コラム
2023年08月18日

負の数について(その2)-負の数は日常生活の中等でどのように使用されているのか-

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はじめに

「負の数」という概念は、今からすれば、何の変哲もなく常識的なものだと思われ、殆どの人が自然に受け入れているものと思う。ただし、歴史的には、長らくその概念は多くの人にとって、容易に受け入れられるものではなく、理解しがたい概念だったようだ。負の数の考え方が導入され、確立されてきたのは、数学の古い歴史の中では比較的最近になってからだと聞けば、多くの人が驚かれるであろう。

今回は、負の数やマイナスを巡る話題について、2回に分けて報告しているが、前回はまずはその歴史や記号の由来等について報告した。今回は、負の数やマイナスが日常生活の中等でどのように使用されているのかについて報告する。

負の数やマイナスの意味合い

「負の数」あるいは「マイナス」を認識するためには、何らかの意味において基準となる「0」に相当するものが必要になってくる。

この場合の「0」は、「無(何もない)」ということだけでなく、まさに「基準値」や「均衡点」や「中間点」等を表す形になる。「負の数」あるいは「マイナス」を使用することにより、基準点を境にして(ある意味で)2つの異なる正反対の概念を1つの概念の中で表現することができるようになる。

日常生活に見られる負の数としては、例えば以下のようなものが観察される。

金融・経済の世界における負の数

金融・経済の世界では、多くの場面で「負の数」が現れてくる。
財務諸表
財務諸表(計算書類、決算書等)では、マイナス記号(「―」や「▲」や「△」)を使用したり、残高を括弧( )で囲んだりすることによって、マイナスの残高を示している。

財務諸表の勘定科目は通常はプラスになることを前提とした名称等が付与されており、これがマイナスになるような場合には当該勘定科目に相対する別途の名称の勘定科目を立てて、プラスで表示することができる。ところが、実質的に同じ勘定科目名を使用して、プラスとマイナスで違いを表すこともできることになる。これにより、1つの勘定科目の中での計算が容易にできることにもなる。

例えば、経常損益について、経常利益をプラスで、経常損失(経常利益が赤字)をマイナスで表す場合や、引当金の残高について(引当金の計上ルールに基づいて算出した結果としてマイナスになった場合に)当該勘定科目にマイナスで計上しているような場合がある。

さて、財務諸表上でマイナスの数字を表す場合に、日本と欧米諸国では違いが見られる。

日本では、通常「△」が使用され、「▲」が使用される場合もある。因みに、経団連(日本経済団体連合会)の計算書類のひな型では「△」が使用されていることから、多くの会社がこれに従っている。

マイナスを三角で表記するのは、「-」では後に別の数字に書き換えられてしまう可能性がある(あるいは後から「-」を付与することが容易にできる)ことから、大正時代に税務署が数字の偽造防止のために「△」での記載を指導したことに由来していると言われているようだ。「-」は多くの数字の中に埋もれてしまって十分に認識されない可能性があるのに比べて、三角記号の方がより目立つ分かりやすいものになっているといえることも理由に挙げられるかもしれない。

これに対して、欧米の財務諸表では、通常、マイナスを括弧( )で表記している。一般的に「△」は「Δ(デルタ)」記号として、差分や増分を意味していることから、欧米人にとって、日本の財務諸表における「△」の使用は、一種の違和感を覚えるものになっているといえるかもしれない。

また、「△」と「▲」に使用に関しては、後者の方がどちらかというと目立つ記号になっていて、さらに「黒」というのがよりネガティブな印象を与えるものになっていることから、「△」の方が好まれているという要素もある。なお、決算説明資料等で、対前年の増加率を示す場合で、対前年に減少している場合に、減少が会社にとってポジティブな評価を与えるものについては「△」を用いて、減少が会社にとってネガティブな評価を与えるものについては「▲」を用いるといった使い分けをしているケースもある。

