2023年08月07日

YCC柔軟化の評価と今後想定されるシナリオ

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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2. 日銀金融政策(7月)

(日銀)YCCの柔軟化を決定
日銀は7月27日~28日に開催した金融政策決定会合において、長短金利操作(YCC)の運用柔軟化を決定した(賛成8・反対1(中村委員))。

具体的な内容としては、(1)長期金利(10年国債利回り)の誘導目標は「ゼロ%程度」のまま存置、(2)長期金利の変動幅は従来の「±0.5%程度」を存置も、位置づけを「目途」へ変更、(3)連続指値オペ実施に際しての(長期金利)水準は「0.5%」から「1.0%」へ引き上げることとした。

今回の措置を通じて長期金利の0.5%超への上昇を一定程度許容することによって、上下双方向のリスクに機動的に対応し、金融緩和の持続性を高めることを目的としている。

資産買入れ方針やフォワードガイダンスについては変更なしであった。
 
なお、同時に公表された展望レポートでは、政策委員の大勢見通し(中央値)として、2023年度の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)を前回4月分から0.7%ポイントも大幅に上方修正し、前年比2.5%とした。この理由としては、「既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁が想定を上回って進んでいること」が挙げられている。一方、24・25年度分については各1.9%(前回比▲0.1%ポイント)、1.6%(前回と同じ)とほぼ前回の見通しを踏襲する形で、物価目標である2%をやや下回るとの見通しを示した。ただし、リスクバランスについて、23・24年度で上振れリスクが優勢となっており、政策委員の間で物価の上振れリスクが意識されていることが確認できる。
 
会合後の総裁会見において、植田総裁は今回の柔軟化の背景について、「賃金の上昇を伴うかたちでの 2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っておらず、YCCのもとで、粘り強く金融緩和を継続する必要がある」、「そうした中、経済・物価を巡る不確実性が極めて高いことに鑑みると、この段階でYCCの運用を柔軟化し、上下双方向のリスクに機動的に対応していくことで、金融緩和の持続性を高めることが適当であると判断した」と説明。さらに、「今後も物価や予想物価上昇率の上振れ方向の動きが続く場合には、(中略)長期金利の上限を 0.5%の水準で厳格に抑えることで、債券市場の機能やその他の金融市場におけるボラティリティに影響が生じる恐れがある」、「YCCの場合は上振れリスクが顕在化した後で対応しようとするとなかなか大変なことになる、あるいは副作用をすごい大きくしてしまうということがある」とYCCが従来抱える課題について指摘したうえで、「将来のリスク対応として」柔軟化したと解説を加えた。ちなみに、「その他の金融市場におけるボラティリティに影響が生じる恐れ」の部分に関しては、「為替市場のボラティリティも含めて考えている」と言及している。
 
長期金利の変動幅上限のメドとした0.5%と、連続指値オペの実施水準である1.0%の間のゾーンの扱いについては、「長期金利の水準や、変化のスピード等に応じて機動的に国債買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施することで、過度な金利上昇圧力を抑制する」、「現状で 1%まで行くのが適当というふうに考えているわけではない」、「念のための上限キャップとして 1%とした」と過度の金利上昇を試す動きをけん制。「経済・物価情勢が上振れた場合に、それを反映するかたちで長期金利が上がっていく」ことについては容認すると述べる一方で、「根拠のない投機的な債券売りというようなものがあまり広がらないようなかたちでコントロールする」とし、金利上昇圧力についての質的な評価を反映させる方針を示した。
 
今回のYCC柔軟化と正常化の関係について改めて問われた場面では、総裁は「政策の正常化へ歩み出すという動きではなくて、YCCの持続性を高めるという動きである」と明言。マイナス金利の解除については、「基調的なインフレ率がまだ 2%に達していないというところですので、短期の政策金利を引き上げていくというところには、まだだいぶ距離がある」と慎重な姿勢を示した。
(今後の予想)
今回のYCCの変更については、筆者が直前に予想していたよりも3ヵ月程早かった。また、その手法についても筆者が予想していたもの(長期金利操作目標の年限短期化)と異なっていたものの、従来よりも長期金利の上昇を許容する方向へのシフトという点では変わりない。

