2023年09月19日

モバイル・エコシステムにおける競争-デジタル市場競争会議の最終報告の公表

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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5-2.取得データの内容やデータ取得の方法、条件の不透明性
(略)
 
5-3.エンドユーザーによるデータポータビリティの確保
(最終報告の骨子)個人のデータについてOS間及びブラウザ間でのポータビリティについては、現行提供されているツールでは、スイッチングできるデータが必ずしもユーザーのニーズのあるものをすべてカバーしていない。また、スマートフォンにおける操作だけでは完結できないものもあり、エンドユーザーによる簡単なデータの移行又は現在のデータへの継続的かつ随時のアクセスを十分に可能にしているとは言えないと考えられる。 また、ユーザーの使用状況にも依存するものの、OS間及びブラウザ間のデータポータビリティは現状、ユーザー目線で簡単で実行可能なものにデザインされているとは言えないと考えられる(図表11)。
【図表11】データポータビリティ
そして最終報告では、一定規模以上のOSを提供する事業者、一定規模以上のアプリストアを提供する事業者、一定規模以上のブラウザを提供する事業者に対し、当該プラットフォーム事業者が提供するOS、ブラウザ、アプリストアをエンドユーザーが利用した際に提供又は生成されたデータについて、当該エンドユーザー又は当該エンドユーザーが承認したサードパーティからの求めに応じて、無償で、当該データの効果的なポータビリティを可能にするため、効果的なポータビリティの実施を促進するための無償のツール及び当該データに対する継続的かつリアルタイムでのアクセスを提供することを義務付けるべきであるとする31

(コメント)データポータビリティを義務付ける規定はDMAにもある。OS提供事業者はエンドユーザー(エンドユーザーにより権限を付与された者を含む)に対して、その要求により無償で、エンドユーザーにより提供された情報とエンドユーザーがプラットドームを利用することで生じた情報について、効果的なデータのポータビリティを可能にし、データポータビリティを促進するためのツールの提供、およびこれら情報への継続的でリアルタイムのアクセスを提供しなければならない(6条9項)というものである32

最終報告で特徴的なのは、iPhoneとAndroidとの間にデータポータビリティを実現することに障害があり、その障害について解消するよう求めることに重点を置いているところである。また、指摘しておきたいのは、データは誰のものかということに最終報告はユーザー個人本人のものであることを当然の前提としていることである。これまでの日本の個人情報保護法でもそこまでの割り切りをしていなかったように思われる(このような見方には異論もあろう)ので、思い切った整理をしたものと評価したい。
 
31 前掲注1p160~P164
32 前掲注14参照。
5-4.ソーシャル・ログイン(「Sign in with Apple」)
(最終報告の骨子)Appleはアプリストアで審査を行う立場にあるが、アプリストアを利用するデベロッパが、当該サードパーティ以外が提供するソーシャル・ログイン(たとえばGoogleアカウント)を提供する場合に限ってではあるが、「Sign in with Apple」(SIWA)というAppleのソーシャル・ログインを行うことを選択肢することを義務付けている(図表12)。
【図表12】ソーシャル・ログイン
ソーシャル・ログインはロックイン(=ユーザーの囲い込み)を巡っての競争の最も重要な要素の一つであり、ユーザーが自社のソーシャル・ログインを利用すれば、そこでそのユーザーを自社に固定でき、他社に乗り換えられるリスクが減っていく性質があることから、SIWAの表示を強制することは、自社を利する措置になっていると考えられる。さらに、消費者の行動データの利用については、SIWAの使用に関する情報は、Appleが、匿名化された集約的な情報を受け取り、マーケティングのために利用する場合があるとプライバシーポリシーにも記載されており、このことも、Appleの競争上の地位を高めることにつながり得ると考えられる。

したがって最終報告は一定規模以上のアプリストアを提供する事業者に対し、自社のIDサービスの使用、オファー、相互運用を、当該アプリストアを利用するデベロッパに義務付けることを禁止すべきであるとした33

(コメント)この点、DMAにも同様の規定がある。OS提供事業者はビジネスユーザーとエンドユーザーに対して、リスト指定を受けたプラットドームの利用にあたり、他のリスト指定を受けたプラットフォームや閾値を満たすプラットフォームへの登録を要求してはならない(5条8項)と規定されている34

DMAの前文では、このような要求はOS提供事業者に対して新たなビジネスユーザーとエンドユーザーの獲得と囲い込み(lock-in)の手段を与えるものと指摘している。またデータの蓄積についても潜在的に有利な地位を与えるもので参入障壁を高めるものとして禁止するものであるとされる(DMA前文44)。これは大規模なプラットフォーム間で利用者を共有化することでますますデータの蓄積が進み、寡占化が進行することを踏まえての規律である。最終報告も問題意識は共通しているものと考えられる。
 
33 前掲注1 p164~p167参照。
34 前掲注14参照。
5-5.Chromeへの自動ログイン
5-6.ブラウザから自社ウェブサイトに対してのみ行う情報送付
5-7.検索クエリ、クリックデータなどへのアクセスの解放
(略)
 
6.OS等の機能へのアクセス
6-1.OS等の機能へのアプリに対するアクセス制限(MiniApp)
(略)

6-2.UltraWideBand(超広帯域無線)へのアクセス制限
(最終報告の骨子)Appleは、独自のU1超広帯域チップ(UltraWideBand。以下「UWB」という。)を所有している。このUWBは近接デバイスを認識するために使用され、例えば、iPhoneがHomePodを識別してやり取りを行う際や、AppleのAirTagや「探す」ネットワークによるマイクロロケーションにも使用されている。

