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- インフレ時代の企業経営(1)-業績推移で振り返る、企業のインフレ対策
2023年07月25日
1――はじめに
直近2023年6月の消費者物価指数(除く生鮮食品、以下コアCPI)は前年比+3.3%と、日銀の物価安定目標2%を上回る状態が続く。日本経済は2013年以降、物価が継続的に下落する「デフレ」から「デフレでない状態」に移行したとされるが、現在は中長期的に物価が上昇する「インフレ」局面に移行する途上にあるとの見方が出始めている。
仮に、現在のインフレが「一時的」でないとすれば、企業内部でコストを吸収し続ける「耐える経営」は、もはや持続的でなくなる。企業としては、物価が上がることを前提に増分のコストを価格に転嫁し、新たな価値を顧客に訴求していくことが必要になる。ただ、過去のインフレ局面は30年以上の昔であり、その記憶は薄れている。そこで本稿では、2部構成の第1部として、[図表1]に示す3つの過去と現在のインフレ局面における企業行動を振り返り、そこで得られる過去の教訓や経験を、今次局面にどのように活かして行けるかを考察する。
仮に、現在のインフレが「一時的」でないとすれば、企業内部でコストを吸収し続ける「耐える経営」は、もはや持続的でなくなる。企業としては、物価が上がることを前提に増分のコストを価格に転嫁し、新たな価値を顧客に訴求していくことが必要になる。ただ、過去のインフレ局面は30年以上の昔であり、その記憶は薄れている。そこで本稿では、2部構成の第1部として、[図表1]に示す3つの過去と現在のインフレ局面における企業行動を振り返り、そこで得られる過去の教訓や経験を、今次局面にどのように活かして行けるかを考察する。
2――外生ショックに起因するインフレ局面
1970年以降の半世紀、日本においてインフレ局面を迎えたのは、(1) 第4次中東戦争が勃発した1970年代前半、(2) イラン・イラク戦争が勃発した1970年代後半、(3) ロシア・ウクライナ戦争が勃発した2020年代前半が該当する。ここでは、それぞれの時代背景を簡単に振り返ることとしたい。
1|1970年代前半~第4次中東戦争と第一次石油危機~
1970年代前半は、世界経済が転機を迎えた時代である。1971年8月にニクソン米国大統領が、ドルと金の兌換停止を一方的に宣言し、戦後の世界経済の発展と安定を支えた「ブレトン・ウッズ体制」が崩壊した。いわゆる「ニクソン・ショック」である。これにより、固定相場制を取る各国は、変動相場制への移行を余儀なくされ、金の裏付けをなくしたドルは弱含み、各国は自国通貨を大量供給してドルの買い支えに動くことになる。その結果、市中には過剰流動性が生まれることになった。
一方、国内では、1972年に田中角栄氏が総理大臣に就任し、目玉政策の「日本列島改造論」が動き始める。国会で次々と成立する大型予算を背景に、高速道路や新幹線などの公共投資が加速し、列島改造に乗じた土地投機が起きるなど、景気には過熱感が見られるようになっていた。
その最中、1973年に起きたのが「第4次中東戦争」である。この戦争は、アラブ諸国とイスラエルとの間に勃発した戦争であったが、その影響は原油高騰を伴う経済混乱(第1次石油危機)として、日本を含む諸外国に拡大した。
当時の日本は、国内エネルギーの8割近くを輸入原油に頼っていた。中東産油国がイスラエル寄りとされた国々との石油取引を制限し、輸出価格を大幅に引き上げると、国民の間で石油製品の供給停止への不安が高まり、スーパーなどの店頭から、洗剤や砂糖、トイレットペーパーなどの生活必需品が消えた。このときのコアCPI上昇率は、1974年10月のピーク時には、前年同月比+24.7%に達している。
1970年代前半は、世界経済が転機を迎えた時代である。1971年8月にニクソン米国大統領が、ドルと金の兌換停止を一方的に宣言し、戦後の世界経済の発展と安定を支えた「ブレトン・ウッズ体制」が崩壊した。いわゆる「ニクソン・ショック」である。これにより、固定相場制を取る各国は、変動相場制への移行を余儀なくされ、金の裏付けをなくしたドルは弱含み、各国は自国通貨を大量供給してドルの買い支えに動くことになる。その結果、市中には過剰流動性が生まれることになった。
一方、国内では、1972年に田中角栄氏が総理大臣に就任し、目玉政策の「日本列島改造論」が動き始める。国会で次々と成立する大型予算を背景に、高速道路や新幹線などの公共投資が加速し、列島改造に乗じた土地投機が起きるなど、景気には過熱感が見られるようになっていた。
その最中、1973年に起きたのが「第4次中東戦争」である。この戦争は、アラブ諸国とイスラエルとの間に勃発した戦争であったが、その影響は原油高騰を伴う経済混乱(第1次石油危機)として、日本を含む諸外国に拡大した。