日本においては、損益がプラスになる場合には「黒字」、マイナスになる場合には「赤字」という言い方をするが、これは英語においても同様で、例えば「black(ink/figure)」、「red(ink/figure)」等というような言い方をしている。
株価
株価または株価指数の日々の変化にはプラスとマイナスがある。

株価を表す場合に、「△」はプラス(上昇)を「▲」はマイナス(下落)を意味している(日本経済新聞)ことが多い。また、株価ボード等では、「▲」でプラスを表し、「▼」でマイナスを意味している場合もある。さらに、三角に色を付けて、プラスは赤い上向きの三角「」、マイナスは青い下向きの三角「」で表示されたりする。
金利
金利は資金需要者が資金供給者に対して、資金供給の便宜に対して一定の利息を支払うものとして、通常はプラスになっているが、ここ数年の超低金利下で、一部の先進国ではマイナスの金利が発生していた。
成長率
経済成長率等の成長率を示す数値は、前年に比べて数字が減少する場合には、マイナス成長率となる。例えば、国のGDPの年間成長率がマイナスになる場合は、景気後退にあることを示す指標の 1 つとなる。また、インフレ率がマイナスになる場合はデフレ ということになる。
金融資産・負債の残高
さきほどの財務諸表にも関係する話だが、より一般の人にとって、資産残高はプラスで表示されることに対して、負債残高は資産のマイナスとして表示されることも多い。会社の場合と同様に、負債が資本を超過していれば、債務超過状態にあるということになる。

例えば、銀行等からの借入金はマイナスの資産ということになる。

また、預貯金の残高が増加していればプラス、減少していればマイナスということになる。

個人のクレジット カード又はデビット カードに関する請求書において、請求金額は通常プラスで表示されるが、払戻しがある場合には、カードに対するマイナスの請求として表示される。

スポーツの世界における負の数

スポーツの世界でも、多くの場面で「負の数」が現れてくる。
ゴルフのスコア
ゴルフのスコアはそれぞれのホールに対して、基準となる規定打数が決まっていて、実際の打数がこれに等しい場合が「パー」、1打多いと「ボギー」、1打少ないと「バーディ」等となる。全体の競技者のホール途中でのスコア等の状況は、全体の打数ではなくて、「-9(ナインアンダー)」というような形で表示されていく。通常は1ラウンド18ホールでパーのスコアは72となっているが、ゴルフ場によっては「70」や「71」がパーとなっている。ゴルファーはこの規定打数を目標としてプレーする形になるため、これが基準となって、これに対するプラスマイナスでスコアが評価されていく形になっている。
F1(フォーミュラ 1)のラップ タイム
F1のラップタイムは、前のラップ(以前の記録、又は前のドライバーがちょうど完了したラップ等)と比較した差として与えられ、より速い場合にはマイナスの数値で表示されることになる。
アルペンスキー競技のタイム
アルペンスキー競技のタイムについては、滑走中において、基準となる地点での、それまでのベストタイムのスキーヤーとのタイム差が表示される。それよりも速い場合がマイナスの数値となり、遅い場合がプラスの数値となる。これにより、現在滑走しているスキーヤーが優勝あるいは3位以内に入ってメダル等を獲得できる可能性があるのかどうか、がわかる形になっている。
得失点差
得点で争うスポーツにおいては、ランキング等において、得点と失点の差としての「得失点差」が表示される。得点よりも失点が多い場合には、得失点差はマイナスになる。

通常は、勝敗に基づく勝率や勝ち点数等によって、順位が決定されるが、同一勝率や同一勝ち点数の場合等において順位を決定する場合に「得失点差」が意味を有することになる。同一勝率や同一勝ち点ならば、得失点差が大きいチーム等がより上位になることになる。特にサーカー等の1ゲームにおける得点が相対的に少ないスポーツにおいては、「得失点差」の果たす役割が重要になってくる。