Appleは、iOS11にUWBを実装した2019年から、少なくとも2021年/2022年までの間、UWBチップの利用を自社アプリのみに限定してきた。この結果、Appleのアプリが先行者として競争上の優位性を獲得し、他社が不利な立場におかれており、このようなアクセス制限が正当な理由なく行われる場合には、OS提供事業者であるAppleとサードパーティ間のイコールフッティングが阻害されることとなる(図表13)。
【図表13】UWBの利用制限
最終報告では一定規模以上のOSを提供する事業者に対し、OS等の機能について、自社に認められているものと同等の機能との相互運用性やそのためのアクセスを、サードパーティに対して認めることを義務付けるべきであるとしつつ、 ただし、OS提供事業者のOS等のセキュリティが毀損されることのないようにするため、あるいはプライバシー確保のために必要であり、かつ比例的な措置を講ずることは認められるべきとする35

(コメント)UWBとはブルートゥースに類似する近距離にあるデバイスを認識・接続する技術であるが、ブルートゥースよりも障害物による影響が少なく高精度であるという特徴を持つ。

本項目はDMA6条7項に該当するものと考えられる。具体的に、OS提供事業者は、サービスの提供者とハードウェアの提供者に対して、無償で、効果的な相互運用または相互運用目的のアクセスを提供しなければならない。これらはOSやバーチャルアシスタント経由でアクセスされるサービスやハードウェアに対して行われているアクセスや相互運用性と同程度でなければならないというものである(条文は一部抜粋)。次項のNFC(近接無線通信)へのアクセス制限と問題状況が似ている。

この点に関するDMAの解説としては、OS提供事業者は、OS提供事業者であると同時にOS経由で接続するウェアラブルデバイス(ウェアラブルwatchなど)や近接距離通信(Near field communication、NFC)などを利用するサービスの提供という二重の役割を有することがある。この場合、代替するサービスやハードの提供者にOSで同様の条件でのアクセスを認めないとすれば、それらの代替事業者の革新性を著しく損するとともにエンドユーザーの選択肢を損なうこととなる(DMA前文55,56,57)とする。このような慣行の競争阻害性に係る認識は、DMAと最終報告とで同様であり、最終報告のような結論は競争を歪める行為の事前規制として首肯できるものと考える。
 
35 前掲注1 p171~p173参照。
6-3.NFC(近距離無線通信)へのアクセス制限
(最終報告の骨子)スマートフォンによる決済方法には、大きく分けてQR等のコード決済と、非接触型のタッチ決済の2種類がある。タッチ決済の場合、近距離無線通信(Near Field Communication。以下「NFC」という。)のチップがついている端末にアプリをつなぐことになる。Android端末ではNFCチップの技術仕様がオープンになっているものの、iPhoneの場合、NFCの技術仕様がオープンになっていない。よって、デベロッパは、Android端末の場合には、タッチ決済のためのアプリを独自に作ることができるが、iPhoneのタッチ決済用のアプリを独自に作ることができない。 さらに、このような状況の中で、Appleは、iPhoneのNFCチップにアクセスするときに必ずApple Payを利用しなければならない仕様としている(図表14)。
【図表14】NFCとApple Pay 
現状、Apple Payを通じたアクセス以外のNFCチップへのアクセスをAppleは例外なく認めていない。これにより、NFCチップの機能を直接利用して決済サービスを提供しようとする決済アプリのデベロッパにとって、iPhoneのプラットフォーム上でApple Payと同等の立場で競争する機会が阻まれている。

決済事業を行う者にとっては、我が国のスマートフォンユーザーの多くが利用するiPhoneにおいてNFCを活用した決済サービスを提供できないとビジネス上大きなディスアドバンテージとなる中で、Apple Payを通じたタッチ決済の場合でも、NFCへのアクセスの許諾のプロセスや基準が不透明である場合、決済事業者間の公平、公正な競争が阻害される。

そこで最終報告では、前項6-2. UltraWideBand(超広帯域無線)へのアクセス制限と同様に、一定規模以上のOSを提供する事業者に対し、OS等の機能について、自社に認められているものと同等の機能との相互運用性やそのためのアクセス(この場合は同時期に同程度のアクセスを認めること意味する:筆者注)を、サードパーティに対して認めることを義務付けるべきであるとの結論を導き出している36

(コメント)コメントの内容は前項と同様であるが、参考情報としてApple PayがNFCを独占していることに対して欧州委員会が競争制限的であると認定したケースを参考にあげておきたい。具体的には、2020年6月16日、欧州委員会は、(1)Apple Payを、第三者である事業者が商業アプリやウェブサイトへの組み込む際にAppleが課す条件その他の措置、(2)iPhoneを利用して、店舗において支払うための近距離無線通信(NFC)機能(タッチアンドゴー)をApple Payに限定していること、および(3)Apple Payへ特定製品(iPhoneなどの競合製品)からのアクセスが制限されたと主張があったことについて、反トラスト法調査を開始すると発表した。その後、2022年5月2日欧州委員会は、AppleはiOS市場で独占的地位にあり、上記(2)のAppleの慣行は競争制限的であるとの暫定的見解を公表した37

いわゆるタッチアンドゴー決済のサービスとしては日本ではSuicaやPASMOといったサービスがあり、日本の独占禁止法上もこれらサービスの競争市場があるということもできる38。上述の欧州委員会の暫定的見解を参照してもAppleがiPhoneのNFC機能を独占することは、その程度は別として競争市場に一定の影響を及ぼす行為といえることから、本項目の方向性は妥当であると思われる。
 
36 前掲注1 p173~p176参照。
37 前掲注14参照。
38 タッチアンドゴー決済とQRコード®決済などをあわせて同一市場とする考え方もあり得る(QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標)。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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