当時の日本は、国内エネルギーの8割近くを輸入原油に頼っていた。中東産油国がイスラエル寄りとされた国々との石油取引を制限し、輸出価格を大幅に引き上げると、国民の間で石油製品の供給停止への不安が高まり、スーパーなどの店頭から、洗剤や砂糖、トイレットペーパーなどの生活必需品が消えた。このときのコアCPI上昇率は、1974年10月のピーク時には、前年同月比+24.7%に達している。
2|1970年代後半~イラン・イラク戦争と第二次石油危機~
1970年代後半は、第1次石油危機から回復し、経済が回復軌道に戻り始めた頃である。前回の危機では、政策転換の遅れが物価の高騰を招いたとの反省があったことから、物価上昇への警戒感が一段と強く、財政金融政策は慎重に運営され、景気過熱や過剰流動性は抑制的にコントロールされていた。
そうした中、再度の原油価格の高騰を招いたのが、当時世界第3位の産油国イランで起きた民衆革命である。イラン革命と呼ばれたこの革命により、同国の石油生産は一時的にストップし、輸出が大きく減少した。石油生産自体は1979年に再開されたものの、同年11月の米国大使館占拠事件で経済制裁が発動されると、同国の石油輸出は再び制限される。さらに、1980年に入ると宗教対立や資源対立を背景に「イラン・イラク戦争」が勃発し、イラクからの原油輸出も縮小。OPEC諸国も原油価格を引き上げたことで、原油価格は12ドル台から42ドル台まで上昇した。
日本では円安進行もあって、前回危機時に比べ、経常収支が大きく悪化したが、物価上昇は比較的抑制されて、コアCPIは1980年6月のピーク時でも前年同月比+8.5%の上昇率に留まった。
1970年代後半は、第1次石油危機から回復し、経済が回復軌道に戻り始めた頃である。前回の危機では、政策転換の遅れが物価の高騰を招いたとの反省があったことから、物価上昇への警戒感が一段と強く、財政金融政策は慎重に運営され、景気過熱や過剰流動性は抑制的にコントロールされていた。
そうした中、再度の原油価格の高騰を招いたのが、当時世界第3位の産油国イランで起きた民衆革命である。イラン革命と呼ばれたこの革命により、同国の石油生産は一時的にストップし、輸出が大きく減少した。石油生産自体は1979年に再開されたものの、同年11月の米国大使館占拠事件で経済制裁が発動されると、同国の石油輸出は再び制限される。さらに、1980年に入ると宗教対立や資源対立を背景に「イラン・イラク戦争」が勃発し、イラクからの原油輸出も縮小。OPEC諸国も原油価格を引き上げたことで、原油価格は12ドル台から42ドル台まで上昇した。
日本では円安進行もあって、前回危機時に比べ、経常収支が大きく悪化したが、物価上昇は比較的抑制されて、コアCPIは1980年6月のピーク時でも前年同月比+8.5%の上昇率に留まった。
3|2020年代前半~ロシア・ウクライナ戦争と原油高騰~
2020年代前半は、コロナ禍の混乱から立ち直る前にロシアによるウクライナ侵攻という外生ショックに襲われた。2019年末頃に拡大したコロナ禍では、需給バランスの崩れやサプライチェーンの混乱に伴う物流費の高騰などの影響が及んでいる。また、各国政府のコロナ支援策は、家計に過剰貯蓄を生み、市中の過剰流動性につながっている。
2022年2月に始まった「ロシア・ウクライナ戦争」では、世界第2位の産油国であるロシアと世界有数の穀物輸出国の間であるウクライナが紛争当事国となったため、世界的な一次産品の価格高騰を招いている。需給バランスが崩れた石油市場では、価格が一時120ドル台後半まで高騰した。
日本でも輸入価格の高騰が生産コストの押し上げにつながり、直近ピーク時の2023年1月のコアCPI上昇率は、前年同月比+4.2%まで上昇している。
上記を整理すると、日本におけるインフレ局面は、産油国を巻き込む戦争が起きて原油価格が高騰し、それがエネルギーを海外に依存する日本に波及することで、インフレが加速してきたことが分かる。これら予期しないインフレに対して、これまで企業はどのように対処してきたのか。
以下では、各インフレ局面における企業の経常利益についてマクロデータを用いて分析し、インフレの加速が企業業績にもたした影響と、そのとき企業が取った行動について検証する。
2020年代前半は、コロナ禍の混乱から立ち直る前にロシアによるウクライナ侵攻という外生ショックに襲われた。2019年末頃に拡大したコロナ禍では、需給バランスの崩れやサプライチェーンの混乱に伴う物流費の高騰などの影響が及んでいる。また、各国政府のコロナ支援策は、家計に過剰貯蓄を生み、市中の過剰流動性につながっている。
2022年2月に始まった「ロシア・ウクライナ戦争」では、世界第2位の産油国であるロシアと世界有数の穀物輸出国の間であるウクライナが紛争当事国となったため、世界的な一次産品の価格高騰を招いている。需給バランスが崩れた石油市場では、価格が一時120ドル台後半まで高騰した。
日本でも輸入価格の高騰が生産コストの押し上げにつながり、直近ピーク時の2023年1月のコアCPI上昇率は、前年同月比+4.2%まで上昇している。
