81条3項)。

 f) 法律に従い損害を防止又は軽減する措置を取ること
―上記2|(1) e)を参照。

g) その他法律で定められた義務

3――保険契約の効力(22条~23条)

3――保険契約の効力(22条~23条)

1|情報提供義務・告知義務違反の効果
(1) 情報提供義務・告知義務
保険企業等は保険契約締結にあたって、保険契約者に対し、保険契約について十分で、正確な情報を提供し、保険の条件を説明する必要があり(情報提供義務)、他方で、保険契約者は保険企業等に対して、被保険者・被保険対象物に関連する完全で信頼のおける情報を提供する責任がある(告知義務)(保険事業法22条1項)。

保険契約者が保険加入時に不十分又は虚偽の情報を故意に提供した場合(告知義務違反)には、保険企業等は保険契約を解約する権利を有する。保険企業等は保険契約で定めた合理的な控除額を除いた払込保険料を返還する。仮に告知義務違反で保険企業等に損害を発生させた場合には保険契約者はその損害を補てんしなければならない(同条2項)。
 
(2) 情報提供義務違反の効果
保険企業等が情報を提供しない、あるいは誤った情報を提供した場合(情報提供義務違反)には保険契約者は保険契約を取消する権限と払込保険料の返還請求権を有する。情報提供義務に違反した保険企業等は保険契約者に損害が発生した場合には補てん義務を負う(同条3項)。
 
(3) コメント
保険事業法20条(保険企業等の権利義務)、21条(保険契約者の権利義務)で保険企業と保険契約者の権利義務を規定していながら、改めて情報提供義務と告知義務を規定しているのは、これら義務違反の効果=解除権または取消権が生ずることを明示的に定めるためであると考えられる。保険業法と比較すると、告知義務違反による解除は同様であるが、保険企業等からの情報提供義務違反で保険契約者に取消権が与えられることに特徴が認められるのは上述の通りである。
2|保険の対象となる危険の変動
(1) 危険の減少
保険料の算定要素の変動が保険の対象となっている危険の減少につながるものである場合、保険契約者は保険企業等に対して以下のことを要求する権利がある。a)残余期間の保険料の減額、b)残余期間の保険金総計額の増加、c)保険期間の延長、d)残余期間の付保範囲の拡大(保険事業法23条1項)。

保険企業等が上記要求を受け入れない場合は、保険契約者は一方的に契約を解約することができる。ただし、この場合、直ちに保険企業等へ通知しなければならない(同条2項)。
 
(2) 危険の増加
保険料の算定要素の変動が保険の対象となっている危険の増加につながるものである場合、保険企業等は保険契約者に対して以下のことを要求する権利がある。a)残余期間の保険料の再算定、b)残余期間の保険金の削減、c)保険期間の短縮、d)残余期間における保険範囲の縮小(同条3項)。

保険契約者が上記要求を受け入れない場合は、保険企業等は一方的に契約を解約することができる。ただし、この場合、直ちに保険契約者へ通知しなければならない(同条2項)。
 
(3) コメント
日本の保険法では危険の「著しい」減少に限り保険料の減額請求ができるとしている(11条、48条、77条)。上述の通り、法文から判断すると保険事業法はその文言上「著しい」減少に限らず対処を保険企業に対して要求することができる。そしてその対処は保険料減額だけではなく、上記の4つの方法が認められているところに特色がある。

また、保険法における危険の増加は上述の通りであるが、法律上は相応する保険料の増額で契約の継続が可能な場合は、保険料の増額が可能とされているだけであり、保険事業法のように4つの方法を認めているところにやはり特徴がある。

4――おわりに

4――おわりに

今回対象とした保険事業法の特徴は以下のようにあらわすことができる。すなわち、

(1) 保険の基礎となる原則を法律に規定すること
(2) 保険企業等の権利義務、保険契約者の権利義務を詳細に規定すること、

である。

これらは保険法あるいは保険業法にはない特徴といえる。(1)のほうは、日本では保険法のような各種契約法、保険業法のような事業主体の規制法などでは、いわゆるプログラム法(特定の政策を実現するための手順や日程などを規定した法律)などとは異なり、各種制度の原理や原則は規定されないのが一般的だと思われる。

また、(2)のうちでも保険企業等・保険契約者の権利義務をまとめて規定しているところに特色が見いだせる。保険法では、制度ごとに各主体の権利義務を規定するからである。

次回は契約総論(その2)、条文としては24条から32条を解説する予定である。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2023年09月27日「保険・年金フォーカス」)

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