2023年08月15日

「卒業=失業」の失望感(中国)【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(58)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――若年層の就職難と不安感

中国の大学・大学院新卒者の就職難が話題となっている。2023年の新卒者は過去最多の1158万人と見込まれ、昨年に続いて苦しい状況が続いている。国家統計局は2023年6月時点で、都市部における16-24歳の失業率は21.3%とし、統計が開始された2018年以降最も高い状態にあるとした。25-59歳の失業率が4.1%であることを考えると若年層の失業率はそのおよそ5倍と、高さが浮き彫りとなっている(図表1)。新卒者の間では「卒業=失業」といった状況に対する焦燥感も漂っている1。それは高学歴(大学院卒業生)であるほど深刻である(図表2)。
図表1 都市部における年齢区分別・月別の失業率の推移(2018.1-2023.6)/図表2 新卒者の不安度合(2023年)
図表1の16-24歳の月別の失業率をみると、時期によって異なることが分かる。例えば2018年は1月の失業率が11.2%であるが、大学などの卒業シーズン(6-7月)あたりから上昇し、就職が決定していくことで年末には年始とほぼ同じ状況に落ち着いている(12月:10.1%)。しかし、2021年あたりからは卒業シーズン以降も失業率の下げ幅が小さくなり、失業の長期化がうかがえる。新型コロナウイルス禍やそれにともなう経済情勢から新卒採用や再就職などの雇用環境がより厳しくなっており、2023年6月の失業率(21.3%)は新型コロナ前の2019年6月(11.6%)のおよそ2倍という事態にまでなっている。

更に、注目を集めているのが、北京大学の張丹丹准教授による推計である。張准教授は2023年3月時点で、16-24歳の実質的な失業率が最大46.5%に達しているのではないかとした2。これは政府統計(2023年3月)の19.6%よりも26.9ポイントも高く、およそ半数が失業しているということになる。この推計は政府統計には含まれていない「求職・就学もせず、家族のサポートの下で生活する若年層」を失業者として含めることで、より実際に近い状況を示した。
 
1 中国網「青年人失業率居高不下 千万卒業生“去哪儿”?」,2023年5月18日。
2 張丹丹「可能被低估的青年失業率」,財新,2023年7月17日。政府が発表した2023年の都市部の16-24歳の人口9600万人のうち、非労働力人口は6400万人、労働力人口は3200万人。6400万人の非労働力人口のうち、在校生が4800万人、非在校生が1600万人。3200万人の労働人口のうち、2570万人が就業、630万人が失業。張准教授は政府統計の失業率は非労働力人口を計算に入れておらず、労働力人口における失業者の割合を占めしたものとした。よって、非労働力人口のうちの非在校生1600万人を失業者とみなす場合、失業率は最大46.5%((1600+630)/(1600+3200))となるとした。

2――高等教育人材拡充によるジレンマ

2――高等教育人材拡充によるジレンマ、需要と供給のミスマッチが更に深刻化

労働市場を管轄する人力資源社会保障部は、新型コロナ以降の新卒者の就職難についてその特徴などを分析・報告している3。以下ではその一部を参考にしながら、特徴を確認してみたい。

報告によると、就職難の特徴として挙げられるのはニートの増加である。ニートは就学・就労をせず、就労に向けて職業訓練も受けていない若年層を意味する。ここでのニートには激しい競争を避けてゆっくりと就職先を決めるといった自ら選択した場合もあるが、新型コロナによる企業の採用枠縮小など短期間で就職ができなかったため、結果的にニートを選択せざるを得ない場合も含まれる。図表3は2020年から2023年における新卒者の進路を示したものであるが、企業への就職は減少傾向にあり、「現在のところ就労・就学とも考えていない」とするは近年増加、2023年の調査では18.9%とおよそ2割を占めている。これはわずか3年で12.7ポイントも増加していることになる。ただし、視点を変えると、ニートの選択の増加は経済成長によって世帯の所得が向上し、若年層が大学を卒業後すぐ働かなくても生活ができる社会に変容しているという側面もある。