上記を整理すると、日本におけるインフレ局面は、産油国を巻き込む戦争が起きて原油価格が高騰し、それがエネルギーを海外に依存する日本に波及することで、インフレが加速してきたことが分かる。これら予期しないインフレに対して、これまで企業はどのように対処してきたのか。
以下では、各インフレ局面における企業の経常利益についてマクロデータを用いて分析し、インフレの加速が企業業績にもたした影響と、そのとき企業が取った行動について検証する。
3――インフレ局面に見られる企業行動の違い
ここでは、各インフレ局面における企業の経常利益の前年比伸び率を、交易条件要因、売上高数量要因、人件費、金融費用、その他要因の5つに要因分解1した[図表2]。法人企業統計調査で記録される経常利益は、日本における営利法人等の企業活動の結果であり、その要因を分析することで、各局面における企業行動の特徴を捉えることができる。
各要因の変動(棒グラフ)は、経常利益の増減に対する寄与度であり、経常利益の前年比伸び率を何ポイント押上げたか(または、押下げたか)を示している。ゼロより上にある場合は、経常利益の押上げ要因として作用したことを示し、ゼロより下にある場合は、経常利益の押下げ要因として作用したことを意味する。
5つある要因のうち、特に本稿で注目されるのが、交易条件要因と売上高数量要因の2つである。このうち、交易条件要因については、企業行動と市場動向が反映される項目となる。国際商品市況が上昇して、企業の投入コストが増えれば、投入物価は上昇する。しかし、企業がそれを補う価格転嫁をすると、産出物価が上昇して交易条件要因は改善し、棒グラフはゼロより上に現れることになる。逆に、企業が十分に価格転嫁することができなければ、棒グラフはゼロより下に現れて、経常利益を押下げることになる。交易条件要因は、輸入インフレ等による資材高騰への企業対応の巧拙が現れる項目と言える。なお、交易条件要因の改善するのは、産出物価の伸び率が「投入物価の伸び率×投入比率(投入量/産出量)」を上回る場合であり、産出物価は投入物価ほどに伸びなくても(つまり、投入物価上昇分が100%価格転嫁されなくても)、一般に交易条件要因は改善する。
他方、売上高数量要因については、財やサービスに対する需要の強さが反映される項目となる。とりわけ、世界経済の動向に敏感な製造業では、海外需要が高まることで貿易取引が活発になり、売上高数量要因が改善する(棒グラフはゼロより上に現れる)。逆に、世界経済の勢いがないと、輸出という成長ドライバーが働かないため産出量は伸びず、経常利益を押下げることが増える。売上高数量要因は、外需に対する企業の自然な反応と理解することができる。
各要因の変動(棒グラフ)は、経常利益の増減に対する寄与度であり、経常利益の前年比伸び率を何ポイント押上げたか(または、押下げたか)を示している。ゼロより上にある場合は、経常利益の押上げ要因として作用したことを示し、ゼロより下にある場合は、経常利益の押下げ要因として作用したことを意味する。
5つある要因のうち、特に本稿で注目されるのが、交易条件要因と売上高数量要因の2つである。このうち、交易条件要因については、企業行動と市場動向が反映される項目となる。国際商品市況が上昇して、企業の投入コストが増えれば、投入物価は上昇する。しかし、企業がそれを補う価格転嫁をすると、産出物価が上昇して交易条件要因は改善し、棒グラフはゼロより上に現れることになる。逆に、企業が十分に価格転嫁することができなければ、棒グラフはゼロより下に現れて、経常利益を押下げることになる。交易条件要因は、輸入インフレ等による資材高騰への企業対応の巧拙が現れる項目と言える。なお、交易条件要因の改善するのは、産出物価の伸び率が「投入物価の伸び率×投入比率(投入量/産出量)」を上回る場合であり、産出物価は投入物価ほどに伸びなくても(つまり、投入物価上昇分が100%価格転嫁されなくても)、一般に交易条件要因は改善する。
他方、売上高数量要因については、財やサービスに対する需要の強さが反映される項目となる。とりわけ、世界経済の動向に敏感な製造業では、海外需要が高まることで貿易取引が活発になり、売上高数量要因が改善する(棒グラフはゼロより上に現れる)。逆に、世界経済の勢いがないと、輸出という成長ドライバーが働かないため産出量は伸びず、経常利益を押下げることが増える。売上高数量要因は、外需に対する企業の自然な反応と理解することができる。
1 要因分解とは、結果系列の時系列的な変動に対して、それに影響を与える各要因が、どのような影響を与えているかを分析する手法。
(2023年07月25日「基礎研レポート」)
03-3512-1790
経歴
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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