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生物多様性の定義・意義などを復習-今後の本格的な企業の開示基準の提示に向けて

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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そうしたことをいずれ理解していく前提として、まずは素朴に生物多様性の定義や実態をみておく。
1――生物多様性の定義と実態
1992年に開催された、環境と開発に関する国際連合会議(いわゆる地球サミット)における「生物多様性条約」の中では、生物多様性は以下のように定義されている。
「全ての生物 (陸上生態系、海洋その他の水界生態系、これらが複合した生態系その他生息または生育の場の如何を問わない。) の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性および生態系の多様性を含む」
つまり、多様性にも段階があり、
・遺伝的多様性(1つの種の中でも遺伝子が多様で、形、模様などに個性がある。)
・種の多様性(多くの種が存在する。)
・生態系の多様性(森林、河川、干潟などいろいろな自然がある。)
がある。
日本は、この条約の締約国となり、条約上の義務を果たすため、1995年に生物多様性国家戦略を策定し、2008年に「生物多様性基本法」が公布されているが、その中の定義では
「この法律において「生物の多様性」とは、様々な生態系が存在すること並びに生物の種間及び種内に様々な差異が存在することをいう」 (生物多様性基本法第2条)
とある。生物学的には厳密な定義が必要とされるところだろうが、法律の上では比較的漠然とした表現とされているようだ。さしあたっては、われわれもこの程度の理解で進めても充分だろう。
ところで、ここでは簡単に「種」という言葉がでてくるが、これは生物を大項目1から分類していった時の最も細分化された段階の生物の種類の数である。実際には、種の総数というのははっきりしていない。人間にとって未発見のものもある。そうしたものも含めて500万~3000万とも言われている。
そのうち(たった)15万種を国連で調査したところ、その4分の1近くの約4万種が絶滅危惧種であったという。そのことから推測して、ざっと100万種のオーダーで絶滅の危機にあるのではないかといわれている。
だからといってこれだけで異常事態だということにはならない。地球上では数十億年の間に新たな種も生まれ、(人間など存在する前から)種の大量絶滅は通常5回あったとされ、現在は「第6の大量絶滅」と言われている。
生物多様性が危機に直面する原因にはいくつかある。過去5度の絶滅の要因としては、隕石の衝突、火山の噴火、あるいはそれによる寒冷化などの複合要因と考えられている。
ところが、現在の状況は、人間による開発や乱獲によるものもある上に、気温上昇など地球環境の大きな変動が原因といわれており、気温上昇も人間の様々な活動による影響が大きいとされている。
(地球温暖化については、気候関連リスク等への対応でも検討されているが、生物多様性と当然密接に関係する。)
1 代表的な分類方法として、例えば大きい方から、界、門、綱、目、科、属、種とある。人間は、動物(界)、脊椎動物(門)、哺乳(綱)、霊長(目)、ヒト(科)、ヒト(属)ヒト(種)ちなみに、ヒト科にはゴリラ、チンパンジー、オランウータンなどがいる。
2――なぜ生物多様性を守らなければならないのか
「生物多様性は、母なる地球とバランスよく共生することを含め、人類の福利と健全な地球、そしてすべての人々の経済的繁栄の基本である。我々は食料医薬品エネルギー清浄な空気と水、自然災害からの安全、レクリエーションや文化面でのインスピレーションを生物多様性に依存しているだけではなく、生物多様性は地球上のすべての生命システムを支えている。」
という文章から始まる。既に、生物多様性が生命そのものの基礎であることから始まって人間の経済活動の基本的要素でもあることが記されているが、段階を整理すると以下のようなことになろうか。
まずは、人間の生存そのものが、地球上の生物多様性に依存している。
大気(特に、酸素)の供給、気温の調整、水循環、土壌など、生物がお互いに支えあった基盤の中にあり、人間も例外ではない。
2|人間の経済活動や居住環境もそうである
人間の経済活動もそうである。食料、木材、医薬品、あるいは紙資源など、多くのモノが現在の自然環境の中で利用できている。文化についても、地域の自然環境に応じた多様な文化が発達してきた。
また森林や河川の保全は、土砂崩れなどの山地災害を防止・軽減している。(時に自然の猛威もあるが。)
3|企業活動もそうである
企業活動として、生物多様性を守ることは、一見本業から少し離れた回り道あるいは無駄なコストとみえても、長期的には経済的にプラスであると考えらえている。
その連鎖はいくらでも考えられるが、その場合、逆に自然多様性が失われたなら何が起きるかの方が想像しやすいかもしれない。例えば
・生物多様性の損失はまず土壌生産性の低下、ひいては農業活動の生産性の低下をもたらす。
そして食品生産全般のバリューチェーンに被害を及ぼす。
・自然関連の損失によって、気候も含めた政策的な規制が実施されることで、これまでの事業に修正を余儀なくされるとか、それを評価した場合の資産価値の低下、対応力の低下、その結果としての企業の信用力が低下する。
・森林伐採→ 水循環の阻害 →水不足 →農業生産の減少
水不足 →水力発電による電力不足 →電気料金の値上げ →生産物の価格上昇 →世界経済への悪影響 →金融システムへのシステミックな影響
これらはほんの一例であり、全ての産業に様々な形で連鎖的に影響していく。
4|世の中に企業活動を受入れてもらうにも必要
さて上記のような考え方が世の中に浸透したとすれば、企業活動が受け入れられるためには、生物多様性を重視する企業方針を示し、実施する必要がある。逆にそうしない企業の活動は受け入れられない、となると例えば株価などにも影響してくるのだろう。
というわけで、何も生物たちを守ろうとしているわけではなく(それだけではなく?)、自分たちの生存や経済活動に悪影響があるから、生物多様性を守ろうとしていることになる。
3――おわりに
実際にわが国の官庁のホームページをざっとみても、環境省は全般的なこと、経済産業省は企業活動の観点から、外務省は国際的な条約の観点から、国土交通省は都市開発や河川保全などの観点から、そして金融庁は企業財務の開示の観点から、などそれぞれ関心事項は異なるが、同じようなことを言っているように見受けられる。
民間あるいは半官半民の検討組織も多く、今月(2023年9月)には、その一つの重要な組織である、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)から、ひとつの最終提言が発表されるということである。
生物多様性の内容や意義については、上に挙げたようなイメージで十分と思われる。しかし次は、どの検討組織が何を目的として、行動指針や開示基準を提言しているのかを理解し、そのどれに従うべきなのかを見ていかなければならない。それは引き続き調査したあと、別の機会になろう。
(2023年09月15日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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