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自然災害をカバーする保険の普及にむけた方策の検討(欧州)-EIOPAのスタッフペーパーの公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――保険ギャップの解消にむけた検討(欧州)
欧州においてはいわゆる自然災害(NatCat:Natural Catastrophe と表現されることが多い)保険の利用は依然として低く、全損失の4分の1しかカバーされていないと言われている。以前ここでも紹介した2ように、今年4月にはEIOPAと欧州中央銀行は共同で、家庭や企業に保険を通じた一定の補償を提供していくための政策を提示しはじめたところでもある。
この4月の報告書によれば、現状の保険ギャップ(損害額が保険でカバーされていない状況)を放置すれば、中長期的に一層拡大していくことが予想され、それにより災害からの企業活動の復旧の遅れや、サプライチェーンの混乱など、金融・経済全体に悪影響をもたらすことが懸念されていた。
これを是正すべく、保険会社、資本市場、政府それぞれの立場で何をすべきか検討が続いている。
今回の文書では、それとは別に、消費者側にある障壁について、紹介・考察している。
1 Measures to address demand side aspects of the NatCat protection gap
https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2023-07/EIOPA-BoS-23-217-Staff%20paper%20on%20measures%20to%20address%20demand-side%20aspects%20of%20the%20NatCat%20protection%20gap.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2 「気候災害への保険利用拡大に向けた制度検討の動き」(2023.5.24基礎研レター)
https://www.nli-research.co.jp/files/topics/74882_ext_18_0.pdf?site=nli
2――消費者側にある障壁
多くの消費者にとっては、保険加入の際に支払う保険料が高い、ということがまずは障壁となる。
たとえ、財産の損失を補うための保険の価値や重要性について、理解されていたとしても、そのために支払う保険料を高いと感じ、手が届かないものと感じてしまうことが多い、とのことである。
保険料の件以前に、そもそも保険の重要性が認識されていないという問題がある。あるいは保険料水準を高く感じることとセットの問題であるが、自然災害保険でカバーされる範囲が明確でないという問題がある。これは実際に保険加入を検討したくても、消費者自身ではそうしたことを完全に評価できない上に、保険会社からも、補償範囲全体をよくチェックするようにというアドバイスがなされないことが多い、という実態があるようだ。
金融全般の知識、この場合には特に保険に関する知識をもっている消費者がそれほど多くない、という問題がある。これは相対的なもので、消費者の知識に比べて、保険商品の方が複雑すぎるとも言えるかもしれない。よくわからない保険には、加入をあきらめるということがよくある。(逆に、内容がよくわからないまま加入することも問題ではあり、その場合には保険金が受け取れることに気づかない問題もでてくると考えられる。)
EIOPAが以前調査した結果によれば、調査対象者の約半数の人が「保険会社が自然災害の損失全てを支払ってくれる」と信じていたという。このように、保険会社が迅速に保険金を支払うかどうかの印象は重要であっろう。実際に保険会社が損害の大部分を迅速に支払った事例を経験した消費者(自分自身でも周囲の人でもよい)は保険に加入する傾向が高い。逆に期待ほど支払ってくれない事例を経験した消費者は、保険のカバーする補償内容に疑問を感じたまま、加入に向かわないという。
どの国においても、多くの消費者は、自分たちがさらされているリスクのことを充分に認識していない。あるいは誤って認識している。そのために保険の必要性を感じないので加入しない傾向がある。
これについても、EIOPAの調査によれば、保険に加入していない人の30%以上が、その理由を「自然災害に遭う可能性は非常に低いからである」と回答しているとのことである。消費者各々は、地域の実情や過去に起こった自然災害からリスクを認識していく傾向があり、それは当然なのだが、自然災害の経験がない消費者も正しくリスクを認識する(させる)ことが必要である。
同じ調査で、自然災害イベントを経験した人たちはしていない人たちよりも、保険加入率が2倍高かったという。
「国が損害を補償してくれる」という、漠然とした高い期待がある場合には、消費者の保険加入意欲は低下してしまう。EIOPAの調査によると、EU加盟各国には様々な救済制度があるが、そのうち国の補償がほぼ確実な国では、保険加入率が低いという結果になっている。しかしそれでも損害の補償は全額ではない場合もありうる。また調査において6割近くの人が、「自然災害による損失は政府が責任を負うべきだ」と回答している。
多くの国では住宅保険に加入するプロセスが大変難しくこれが普及に対する重要な障壁となっている。ただし、住宅ローンを設定したり、何らかの不動産等の所有権をもっていたりする人は、保険に加入することが多く、こうしたケースでは保険加入は義務と考えられているからではないかと考えられる。
3――自然災害保険の一層の普及のための方向性
1. 自然災害のリスクを正しく認識し、保険の利用可能性についても認知度を高めること。
リスク認識にあたってはアクセスしやすい特定のツールを開発し、提供する必要がある。それにより消費者一人一人が、住居を借りるとき、購入する時などに、自分の地域のリスクレベルを正しく確認でき、保険の利用可能性を充分認識できれば、加入率を高めることができる。
2.保険商品に対する消費者の理解度の向上。
よりシンプルな保険商品にすれば消費者の加入意欲が高まるとの調査結果もあり、さらには類似商品の比較可能性を向上させる必要もある。
保険設計者としては、設計段階で、消費者の補償ニーズ、商品特性とそれに対する消費者側の理解度を充分に考慮することが重要である。また保険商品の補償の適用範囲・除外範囲、価格設定の方法が、ある程度標準化されていることが、消費者の安心感をもたらすことに留意すべきである。
3.消費者の加入手続きの簡素化
加入プロセスが複雑であると感じる消費者が多いことから、加入手続きの簡素化も欠かせない。そのことは、保険会社側にとっても経費削減につながるだろう。
また、損失が補償される期待に対する実際の補償範囲・金額が不一致であることは、保険業界全体への不信につながる問題である。これを防ぐには、保険会社、保険商品開発者、保険代理店などが、自然災害保険の適用範囲について適切で詳細な情報を必ず提供することが必要である。
4.リスク軽減策の導入義務と、それに伴う保険料水準の削減
そもそものリスクを軽減する方策は、保険会社にとってもちろん有益だが、消費者にとっては保険料水準の低下という意味で有益であり、これにより保険加入も促進されると考えられる。
4――今後のスケジュール
主要なリスクの評価、自然災害の損害をカバーする保険への加入のさらなる障壁、および考えられる解決策などについて、意見がでてくることが期待されている。
(2023年08月25日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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