新卒者の就職に関する特徴として次に挙げられるのが、安定志向の更なる高まりである。新型コロナ禍で学生生活を過ごした新卒者は、企業の営業停止や雇用・給与などの不安定化を目の当たりにしている。結果、それでも企業への就職を希望する場合は、安定性が高い国有企業・政府機関など公務員志向が更に高まっている(図表4)。少ない採用枠を巡って競争が更に激化し(「内巻」)、高学歴化の加速、最終的には激しい競争に力尽きてニートの選択や「躺平(タンピン)」4といった事態をも引き寄せている。
図表3今後の進路/図表4 就職希望の企業形態
なお、高学歴化については大学・大学院などの高等教育機関5への進学率の向上、卒業者の増加にも表れている(図表5)。中国は2015年以降、世界のトップレベルの高等教育機関をもつ「高等教育強国」を目指し、人材の高度化に積極的に取り組んでいる。2017年には「世界一流大学・一流学科建設実施弁法(暫定)」6が発出されており、同年の大学院生の定員枠は大幅に拡大されている(図表6)。また、2018年は対米貿易摩擦によって経済成長や企業経営に影響が出始めた時期である点や、2019年の大学専科の定員枠の大幅拡大、新型コロナなどの影響による就職難などからも、更なる進学が失業の一時的な受け皿でもあった点もうかがえる。
図表5 高等教育機関の卒業者数と進学率/図表6 高等教育機関の入学定員の推移
加えて、高学歴化によるホワイトカラー志向の高まり、それに伴う雇用のミスマッチといった背景もある。人力資源社会保障部は2022年末時点での都市部の求人倍率は1.46と求人そのものが減少している状態ではないとしており、更に製造業の技術者の求人倍率は1.5以上、高度技能人材は2.0を超えているとしている7。図表7は希望する就職先の業種を示したものであるが、IT・通信といったデジタル分野の就職希望者は引き続き多いものの(25.0%)、人手不足とされている加工・製造業(8.1%)、更には都市の生活インフラを支える交通・運輸(2.9%)などについてはIT・通信と比較しても希望が大幅に少ない点がうかがえる。加えて、これまで就職先として比較的希望が多く、新卒者の受け皿となっていた教育や不動産は昨今の政策や市況から希望就職先として大幅に減少している点も影響しているであろう。

また、企業側も時間をかけて丁寧に人材を育てていくというよりは即戦力を求める傾向にある点も特徴として挙げられる。景気後退によって企業は正規雇用を縮小し、非正規雇用を拡大する傾向にある。厳しい採用競争に零れ落ちた新卒者が、一時的に非正規での労働やフードデリバリーなどのギグワーカーをしながら都市にとどまり、生計を立てるといった状況も発生している8
図表7 希望就職先の業種(2022年/2023年)
 
3 人力資源社会保障部情報センター「後疫情時代我国青年就業状況分析(2021年8月)」,2021年8月3日。
4 「躺平(タンピン)」は「寝そべり」とも邦訳される。社会の競争や伝統的な概念から自主的に離脱し、距離を置く生き方である。中国は旧伝統社会を含め激しい競争社会が継続しており、「内巻」、「躺平(タンピン)」のような状況は程度の差はあれ経路依存的に存在していた。現代の躺平(タンピン)がそれまでと異なるのは、急速なデジタル化の中で、自身がその生き方や様子をSNSを通じて発信し、広く社会で共有され、認知されるようになった点にある。
5 教育部「全国教育事業発展統計公報」によると、高等教育とは、大学院(博士・修士)、大学本科(学士)・職業本科・専科・成人本科・専科、インターネット本科・専科などを指す。
6 教育部・財政部・国家発展改革委員会関于印発「統筹推進世界一流大学和一流学科建設実施弁法(暫行)」的通知,2017年1月24日,http://www.moe.gov.cn/srcsite/A22/moe_843/201701/t20170125_295701.html,2022年8月7日取得。
7 「帯動就業3621万個,直播帯崗塔建就業新渠道」北京日報,2023年7月5日,
https://bj.bjd.com.cn/5b5fb98da0109f010fce6047/contentShare/5b5fb9d0e4b08630d8aef954/AP64a4c93ce4b042ca9e8ea480.html,2023年8月7日取得。
8 「美団公布外売騎手学歴構成、研究生数量已達6万,堪称臥虎蔵龍」,探狐網,2023年6月14日,
https://www.sohu.com/a/685293871_121672926,2023年8月7日取得。