科学の世界における負の数

科学の世界でも、多くの場面で「負の数」が現れてくる。
温度
温度には、0 °C 又は 0 °F よりも低い温度があるが、これを表すのにマイナスの数字が使用され、零下等で表現される。

摂氏温度については、1気圧下の水の凝固点(氷になる温度)を0 °C、沸点(蒸気となる温度)を100°Cとし、その間を100等分して、1 °C単位としている。一方で、華氏温度については、真水の凝固点を32 °F、沸点を212 °Fとし、その間を180等分して1 °F単位としている。
経度及び緯度
経度(longitude)及び緯度(latitude)は、地球における位置(点)を示すための座標表現であるが、東経が正で西経が負、北緯が正で南緯が負、で表現されることがある。
標高、深度
地球表面の地形的特徴として、海面からの高さ(海抜又は標高)を表現する場合、負の値が使用される場合がある(例えば、死海の海抜(水面部分の標高)は「-430m」等)。

一方で、海の深さである深度については、「深度〇」といった形で、それ自体の数値は正の数値で表現される。
時差
時差は、ある基準となる地点との時刻の差を示すものである。世界の時差は過去においてはグリニッジ平均時を基準として定められていたが、現在は協定世界時(UTC)を基準にして定められている。

これによれば、ロンドンが「0」であるのに対して、東京は「+9」(9時間進んだ時刻)、ニューヨークは「-5」(5時間遅れた時刻)ということになる。即ち、時差は基本的には経度にリンクして、西経にある地域がマイナス、東経にある地域がプラスになる。
原子
原子は、プラス(正)の電荷を帯びた原子核と、マイナス(負)の電荷を帯びた電子から構成されると考えられている。原子核はさらに陽子と電気的に中性な中性子から構成されている。通常は、陽子が持つプラスの電荷量と電子が持つマイナスの電荷量が同じで、原子は電気的に中性となる。

原子が電子を失ったり、受け取ったりして、このバランスが崩れると、電気を帯びるようになる。このように電荷を帯びた粒子を「イオン」と呼び、電子を失い正の電荷を持つイオンを「陽イオン」、電子を受け取り負の電荷を持つイオンを「陰イオン」と呼んでいる。

その他、日常生活に見られる負の数

その他に、以下の場面で「負の数」が観測される。
エレベーター内の地下の階数表示
日本においては、地下に設けられた階について、地階(basement, basement floor)を表す記号Bを用いて、地下1階(B1)、地下2階(B2)というような表示がされる。一方で、欧州等では、地上階(ground floor)を記号Gではなく、エレベーターでの表示において「0」を使用し、地下の階数を負の数を用いて、「-1」、「-2」と表示している場合もある。
デジタル機器における表示
例えば、iPod等のポータブルメディアプレーヤーでオーディオファイルを再生すると、画面表示に残り時間が負の数として表示される場合がある。これは、既に再生された時間がゼロから増加する形で表示されるのに対して、残り時間は負の数からゼロまで増加する形で表示されたりしている。

最後に

今回は、負の数やマイナスを巡る話題について、それらが日常生活の中等でどのように使用されているのかについて報告してきた。

負の数やマイナスについては、これまで紹介してきた例に見られたように、負やマイナスそのものが(一定程度、我々の感覚にフィットするような形で)意味を有している場合だけでなく、あくまでも「均衡点」からの乖離の方向性を示すために、正の数やプラスの逆として、負の数やマイナスを使用している場合もある。

日頃、一定程度慣れ親しんでいる負の数やマイナスの概念ではあるものの、よくよく考えてみると、長らくその概念が(有名な数学者も含めて)多くの人にとって、容易に受け入れられるものではなく、理解しがたい概念だった、ということが窺い知れる部分もあるような気がしてきたのではないだろうか。時には、こんなことに思考を巡らすのも良いことかもしれない。ただし、あまり深追いしすぎないようにご注意いただきたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2023年08月18日「研究員の眼」)

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