今回、日銀が最大1%までの長期金利上昇余地を創出したことで、YCCにまつわる副作用(イールドカーブの歪み発生や債券市場における流動性の枯渇)は顕在化しづらくなったとみられ、少なくとも来春闘の結果が見えてくるまでは、日銀がさらに修正へ動く可能性が低下した。
 
なお、YCCの撤廃やマイナス金利政策の解除については、まだ年単位の時間がかかると見ている。どちらも金融政策正常化の色彩が強く、景気への影響が大きい短・中期金利も含めて明確に押し上げかねない措置であるため、日銀が賃金上昇を伴った物価上昇の持続性に確信が持てるまでは存置するだろう。また、来年には米国の段階的な利下げが開始され、しばらく日銀が金融引き締め方向での政策変更を行うハードルが高まると想定されることもその理由となる。
展望レポート(23年7月)政策委員の大勢見通し(中央値)/日銀の長期国債・ETF買入れ額

3. 金融市場(7月)の振り返りと予測表

3. 金融市場(7月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
7月の動き(↗) 月初0.4%付近でスタートし、月末は0.6%付近に。
月初0.4%を挟んだ展開となった後、利上げ長期化観測に伴う米金利上昇と、YCC修正に含みを残す内容と受け止められた内田日銀副総裁発言を受けて、10日に0.4%台後半まで上昇した。その後もYCC修正への思惑が燻るなかで0.5%をやや下回る水準での推移が継続したが、G20後の植田日銀総裁発言がYCC修正に慎重と受け止められ、やや低下。下旬には外信が月末の日銀決定会合での現状維持見通しを伝えた一方、大手紙がYCC見直し議論を伝えたことで思惑が交錯し、0.4%台半ばで推移。その後、28日に決定会合で日銀がYCCを柔軟化、長期金利0.5%超への上昇を許容したことで金利が大きく上昇、月末には金利上昇余地を試す動きもあったが、日銀が臨時オペで抑えにかかったことで、0.6%付近で終了した。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(7月)
(ドル円レート)
7月の動き(↘) 月初144円台半ばでスタートし、月末は140円台後半に。
月初、144円台での推移が続いた後、米雇用統計での雇用の伸び鈍化や米CPI発表を控えた持ち高調整のドル売りなどを受けて、12日には139円台に下落。さらに、米CPIとPPIの伸びが共に鈍化し、市場予想も下回ったことで米利上げ観測が後退し、14日には137円台半ばまで下落した。その後は植田総裁発言によるYCC修正観測の後退や米経済指標の改善を受けてドルが持ち直し、24日には141円台後半に。月終盤にはFOMCが想定ほどタカ派的ではなかったとの受け止めや、日銀のYCC柔軟化を受けて、28日に再び140円の節目を割り込んだが、月末には日銀が臨時オペを実施し、金利抑制姿勢を示したことで円売りが進み、140円台後半で終了した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
(ユーロドルレート)
7月の動き(↗) 月初1.09ドル付近でスタートし、月末は1.10ドル台前半に。
月初、1.09ドル付近での推移を経た後、ECBの利上げ継続観測やCPI発表を控えた持ち高調整の米債買い(米金利低下)を受けて、11日には1.10ドルに肉薄。さらに、米CPIとPPIの伸びが共に鈍化し、市場予想も下回ったことでユーロ買いに拍車がかかり、18日には1.12ドル台半ばを付けた。その後は持ち高調整的なユーロ売りや欧州の経済指標悪化を受けて、25日には1.10ドル台半ばに下落。月終盤には、FOMCが想定ほどタカ派的ではなかったとの受け止めから一旦ユーロが上昇したものの、直後のECB理事会で利上げ継続方針が示されなかったことを受けてECBの利上げ観測が後退し、月末は1.10ドル台前半で終了した。
金利・為替予測表(2023年8月7日現在)
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2023年08月07日「Weekly エコノミスト・レター」)

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