3――政府は矢継ぎ早に雇用促進措置を発表

3――政府は矢継ぎ早に雇用促進措置を発表も効果は期待できず。行き場を失った若者は「専業こども」化。それも難しい場合は「996」を覚悟して厳しい労働市場へ。

政府は今年の就職難を見越したうえで、4月以降、若年層の雇用促進に向けた政策を打ち出している9。例えば、企業が2023年の新卒者・卒業後2年間就職できていない大卒・大学院卒者・16-24歳の失業者と雇用契約を結び、失業・労災・年金の保険料を1ヵ月以上納付した場合、1人につき最高1500元を支給するとしている10。また、インターンシップの定員枠拡大も求めており、受け入れた企業にはインターンシップ補助金を支給するとした。新卒者に対しては農村部などでの起業、地方小規模都市の企業での就職なども薦めており、その場合の学費返済の免除や給与保障、正職員への早めの転向なども提示している。同様の措置は昨年も実施されているが、今年は特に新卒者や卒業後間もない若年層を重点対象とするなど、若年層の失業の深刻度が伝わってくる。補助金支給の措置は年末までとなっており、若年層の就職・再就職を年末までに改善したいという意図がうかがえる。

中国は国の施策として高等教育強国を目指し、大学院などの定員枠を拡大、世界トップレベルの高度人材の拡充に力を入れてきた。結果として高等教育を受けた人材は急増したが、それを受け入れるだけの産業の構造転換やレベルの向上を果たせていない点も大きい。行き場を失った若者の中には、就職をせず実家で家事全般を請け負ったり、両親の介護や付き添いをすることで両親から生活費を受け取る「専業こども」(「全職儿女」,「全職子女」)になるケースも報じられている11。SNSで就職できない状況を「孔乙己」12に例える高学歴者も出現し、国営メディアは学歴にこだわらず就職をするように促すといった事態も発生している。過酷な受験戦争に耐えて学歴をやっと手に入れても思うような就職ができず、ニートにも「専業こども」にもなりきれない。最終的には「996」(元は中国のIT業界の労働の過酷さを示す言葉で、朝9時から夜9時まで週6日働くという長時間労働を意味する)で働くしかないといった諦めにも似た声が広がっている。
 
9 国務院弁公庁「関于優化調整穏就業政策措置全力促発展恵民生的通知」,2023年4月26日,
https://www.gov.cn/zhengce/content/2023-04/26/content_5753299.htm,2023年8月7日取得。
10 人力資源社会保障部・教育部・財政部「関于延続実施一次性拡崗補助政策有関工作的通知」,2023年6月25日,
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/202307/content_6889713.htm,2023年8月7日取得。
11 人民網日本語版「中国で話題の「専業主婦」ならぬ「専業子供」とは?」,2023年6月14日,
http://j.people.com.cn/n3/2023/0614/c94475-20031406.html,2023年8月8日取得。
12 中国の文豪、魯迅による小説。孔乙己はかつての高級官僚登用試験制度「科挙」が廃止された後でも知識人としてのプライドを捨てられず、社会の変化に合わせ、働くことで自身の置かれている境遇を変えることができなかった人物として描かれている。SNS上では高学歴者自らが孔乙己と自身の姿を重ね合わせるなどして話題となった。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2023年08月15日「保険・年金フォーカス」)

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